第108話 ゴーレム討伐②
山道を登り切り、鉱山の入口へと辿り着いたナナセ達は、坑道の中を窺う冒険者達が目に入る、恐らく事態が悪化した際の連絡要員なのだろう。
駆け寄った足音で相手も直ぐにこちら気付き、内数人の男女が話しかけて来る。
『お宅らは?』
「Bランク冒険者パーティー、【
『Bランク……あなた達も大変ね』
「大変って、また何か動きがあったんですか?」
『いや違うよ、こんな撃退不可能な討伐に駆り出されてって意味でさ』
『アイアンゴーレムもスチールゴーレムを魔法も無しに倒すなんて無理よ、というか、弱点の炎魔法で攻撃したとして、どれだけ撃てば倒せるか……』
それはオレ達も思ってる、でかい製錬物の塊を物理攻撃だけで倒せとか、ここの領主、冒険者の武器がオリハルコンとか、アダマンタイトで作られてるとでも思ってんのか。
実在する鉱石かは知らんけど。
「それで、鉱山まで来たのはいいんですけど、中のどの辺で戦ってるのか知ってます?」
『本当に行くつもりなのか? 今回ばかりはここで待ってても、誰も責めたりはしねぇぞ?』
『そうね。相手が悪いだけじゃなく、倒し方に条件まで付けられたら何も出来ないもの』
どうやら冒険者達からも領主の指示には非難が集まっている模様。
しかしここは領主の土地、領主の鉱山、自分の所有物を貸し与えている以上、その者達をどう扱おうと傍若無人な振る舞いを咎められる事はない、それがこの世界における
仮に言ったとして、その後、その身に待つのは確実な追放、場合によっては不敬罪と取られる、それだけ
「でも行かなければ何時まで経っても採掘は出来ませんし、何より街の方達が危険に晒されます」
『……すげぇな、俺達とそう歳は変わんねぇのにそこまで考えてるとは』
『だな。強さだけじゃなく、志まで俺達とは比較にならんわ』
『いいわ、私が案内してあげる。でも戦闘に参加するのだけはごめんなさい』
「十分助かります」
ようやくナナセ達も問題となってる坑内に突入する一方、鉱山の奥では、第一陣で出撃した冒険者の他に、呼び集めた冒険者達も討伐に加わるも、ゴーレムの圧倒的な防御力の前に、お世辞にも戦いになっているとは言い難い。
正直、怪我人が出るだけで済んでいるのが奇跡と言える。
『硬ぇ!』
『攻撃した手が痺れやがるッ!』
『腕を振りかぶった! 攻撃が来るぞ!』
この声の少し後に、ゴーレムは目の前の冒険者達に対して、凄まじい風圧を纏った腕を振るう。
『どわっ!』
『おぉ!』
その攻撃は接近していた冒険者の頭を狙っていたが、ギリギリしゃがむ事で回避する事が出来た。
もし少しでもしゃがむのが遅れたり、しゃがんで無ければ、冒険者の頭は潰れたトマトすら残らずに命を落としていただろう。
『ダメだ、何やっても効果がねぇ!』
『アイツを倒す前に、俺等の武器が壊れそうだ!』
よく見ないと分からないが、ゴーレムには僅かな掠り傷が幾つか付いている程度で、とてもダメージを与えられているとは言える状況にはない。
鉱物や製錬物の堅固な守りを持つゴーレムを前に、冒険者達は苦戦の2文字を浮かべる事すらおこがましく、攻撃を続けている者も、一応目の前に敵が居るからという、完全にただの惰性から攻撃しているだけである。
『スタークさん、これは無理だ! どうやっても倒せっこねぇ!!』
『そうだぜ! 最初に討伐に出た連中や、俺達があれだけ攻撃しても掠り傷しかねぇよ!』
『ぐうぅぅ!』
わかっていた事とはいえ、余りにも戦力に差が在り過ぎる!
