第109話 ゴーレム討伐③

 そしてその頃ギルドでは。


「邪魔させてもらうぞ」


 ブロボッツが何かを布で包んでギルドへとやって来ていた。

 互いに顔見知りなのか、ギルド職員も砕けた感じではあるものの、職員として丁寧な対応を返す。


「あっ、ブロボッツさんお久しぶりです! お仕事はどうですか?」


「最高にいい仕事が出来てるぜ! それでその事でナナセに用が合ったんだが、留守か?」


「あっ……そ…それが……」


 先程とは打って変わって沈み込む女性職員。

 当然その変わり様にブロボッツも気付く、何せいつもは五月蠅い程に騒がしいギルドが静かなのだ、気付くなという方が無理だろう。


「ふむ……その言い辛そうな事は、ギルドが閑散としている事に関係してるのか?」


 そこでギルド職員達は、今鉱山でゴーレムが出た事、第一陣の討伐隊が戻って来た事、第二陣が数時間前に出た事、そしてナナセ達も追うように参加している事の全てを説明する。


「なんてこった……まさかそんな事になってるたぁな、で、そのゴーレムは何ゴーレムかも判明してんのか?」


「……アイアンか、もしかするとスチールだってスタークさんが」


「スチール!?」

(幾ら何でも、今のナナセの武器じゃ倒せんぞ!)


「今ギルドマスターが、領主様に魔法の使用許可を取りに行ってるんですが、正直下りるか怪しくて……」


(幾らギルドマスターと言えど、あの強欲領主からは許可は取れんじゃろう。国から怪しまれんように、税率だけは他よりも少し高いくらいで、何かにつけては罰金だなんだと徴収する卑しい奴だからな)


「色々と説明してくれて助かったわい。ワシはこれから鉱山へ向かう、絶対に新武器コイツが必要になるだろうからな」


「来た時から気になってましたけど、それは一体」


「ナナセに頼まれてた武器さ、しかも今までの中でも最硬のな」


 こうしてブロボッツもまたナナセ達がいる鉱山へと急ぐ、そしてこの数十分後、スタークの指示の下、ギルドの決定を逸早く伝える為の連絡員として、冒険者が数人やって来る事となる。


 ―――


 さて、自分が囮になったはいいけど、コイツの攻撃速度や視覚がどの程度かまず調べないとな。

 後は、刀で攻撃する前に【風刃】がどこまで傷を付けられるか、だけど………まずは!


 出し惜しみしようとせず、最初から【闘気スキル】を全開にして、ゴーレムの懐へ飛び込み、左の拳をその脇腹と思われる部分に叩き込む。


「はぁぁっ!!」


 ガーン!と重く響く音が坑内を走る、同時にゴーレムが少し後ろに仰け反るが、それだけだ、ひびこそ入りはしなかったが、打ち込まれた事が分かる程度に凹ませるくらいの威力はあった。

 だが攻撃を仕掛けた本人は。


「ぐあっ! 硬っっってぇ!!」

 ガントレット裏のクッションじゃ、全然衝撃を吸収しきれねぇ! しかもあれだけ良い音させてもこれくらいの痕って、殴ったオレの方が傷付くぞ!


「カズシ! ゴーレムが左腕を振り被ってる!」


 その言葉を言い終わるや否や、ブオッ!という激しい風切り音を立てながら、その剛腕を振り下ろす。


 ナイスアシストだティナ!

 自分で気を付けてても、攻撃する瞬間は狙いに意識が集中するから、どうしても反応が数瞬遅れる。

 でもティナが、誰を、どの部位で狙っているか教えてくれるから、こっちは回避と回避先に集中出来る、そしてこのまま背後回って、コイツがどれくらいの視野角を持ってどこが死角なのかを確認する。


 ドオォン!と、大きな音を響かせながら、ゴーレムの拳は地面に突き立てられたが、既にそこにはナナセの姿は無い。


「そんな遅い攻撃が当たるなら、稽古で苦労しないのよッ!」


 アヤカもゴーレムの攻撃後の隙を突き、左腕の鋼鉄と鋼鉄が組み合わさっている接合部位に対して、剣を高速で伸ばして射抜く。

 離れた位置から、しかも動いている僅かな隙間を正確に攻撃するのは、伸ばした剣を自由自在に操れるアヤカにだけ可能な技。

 突きの跡を残しつつも、ギンッ!という金属特有の高い音を立てて弾かれてしまう。


「ッ! 接合部を狙った一点攻撃すら弾くなんて!!」


 多分隙間を狙って一つずつパーツを切り離そうと考えたんだろうけど、そこすらしっかり硬いみたいだな。

 しかしいよいよもって参ったな、打撃も、点による局所攻撃も効果無しとは……僅かでも期待はしてたんだけど見通しが甘過ぎた、っと…あぶな、足で吹き飛ばされる。


 ゴーレムは目の前に居るアヤカ達を狙うのではなく、背後へと回ったナナセを追撃する為か、その巨大な身体を振り向かせて後を追う。


「私達を無視とは、随分ですわねっ!!」


 リミーナもゴーレムの背後から膝に全力で剣を振り下ろすのだが……。

 ガギン!と鈍い音をさせて剣を弾き返される。


「そんな!?」


 しかもただ弾き返されるだけではなく、余りの頑丈さから、反動で自分が蹌踉けた事に驚きの表情を浮かべる。

 そして同時に、自分の武器ですら傷を与えられないという事実に、背筋に冷たいものが流れる。


 冗談でしょう!? 確かに私の剣は魔剣ではなく、マジックアイテムの類ですが。それでも並の剣よりも強力な物ですわよ!?


