第105話 野心②

 トモヤと別れた後、侍女に連れられて自室へと戻ったセリア、その顔は少し物悲し気な様子、侍女も2人の間柄には気付いてはいるが、だからこそ止めざるを得なかった。

 それは侍女自身も貴族であるが故、身分の差が余りにも在り過ぎるという事を危惧してである、もしあのまま見過ごせば自分だけではなく、家その物にも迷惑が掛かる、それだけは絶対に避けなければならなかった。


「姫様、先程のトモヤ様との逢瀬、虚偽の発言をしてまで干渉してしまい、大変申し訳ございませんでした」


 深く静かに頭を下げる侍女。


「いいのです、あの行為が貴女の優しさという事はわかってますから。だからトモヤ様のカップを用意して、姿を隠してくれたのでしょ……2人でお話しをさせる為に」


「……私に出来るのはあの程度ですので」


「ありがとうございます。……少しだけ1人にして下さい」


「かしこまりました」


 姫の「1人にして」という言葉で静かに退室していく侍女。

 これで室内にはセリア1人となった後、自分のデスクにある鍵の付いた引き出しから、一つのリングを取り出し身に着けると、そっと目を閉じる。


「………近くに誰も居ませんね」


 パーセプションリング【HR】

 効果:装着者の半径25メートル以内にいる生物を感知可能。


「ふぅ………子供の相手も疲れますね。まさかキスをしようと近付くなんて、下賎者の癖に油断なりません……いえ下賎者だからですね。あの娘のおかげで助かりましたが、少々急ぎ過ぎました」


 突如先程までとは違う顔を見せるセリア、顔も声も同じままだか、その口から出る言葉は明らかにトモヤを見下している事がわかる。


「恐らくこのまま行けば近い内にアルテニアか、フェングリフのどちらかと戦争になるでしょう、他国からの援軍や占領後の事も考えると、可能性が高いのはフェングリフでしょうか」


 自分のデスクに地図を広げ、手慣れた様にそこへ何かの駒を置きながら自分の父、ディルフィニール王の動きを予想していく。

 更には援軍経路と、戦闘になった際の相手の退路まで細かく予想し、その様は姫ではなく策略家。


「一番手っ取り早いのは、クスイの作り出した存在ものでの暗殺ですが。これはどれだけ距離があっても操れる事が前提になりますけど………アレには近付きたくないし。何か良からぬ事も考えているようですしね」


 途中から明らかに表情を曇らせる。

「アレ」と、まるで汚物を見る様な顔で、窓から見えるクスイが居るであろう離宮に目をやる。

 どうやらセリア的にもクスイの趣味趣向は理解出来ない様だ。


「今度の議会の場で、それとなくお父様を使って誘導してみましょう」


 どうやら彼女にとっては自分の父ですら駒としか思っていない様子。


「そして気掛かりなのは、こちらに呼ばれて直ぐに立ち去ったあの3人の男女。トモヤの話しによれば、男のステータスは当時のトモヤの倍、一部のステータスに至っては3倍とも言ってましたね、一体どんな化物ですか……」


「はぁ…」と一つ溜息を吐きながら、自身のこめかみに指を置く。

 セリアの言ってる男とは間違いなくナナセの事だろう、一度足りとも面識が無いので、彼女からすればそんな人間も居た程度なのだろうが、大きな不確定要素であることは間違いないのだ。


「確か話しでは、出て直ぐにアルテニアへ向かったと言ってましたね。あれから3か月、どこかの街を拠点としたのか、それとも旅を続けているのか、それによって対応は大きく変わりますから要確認ですね」


 彼女がトモヤやクスイの考え方と違う所は過程に重きを置く事、議会や作戦会議に出席して情報を集め、そこから得た情報で幾つものルートを定め、可能性の検討と排除を繰り返して、その上澄みを掬っていく、当然情報の重要性を理解しているからこそ、刻々と変化する情報をアップデートしながら。