一陣と今回とで、延べ数時間は戦闘を繰り返しているにも関わらず、野郎は一切避けずに数か所キズが付いただけ。
代わりにこっちの武器はボロボロで、体こそ無事だが、まともな一撃を食らえば、ほぼ終わりって恐怖が常に付いてまわるから精神の疲弊もヤバイ!
どんだけ理不尽なんだよ、クソったれゴーレムめ!
『撤退、撤退だ! 殿は俺がやる、退け!!』
『おら逃げるぞ! 急げ!』
『俺らが遅れた分スタークさんが危険になんだ! 全力で走れ!』
攻撃範囲に入らなきゃ何もされねぇが、一度範囲に入っちまえば出るまで攻撃される、だが幸いゴーレム連中は軒並み足は鈍足だ、追い付かれるって事は無いだろうが、いよいよもって参った。
物理は効かねぇ、魔法は馬鹿領主に禁止されて使えねぇ、ただでさえ魔法があっても勝ち目がほぼ無ぇのに、こんなもん無理に決まってんだろがっ!
クソッ、愚痴なんざ後で幾らでも吐ける、今はあのゴーレムを倒す策を考えねぇと。
『スタークの旦那、全員退避しました! 俺達も早く下がりましょう!』
『わかった!』
こうして2度目の撤退を余儀なくされたスターク達討伐隊、その撤退理由の一つに、領主が出した【魔法攻撃の禁止】があるのは確実だろう。
しかしどの冒険者も物理攻撃でダメージを与えられない以上、魔法攻撃は絶対必須、それについてはナナセが戦っても同じ結果だろう、刀による傷は付けられても、今度はその刀が持たない。
『でも引いたとして、奴はどうするんでさ?』
『問題はそこだ、こっちが何しようが奴には効果がねぇ。動きを抑えるのも恐らく出来ねぇだろう』
『だったら尚更』
『あそこで踏ん張らねぇとって言いてぇんだろ? 理解出来るが、あの場で戦うには不利過ぎる。それに再度ここへ向かう時に、ギルドマスターが領主様に魔法使用の許可を貰いに出てる』
『それじゃ!』
『ギルドマスターに賭けるしかねぇ。許可さえ下りれば、魔法による足止めと攻撃が出来る、そこで一気に勝負に出る!』
『うっす!』
(頼むぜギルドマスター、こりゃ俺達が倒すには魔法無しじゃ討伐不可能だ。それでも倒すってなりゃ、マジックアイテムを装備した最強クラスの冒険者でもなきゃ出来ねぇ!)
ギルドマスターと領主との交渉の成功に一縷の望みを賭けて入口へ向かう。
だがその肝心要の交渉については、領主が鉱山から得られる、各種鉱石の収益について一歩も譲らず、非常に難航していた。
―――
服こそ綺麗な物を着ているが、額には常に汗が溢れ、顔は脂肪が付き過ぎてほぼ首と一体化、上から下まで満遍なく肥え太った男こそ、ガルバドールを納める貴族であり、ギルドマスターの交渉相手でもあるメルヴィン子爵。
その肥えた体をソファーに預けると、ギィィィ!と大きく軋ませながら答える
「何度でも言おう、鉱山内、及びゴーレムに対しての魔法攻撃は一切認めん。ぐふふ」
「しかし相手はアイアンゴーレムか、スチールゴーレムである事は間違いありません!! このままでは鉱山は疎か、街にすら被害が出かねません!」
「だからなんだ? 私は領主だぞ。私の領地に住まわせてやってる上、私が所有する鉱山で働かせてやってるのだ。そこまでしてやってる私にこれ以上不利益を被れと言うのか?」
こんの豚野郎ッ! 住民が居るからテメェの街が潤うんだろう!! 住民が働いてるからテメェに金が入るんだろう!!!
貴族の本分の1つに、【領地を豊かにし、そこに住まう領民を守り、その対価として領民は税を納めよ】、とあるだろうが! ちったぁ民を守りやがれよっ!!