「――ナ危ないっ!!」

「避けてッ!」


「え?」


 一瞬思考に集中したせいで周りへの警戒を切ってしまったのだろう、ユウカとティナの声に気が付いた時には、ゴーレムの足がリミーナの頭上から迫っており、それは確実にリミーナの命を奪うには十分な威力を持っているのが分かる。


「しまっ!!」


「こんのぉぉぉ!!」


 ゴーレムの攻撃が当たるよりも前に、闘気をリミーナに向けて放つ。


「―――!」


 着弾と共に発生した爆発音により悲鳴はかき消されたのか、それとも上げる余裕がなかったのかは不明だが、リミーナは体ごと大きく吹き飛ばされる。

 咄嗟の判断だった為、威力の調整をする間もなく、ただ当たるまでの速さを重視した一撃とはいえ、ステータスの差が優に倍以上ある者からの手加減無しの攻撃、正直生きているかさえ分からなかった。


 守る為とは言えとんでもなく乱暴な方法を取ったが、無事でいてくれ!


 飛ばされた先へユウカが急いで駆け寄り、リミーナの状態を確認する間も無く直ぐに治癒魔法をかけている。

 その様子に、ナナセはそれ程のダメージを与えてしまったのかと、後悔する。


「大丈夫、無事だよお兄! 治癒魔法もかけた!!」


「っつぅ……助かりましたわユウカさん。それにナナセ様も」


 魔法をかけてもまだダメージが残っているのか、右腕を押さえながら立ち上がるリミーナだったが、直ぐに剣を構えて前に出る。


「よくもあんな情けない姿を晒させてくれましたわね! しかも私を無視しよう等と……絶対に倒してやりますわ!」


 だがゴーレムは先程までリミーナを攻撃していたのにも関わらず、今度はそれを無視するかの様にナナセの方へと歩を進める。


 無事で良かった、飛ばされた後で、即ユウカが治療してくれたのが大きいな。

 しかしアイツはなんで背後にいるリミーナの位置を正確に分かったんだ?

 当てずっぽうとはいえ、足の中心で捉えるなんて真似は出来ないだろ………普通に考えれば死角に対しての攻撃は、足を払った方が範囲的にも、確実にダメージを与えられる上、場合によっては複数を巻き込めるのにだ。

 それにあの時、コイツはオレの方を狙っていたのに、直前になってリミーナにターゲットを変えた、何故だ?


 感じた疑問に対して思考を巡らせるも、ゴーレムは構うことなく、ナナセに対して攻撃を仕掛けて来る。

 攻撃動作も殴り付ける、振り下ろす、振り上げる、振り払うといった単調なもので、移動速度とは裏腹に、その攻撃速度は中々に速いが、ナナセが油断をしなければ十分に回避が間に合うレベルである。


 次は【風刃】でどれくらいのダメージを与えられるかだが、ブラッドオーガには直前で防がれたせいで、全力で撃った際の威力が分からないんだよな。

 これでゴーレムに傷を付けられないとなると、いよいよあの鋼鉄の塊を直に斬らないとだ。


 そう考え、ゴーレムの一撃を腕の外側を取る様に回避して、その腕が伸び切った所に【風刃】を叩き込む。


「おおおお!!」


【闘気】によるバフが掛かった状態で繰り出された一撃は、鋼鉄の体にしっかりと傷を残す事が出来たが。


「ッチ、浅いッ!」


 攻撃後に距離を取りながら呟く。

 これで腕を斬ろうとなると何十と重ねて撃つ必要がある為、現実的な方法では無いだろう。

 しかしこの一撃により、刀による直接攻撃では確実に傷を与えられるという事は判明。


「リミーナもまた前に出るつもりでしょ?」


「勿論ですわ。絶対にあのゴーレムに傷を付けて見せますわ!」


「了解、なら支援魔法をかけるね!」(中級炎補助魔法フレイムフォース中級雷補助魔法ライトニングリフレックス


「助かりますわ!」


「ユウカ、私にもお願い!」


「おけ!」(中級炎補助魔法フレイムフォース中級雷補助魔法ライトニングリフレックス


 向こうも魔法による補助で攻撃力は上がったな、オレの方も刃毀れする前に核を見つけ出せるといいんだが、世の中そんな都合良くはないよな……。

 ともかく、半端な剣速じゃ刀に負担を掛けるだけだ、最速と全力を叩き込まないと。


 ナナセが大きく距離を取ると、ゴーレムは追うのを止め、アヤカ達の方に振り返ろうと体を動かす。


「コイツまた!」

 さっきもそうだ、目の前にオレが居たってのにリミーナを攻撃した。

 そして今度は距離を取ったら、オレからアヤカ達へと狙いを変えた………コイツもしかして!