「恐らく明日にでもお父様たちと報告会がありそうですし、新しい情報が聞けそうですね。フフフ……何処と初めに戦争しようとも必ず勝たせて見せますわ、私の為に」


 彼女に誤算があるとすれば、ナナセ達の能力を正確に知らない事だろう、アヤカは大量の物資の保管や魔法の破壊、ユウカは魔法の多重使用、しかもどちらも中・上級クラスの無詠唱が可能という、これだけでも普通は頭を抱える案件だろう。

 しかしナナセに至っては、それすらも霞む様な能力がある、全ての状態異常が無効な上、【闘気】によるステータス上昇効果に、それを放出しての遠距離攻撃と空中浮遊。

 そして彼女にとってこの空中浮遊こそが最大級の誤算だろう、なにせ人が単体で空を飛ぶ等と、考えるに値しないとすら思っているのだから

 この事実を知っても尚、彼女は笑みを浮かべる事が出来るだろうか……。


 場所は戻りナナセ達の訓練12日目


「徐々に着弾地点を近くするから、爆風や巻き上げられた土が痛くなってくぞ! 注意しろよ!」


「今だって痛いのに、まだ近くなるの!?」


 小言を言いつつ、オレの攻撃を見ながらの回避に慣れつつあるみたいだな、最初に走り回って逃げていたのが見違えるほどの成長だ。

 それに。


「こん…のっ!」


 横へ飛びずさりながら避けると同時に、炎魔法を放つ。


 最近はお返しとばかりに、炎系の魔法でオレと同じ様な事をして来るしな、稽古としてはこれ以上ない程に良い傾向だ。

 ただ見る、避ける、狙う、放つを一瞬で行うからか、狙うの精度が甘くて普通に当たるレベルなんだよな。


「よっ」


「ッチ!」


 おい今舌打ちするの見えたぞ?

 コレ精度が甘いだけだよな?

 冗談じゃなく、ガチで狙ってる訳じゃないよな?


「少しは当たって痛がれ!」


「何言って、嫌に決まってるでしょ! 誰が好き好んで痛い目に合いたいのさ!!」


「私はこんなに痛い目に合わせられてる! そっちだけ狡い!」


「子供かっ!!」


 間違いない、ユウカの奴当てる気で撃ってやがるな!

 まぁ多分オレが避けるって分かってての事だろうけど、危ないわ。


 その後ユウカとの稽古はティナが休憩を知らせてくれるまで続けられた。


「もう相手を見ながら、攻撃を避けるにも慣れたんじゃない?」


「慣れはしたけどさ。結局はお兄が当てる気が無いの分かってるから出来てるだけで、じゃ本当の実践はどうなるのかって言われたら、私にも分かんないよ」


「そりゃ皆同じさ、その為に訓練してるんだし」


 自分でそういう自覚を持てるって事は良い傾向だ、それにこの訓練期間だけでも、2人の成長はかなりの物を見せてくれてるからな。

 ユウカは言われた通り相手や攻撃を見ながら回避、今は一歩進んで反撃も行うようになってる。

 ティナは攻撃射程の短さを、元々使っていた武器に手を加えて投げナイフに改良し、そのナイフを使ったフェイント等で達成、今では近接格闘や鋼線を混ぜ、素早く変則的な動きで攻撃してくる様にまでなった。


「そっちはどう?」


「こちらも順調ですわ。一通り型は教えましたから、次は実際に木人形を使っての型の反復と、きちんと斬撃が出来ているかの確認と言った所でしょうか」


「型を見たあとしっかり指導・調整してくれるので、凄く分かりやすかったです」


「それを言うなら私の方ですわ、一度見ただけでしっかりと出来るのですから、驚き以外ありませんわよ」


 アヤカ達も順調に進んでるみたいだな、ある程度整ったら再度1対4を仕切り直してみるか、今度は余裕ぶって待ってたんじゃ手痛い目に合うだろうな、正直初手をどう打って来るのか楽しみではある。

 それにこっちだって戦う以上は負けてやる気無いからな。


 そして同時にこの時、街の傍にある鉱山の奥、それもまだ人の手が及んでいない、採掘場の奥深くで静かに異変が起きていた。

 とある魔力を大量に含んだ物質が核となり、周囲の鉱石を集めて急速に形を成そうとしていたのである。

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