第103話 訓練開始5日目

 訓練開始から5日。

 お互いどんな動きが出来て、何が出来ないのかを把握してきたアヤカチームが、徐々に動きを変化させてきている。

 まず、1人で行動せずに、常に誰かが誰かをカバー出来る距離に位置取りをする事、基本中の基本だが、戦場は常に流動する、それにたった5日で合わせられる様に調整を掛けて来た。

 おかげでナナセの方は、前までは動きで翻弄して疲れ切った所を、誰かに向けて投げ飛ばすといった戦略を取れなくなっていた。

 無理にしようものなら、即座に魔法や遠距離攻撃が飛んでくる。


 守りを重視したスタイルでこっちの隙を突く構えか、加減してるとはいえ、ユウカに放った闘気はアヤカの風魔法で逸らされ、その守りを崩すのに闘気を放とうとすると、すかさずユウカが魔法をぶっ放して潰してくる。

 中々堅いな、しかもこっちの速さには追いかけようとせず、ティナが冷静に匂いで追跡してくるから、スタミナの消耗も期待できない、早くもオレの方が追い詰められたか。


「どーよ! こっちだってやられてばっかじゃないんだから!!」


「向こうの一手を押さえただけよ! 気を抜かない!」


「これからどう動いてくるのかだよね」


「どう動いてくるか」か……そりゃ相手が攻めないて来ないで、守りに徹するって言うなら、こっちは自由に動ける。

 押してダメなら退いて引いてみるってね!


 ナナセは刀を納めて両手を空けると4人から距離を取った。


「剣を納めて距離を、何故ですの?」


「びびっちゃったかにゃ~? そうだよね~攻めれないもんね~、仮に来ても反撃されるもんね~」


 なんだろう、声は聞こえないけどあの表情、馬鹿にしてる感満載だな。

 前から直ぐに調子に乗る所が駄目だって言ってるのに懲りない奴だな、少し厳しくいくか。


 距離を取ったナナセはおもむろに両手を前に突き出す。


「ッ!? みんな散って!」


「遅いッ!」


 アヤカが声を張るも次の瞬間には両手からの闘気弾が4人に襲い掛かる。


 両手で連続で放つと狙いが付け難いな!

 一応手前に着弾する様にはしてるからダメージはそう無いだろうけど、弾幕による牽制や、回避の訓練にはなるだろう。

 後は互いに動くせいで集中も狙いも付けられないだろうし、特別ユウカには集中的に浴びせよう。


「こんな! 無茶が過ぎますわッ!!」

「痛ッ! 爆風に混ざってる土や小石が痛いってば!」

「攻・守・速どれも強化される上、速射の遠距離攻撃まで出来るなんて、無茶苦茶だわ!!」


 昨日も言ったけど闘気を放ってるだけで、自分の強化には使って無いけどなー。


「ほらほら、ちゃんと見て避けないと当たるぞッ!」


「わきゃぁぁぁ! お兄待って! 一旦止まって! 話せばわかるってぇぇぇぇ!」


 前衛組の3人はスタミナ消費を抑えるのに、爆風の範囲ギリギリを飛び退いたり、側転なんかで避けてるな、しかも即座に敵の方に向き直る所は評価が高い。

 それに比べてユウカがなぁ……。


「鬼! 悪魔! このひとでなしぃぃぃいやぁぁぁぁ!」


 体力の続く限り全力で逃げてるな………一番スタミナを消費する上、相手を気にしている様子も無いから、次に繋がらず完全にジリ貧だ。


 オレはユウカだけに狙いを絞って3人に見る様合図を出す。


「あれはどうすべきかね」


「あの避け方じゃ直ぐに力尽きるよね……」


「強力な魔法に頼り切りになってた弊害かもしれませんわね」


「ハァ……本当に世話が焼けるわね」


 自分の妹を見ながら溜息を吐くアヤカ。


 いつも思うが、アヤカのユウカに対する厳しさは、何か理由があってなんだろうか?