 ゴーレムの挙動に注視ししながらナナセは近付いて行く、そしてある距離まで近づくと再度ナナセの方に振り返ろうとする。


 間違いない! コイツは自分と敵との距離で攻撃の優先順位を決めてるんだ!

 だからリミーナの時も目の前にいたオレじゃなく、攻撃でほぼ密着していたリミーナを狙った!

 考えて見ればコイツは生物じゃないんだ、あくまで核に集められた鉱石の集合体、人の形こそしてるが、視野角も死角も関係ない、何せ目が無いんだから!!


「聞いてくれ! コイツは特定の範囲内に居る自分と敵との距離で攻撃する優先順位を決めてる! だからオレは出来る限り密着して戦う、アヤカとリミーナは、攻撃後は即距離を取れ!」


「自分と敵の距離!?」

「そうか! だからたまに変な挙動をしていたのね!」

「確かに一瞬ナナセ様よりもゴーレムに近付きましたわ、それで…」

「現に今もカズシが近付いたら向き直ってたし」


 あとはコイツがどんな方法でオレ達の距離、というよりも、それを含めた位置を把握してるかって事だけど、正直その部分はどうでもいい、距離が重要なファクターってだけで。


「十分…だッ!!」


 掛け声と共に全力の一閃を放つと、キンッ!、とキレのある高い音を出しつつ、その胴体に深めの傷を付ける。

 この戦いが始まって初めてのまともな傷と言える


「お兄がやった!」

「やっとしっかりとしたダメージを与えられた!」

「私達も続きましょう!」

「勿論ですわ!」


 しかしダメージを与えたと言うのに、他のメンバーとは逆に、ナナセは険しい顔をしながら刀を持ち替え、右手を握ったり開いたりし、手首を振るったりといった動作をする。


 危なかった、もう少し踏み込んで深く斬り込んでたら、多分刀が折れてた。

 今の具合からして、恐らく安全に斬り付けられるのは、切先から10cm前後、コイツの胴体の厚さを考えれば皮一枚程度だ。

 しかも長く斬り付けるのも駄目だ、抵抗に逆らえなくなって刀が抜けなかったら終わる、本当にどこまでも手を焼かせてくれる相手だな!!


 腐っても鋼鉄、譲って貰った業物ですら正面切っての戦闘は避けるべきと判断したナナセは、一太刀一太刀に全神経を集中させながらを振るう。

 アヤカとリミーナもバフを貰った事で、僅かずつだが傷を付けられる様になった為、距離に気を払いつつ積極的に攻撃を加える。

 その時ナナセ・アヤカ・リミーナの3人が偶然にも近くで固まった瞬間、ゴーレムの挙動が、今までの戦闘で見なかった両腕を突きだした体勢を取る。


「……まさか!? ユウカ! ティナ! 壁に寄って頭を守れえぇぇ!!」


 ナナセは叫ぶと同時に、傍にいたアヤカとリミーナを壁に思い切り突き飛ばす。

 それと同時に両腕が弾け飛び、幾つも組み合わさっていたパーツの一つ一つがナナセに襲い掛かって来る。


「カズシさん!」

「カズシ!」


 やべぇ!! こんな範囲攻撃隠し持ってやがったのかよ!!!

 礫の数が多過ぎて捌ききれねぇし、避ける隙間もねぇ!! 急所だけ守って死なない様にするのが精一杯だ!


 咄嗟にナナセは半身を逸らし、顎を引いた上で、左腕は頭と首を、右腕は胴周りを守る様に押さえると、無数の礫となった両腕が次々とナナセにぶつかって行く。


「ぐっ!…………が!………づ!……ぐぅぅ!!」


 時間にして10秒有るか無いかという程だが、それを見ているしか出来ないアヤカ達には、数時間とも思える程に長い時間だった。

 礫の攻撃が止むと、バラバラになっていたパーツがゴーレムに集まり、再度腕を形成していくと共に、ナナセがその場でゆっくりと前に倒れ落ちる。


「お兄ぃぃぃぃぃ!!」


「待ちなさい!!」


 ユウカが駆け寄ろうとした所を、アヤカが大声で止める。


「なんで止めるのよ! 早く治癒魔法をかけないと死んじゃうじゃん!!」


「また今の攻撃が来て、あんたが倒れるとパーティーが崩壊するって言ってんのよ! 私達が近付くまで傍に寄るな!! 戦いが始まったら、ティナさんがカズシさんを移動させて! その後はあなたが全力で治癒魔法をかけなさい、いいわね!」


「わ…わがっだ……」


 目に涙を浮かべながら自分の重要性と役割を認識するユウカ、しかし現状はかつてない程に劣勢、辛うじて負けていないといった状況で、戦力の要であるナナセが倒れてしまっては勝つ事は不可能だろう。

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