「ですがこのままでは街に被害が出ます、そうなれば住む者が居なくなってしまいます……」
「………」
「?」
(この豚野郎、急に黙ってどうした……)
「おおぉぉぉ! 何という事だ!! これだけ街に尽くしている私に対して、冒険者ギルドは守ってはくれぬと言うのか!!」
沈黙から一転、急に大袈裟に騒ぎ出す男。
だ か ら !
守る為に魔法の使用、せめてゴーレムに対しての魔法だけでも許可しろって言ってんだろうがこの豚がッッ!!
なんでこんなゴミ野郎が貴族をやってんだよ!
「そうは言っておりません! ゴーレムを倒す為に魔法を使わせて欲しいのです!」
「……ではゴーレムを魔法で攻撃した際、魔法によって消滅する鉱石の補償については、冒険者ギルドが負ってくれるのですな?」
こ……このクソ貴族がぁ!
(ぐふふふ、到底容認は出来んよなぁ。ギルドの金はあくまでギルドの物であり、ギルドマスターが自由に使っていい物ではない)
「そ…れは……出来ませんッ……」
「自分達の意見は聞け、だが私の意見は聞かない、これでは話にならぬな」
(ぐっふ! 絶対に譲らずにいれば痺れを切らせて、冒険者が魔法を使って倒すだろう。そうなればその冒険者から賠償金を支払わせる事が出来る! ギルドにも連帯責任として支払わせれば、また儲かってしまうのぉ、ぐふ…ぐふふふふ!)
「街の住民の為、何卒、魔法使用のご許可を……」
「くどいぞ! 補償がされぬと言うのであれば話にならん、私の意志は変わらぬ! 話しはこれで終了だ、出て行け!!」
ゴーレムを倒せりゃそれだけ鉱山の再開も早まるし、その高純度の鉱石だって手に入るだろうに………どうしてここまで欲の突っ張った話しが出来んだコイツはよぉぉぉ!!
街も鉱山も在るだけじゃ動かねぇ、そこに人が居て初めて動き、富を生むんだろうが、それなのに!!
「ぐっ……く………しつっ…れい………いたします……」
こうして強欲な領主が一切譲る事無く交渉は決裂。
ギルドマスターは悔しさと、今も必死に戦ってくれている冒険者達への申し訳なさから、奥歯を強く噛みしめ、手からは血が滲む程強く握りしめながら部屋を、そして屋敷を出ていく。
「ぐひゃひゃひゃ! これで金貨数百枚は賠償請求が出来るな!! 確実に冒険者は払いきれんだろうから、仲間に美人の女が居ればそれ以上に稼げるかもしれんな!」
その時部屋の扉が開き、1人の男が入ってくる、気色悪い笑い方をする男と瓜二つな所をみると、間違いなく息子だろう。
そしてその息子は、ギルドマスターが何かの交渉に来ている事を知っていたのであろう、この計画で得られる金から父親である男に一つ頼み事をする。
「ぐひ! パパ、お金が入ったら新しいオモチャが欲しいんだ、買ってくれない? ぐひひ!」
「お前というやつは、全く仕方のない奴め。ぐふふ!」
―――
その結果を知る由もないナナセ達は、坑道の奥から逃げて来る冒険者達が目に入る。
一瞬壊滅した為の撤退かと思ったが様子が違う、怪我人こそ数人いるものの、殆どが無事、どうやら敗北による撤退ではなく、戦略の為の撤退のようだ。
「ここまで来れば後は冒険者の列に逆らって進めば着くはずよ、多分奥に討伐隊のスタークさんも居るだろうし」
「ありがとうございました」
「お礼なんていいのよ。でも絶対に無茶はしない様にね」
そう言い残し、案内してくれた女冒険者も、撤退する者と一緒に戻っていく。
ナナセ達は言われた様に、戻る者達の波に逆らいながら奥へと進むと、次第にその数も少なくなり、まばらになった頃、最後尾と思われる数人の冒険者が見える。
(あの人達が残ってる最後冒険者って事でいいのかな?)