 妹故に厳しくってのはあるかもだけど、もう少し優しくしてあげような。

 逃げ回ってるユウカのスピードが落ちて来たし、一度手を止めて休憩がてら、全員で誰が何を鍛えるべきかを話し合う事にするか。


「つ……疲…れた……」


「ユウカは攻撃の回避について重点的に鍛えた方がいいね」

「それと冷静に周りを見る事ですわね」

「そして何度も言うけど、調子に乗らないの」


「ぐっ……はい…」


 あれを見られたら「はい」しかないよなぁ。

 基本後方に居るから接敵する事は少ないだろうけど、その可能性は0じゃない。

 いざ目の前に自分より強い存在が出た時に、誰かが手を貸せるとも限らないから最優先事項だな、次に冷静な判断力を身に付けられたら文句なしかな。


「まぁ回避については皆の課題だ、それ以外に個々で鍛えるべき事と言えば……アヤカは実戦的な剣術」


「わかりました」


「ティナは対人・対魔物を想定した動きの訓練かな、魔物は別として対人なんてほぼ経験ないよね?」


「無いです無いです」


 だよなー、避けはするけど攻撃する時に躊躇してる感があるし、そこは厳重に直さないと命に直結する。

 あとはリミーナだけど、んん~。


「リミーナは……特にないな、寧ろアヤカに剣を教えて欲しい」


「私が教えるんですの!?」


「だってローレンさんから剣を教わってたんだろ? ならオレも含めても、現状この中で一番実戦向きでバランスがいいぞ」


「私が一番実戦向き、ですか?」


「っそ、オレのは元々対人特化型の剣術、如何に相手を斬り殺すかを前提に考えられた物な上、オレの剣とアヤカやリミーナ達の剣って、全然形違うだろ?」


 そう言ってナナセは自分の刀をリミーナに手渡す。

 受け取ったリミーナは、鞘から刀を抜いてマジマジと違いを見比べる、自分の剣は厚みもあり、両刃に作られてどちらでも受け攻めが可能なのに、ナナセのは片刃で刺突剣レイピアと思える程に細く、何より軽い。


「持ってみて思いますが、こんなに軽いのにどうして斬れますの? 基本剣は力と速度、そしてその重量で斬る物と教わりましたのに、これの重量は私の剣の半分もありませんわ」


 それに関しては多分斬り方の違いだろうな、叩き斬るを目的とした剣と、純粋に反りで斬る剣の違いとしか言えないんだけど………剣術の違いって事で上手く誤魔化すしかないか。


「オレの使う剣術は剣の重量よりも、使い手の踏み込みの速度と剣速を重視してるんだ、だから即座に剣を抜ける様に軽めの反りが入ってる、コレが鞘から抜いた時に切先が引っかからない様になってるんだよ」


「重量より速度を……珍しいというよりも初めて聞きましたわ」


「そう言う剣もあるって事さ、んじゃアヤカの稽古は頼んだ、オレはユウカとティナを見るから」


「了解ですわ」


 こうして相談兼休憩を終わらせてそれぞれの稽古に入るが、ユウカがまだ疲労中なのでティナの方から先に入る事に。


 少し無理をさせ過ぎたかな?

 ともあれ、今はティナの稽古に集中するか、他に気を取られたら大怪我するしさせかねない。


「それじゃ、行きますね!」


 数メートル離れていた距離を一気に詰めるティナだが、当然ナナセも簡単には潜り込ませない。

 刀の切先をティナに向けて一言。


「短剣よりも長い得物と言っても、刀より短い以上は簡単に潜り込ませないぞ」


 逆を言えば潜り込めさえすれば、短剣の利点だらけではあるんだけども。

 刃が短い分取り回しが利くし、攻撃速度もある、さてティナはどうやってコレをクリアしてくるか。


「幾らカズシでも私を甘く見過ぎ、その辺の事を考えてない訳がないで…しょ!」


 投げナイフ! いや前に使っていた武器の1本か、流石に近いと言ってもこの距離なら避けられるぞ。


 余裕を持って向かってくるナイフを避けるが、通り過ぎる際に何か細い糸の様な物が視界に入る、そしてその瞬間ティナは手を引き戻す動作をし、直感的に何かやばいと感じたナナセは身を屈める。

 見れば鋼線で結ばれた短剣の根元は鋭く尖っており、避けなければ恐らく頭のどこかに当たり、確実に隙を作っていただろう。

 ナナセが屈むと同時に、それを狙っていたティナは前へと出て、距離的不利を無くした。


「っく! 今のは!?」


「さぁて何でしょうね! 答えは自分で見つけてよっと!」


 流石に刀で短剣2刀相手は攻撃の回転が違い過ぎるし、何より振り辛い!

 確かにティナを甘く見てた事は認めるけど、まさか一瞬で詰められるとは思わなかった!


 尚も手数でガンガン攻めるティナだったがそれだけでは終わらなかった。


「せいっ!」


「何ッ!?」


 短剣2刀+足技、まさかの連続に驚かされるナナセ。

 正直ティナがこんなにも接近戦での戦いについて考えていたとは、思ってもいなかったのだ。


 これは嬉しい誤算だな、これなら並みの冒険者にも後れは取らないだろう、でもオレもやられっぱなしって言うのは悔しいから、ちょっと驚かせるか。


 ナナセは持っていた刀を投げ捨てた。


「そんな! 剣を捨てた!?」


「ここまで接近されたんじゃ、刀じゃきついんでね!」


 両手の空いたナナセは、ティナの短剣を身に着けているガントレットで弾き、又は受け流す事で防ぎ始めた。


 成長するには自分より圧倒的に強い相手よりも、多少強い位で受け攻めの出来る相手のが実感が湧くだろうから、このままどれくらい持つのか試すか。

 それにコレならスタミナを付ける稽古にもなるしな。


「こんッの! 素手になっただけなのにこうも攻め切れないなんて!」


「一応これでもAAだから、そう簡単に一本取られる訳にはいかないでッしょ!」


「痛っ! 剣を使ってる所ばかり見てたけど、無くても強いとかもう狡いってば!」


「ぐっ!」


 ナナセは7~8回の受け攻めに1度の割合で攻撃を受ける様にして、このやり取りを40分程続けた所でティナが膝を付いた。

 武器を手放し手と膝を地面につけてる事からスタミナが切れたのだろう。


「お疲れ、これで一旦ティナは休もうか」


「りょ……りょーかい……」


 本当に余裕が無いんだろう、膝を付いたまま返事を返すティナ、見れば滝の様な汗を流しながら息も絶え絶えだ。


 さて、次はユウカだが。


「次は私か、さっきみたいなヘマはしないから、そのつもりでね!」


「安心するといい、ユウカのメニューはさっきも言った通り回避方法だ」


「回避方法?」


「そう、ユウカは攻撃をせずにオレの攻撃を徹底的に避ける事。闘気弾の他にも、接近して攻撃をしたりするから油断しない事、分かった?」


「うえぇぇぇぇ」


「闘気弾は当てない様にするけど、万が一って事もあるんだからしっかり見ろよ?」


「うぅぅぅ」


「ほい離れた離れた」


 文句を言いつつも距離を取るユウカ、この後1時間程悲鳴を上げながら走り、投げられて転がり、土を被ったりと、再度休憩をする頃には服や髪が泥だらけになり、若干目に涙を浮かべた姿にナナセも慌てる。


「す…すまない、大丈夫か?」


「ぐすっ……大丈夫…だと、ぐすっ…本当に思ってるの……」


「思って、ないです」


「このっ!!」


「いたた、本当にごめんって。てもこれも稽古だから慣れて貰わないと」


「分かってる! でも腹立つの!!」


 こうしてユウカに叩かれながら、泣かせたお詫びとして今日のメシ代を持つ事になるナナセ。

 アヤカからは甘やかさなくても良いと言われるが、泣かせてしまった事には違いないので、甘んじて受ける事にするのであった。


「念の為に休みの日を作って、一人で依頼こなしておくかな……」

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