(周りにはもう誰も居ませんし、多分そうじゃないかと)
『ん、君達は?』
「【
『そうか助かる、俺は陣頭指揮を任されたスターク、ギルド職員だ。来てもらって早々にすまないが、入口に戻ろう。悔しいが奴に物理攻撃は意味が無い、ギルドマスターが魔法の許可を貰ってくるまで入口で待機だ』
「許可って、本当にだされるんですか? 私達が聞いた話、領主様は例外事項も設定せず、ゴーレムが持ってる鉱石にまで執着してると聞きましたよ?」
「本当にそれだよね、金しか見てないのがまるわかり」
「もしそうじゃなければ、魔法禁止なんて指示を出すとは思えないし」
3人の言う通りだ、もし自分の利益だけを優先する、もしくは、住民を何とも思わない人間なら絶対に出ない、出す訳が無い。
つまり、待つだけ無駄だ。
『そ…それがハッキリするまでは』
「その待った分だけ住民が危険に晒されるのですが。それにもし許可が下りなければ、街に近い所で再度戦闘をするという事ですわよ?」
『だが…攻撃が通じない以上は…もう』
ギルド職員としては、住民や冒険者、どちらの事も考えないと、って言うのが判断の難しい所だな。
多分このまま魔法無しで戦闘を継続しても、冒険者から非難を受けただろう、そして今やろうとしている入口までの撤退に関しては住民から………。
「事情は了解しました。じゃあオレ達が指示が到着するまでの間、奴を食い止めます」
『ダメだ、5人しか居ないのに危険過ぎる!』
「自分達の実力も加味して危険が無い様に動きはしますよ、一応AAですから」
そう言いながら、ポケットに入れていたギルドカードを、見える様に掲示する。
『金プレート!!』
『AAの文字もしっかり入って!』
AAランクと聞いてスタークは期待の目を向ける、一緒に居た冒険者達も同様に期待する、これであの化物を撃退出来る、街の安全が保たれる、と。
だが、ナナセの次の一言が、それらの期待を一瞬で消し去る事になる。
「勝てませんよ?」
『なっ!』
「オレはAAの中ではまだまだ下の方だし、何より巨大な鉱物を斬れる様な武器は持ってませんから。まぁ
「だから魔法の許可が出たら、急いで教えて欲しいんだよね。私が魔法担当だから」
『あ…あぁ…』
「それじゃ、おねがいします」
『………行っちまいましたね』
『俺達も急ぐぞ、入口で待機してる奴等をギルドに走らせる。許可が下りたなら少しでも早く伝えられるようにな!!』
『了解ッス!』
スターク達は入口に、ナナセ達は奥へとそれぞれ駆けるが、既に最奥近くまで到達していた事もあり、スタークと別れてからそう時間を掛けずに問題となっている相手と対面する事になる。
核が自動で製錬しているのか、大小様々な大きさの鋼鉄を纏い、体長にして約4メートル程で人型、高さはほぼ坑道一杯に使い、胴の大きさも正面から見ただけで大人数人分はあるだろうか、腕や脚も到底人とは比べ物にならない程の大きさ、流石のナナセにも嫌な汗が流れる。
「念の為聞くけどさ…アイツの名前とランクって……何?」
「ちょい待って」
【スチールゴーレム】
AAランクの魔物:移動速度は全くと言っていい程ないが、攻撃力と防御力は他のAAランクの魔物とは桁違いに高い、特に防御力に関しては並の武器では歯が立たず、核を破壊するか、核から供給される魔力を絶たなければ動き続ける。
「だって」
「マジで高ランク帯の魔物は化物揃いかよ」
(
「私達はどう動いたらいい?」
「まともに戦えるのはカズシさんだけですから、指示の通りに動きますよ」
どう動くか……か、アイアンゴーレムである事を祈ってたんだけど、見事に外れたな………。
っと、泣き言はここまで、来ちまった以上はやらないとな、幸い坑道内は横に広い、移動に関しては問題無いだろう。
「ユウカは
「「「「了解!」」」」
こいつはある意味ブラッドオーガより遥かに大変な敵だぞ………。
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