第102話 訓練場にて

「おーい、寝てないで起きろー、訓練始まってまだ20分位しか経ってないaぞー」


「ね……寝てんじゃ……ないやい」

「無…理……力も……速さも……桁…違い」

「あの時…とは………全…然……違い…ますわ……」

「4人……全員で…これ……なんて…」


 訓練場で大の字になる者、地面に両膝を付く者、座りながら壁に完全に寄り掛かる者とそれぞれだが、4人に共通しているのは肩で息をしているという事。


「なな……な…が……」


 場所を貸した冒険者ギルドも、途中から聞こえてくる大きな戦闘音が気になり、職員が見に来る始末、当然その光景を見て驚き言葉を失った訳だが。


(‘少し前のこと)―――


「他の冒険者の方も利用されますので、ご注意お願いしますね」


「了解です。それじゃ使わせてもらいます」


 冒険者ギルドへとやって来たナナセは一直線に受付嬢の所まで行き、訓練場の利用を申請した。

 当然ギルド側も断る理由は無いのでその申請は秒で通る事になり、訓練場へ向かうのだが、1つギルドが気になっていたのは、普段見ない冒険者達という事。


(今の訓練場利用の5人パーティーですけど、多分ここを初めて利用する人達です)

(わかった…点検目的として、定期的に職員を見回らせて実力を確かめる)

(よろしくお願いします)

(しかし5人中4人が女とは……ハーレムパーティーでも作るつもりなのかね、あの男も)

(冒険者には冒険者なりの訳があるんですから、そういう言い方は感心出来ませんよ)

(当人を目の前にして言わんよ)


 そんな話しをされているとは知らず戦闘訓練を開始しようとするナナセ達。


「それでカズシを敵にって事は、1対4で模擬戦するってこと?」


「その通りなんだけど……先にユウカに謝っておく、すまん。」


「どゆこと?」


「流石にここで上級をぶっ放すとオレもだけど、ギルド側もやばい事になるから、使うのは中級までにしてくれ。あと周りに他の冒険者とかが居ないかも注意して」


 上級は単体の威力も凄まじいが、範囲魔法ともなるとその効果範囲はかなりの広さだからな。

 もし仮に、ユウカが上級範囲雷魔法ライトニングボルテックスを撃とうものなら、訓練場の屋根とそこに繋がる外壁の大部分が破壊されるだろうし、そうなれば修繕費用だって相当な額だろうからな。


「りょ」


「後はそっちで作戦を立てて、準備が出来たら声をかけてくれ」


 簡単な注意だけして離れた所に腰を下ろすナナセ。


 オレが作戦立案に参加したら何の意味も無くなるからな、相手と自分達の能力差をどれくらい認識していて、それをどう埋めて来るかな。


「作戦かぁ、姉さんなんか良い案ある?」


「良い案もなにも、カズシさんと戦うなら、あの速さをどうにかしないと一瞬で終るわよ」


「力も強いのに、盗賊シーフ以上の俊敏性や、獣人以上の移動速度を持ってる人を相手だなんて悪夢だよ」


「とはいっても、自分より実力の高い人との実戦はありがたいですわよ。戦場でなら死なんですから」


 戦場であれば死、この言葉に全員が考えさせられる。

 普通は接敵する前に絶対に避けるべき相手、そんな相手が稽古を付けてくれるのだ、願っても無い事だろう。

 そして。


「ならいっその事、今のままでどれだけお兄と戦えるかやってみない?」


「でも確実にボロ負けすると思うけど……」


「それでもいいからさ、自分達がどこまでやれるか分からないと、作戦も何も無いと思わない?」


「確かにその通りですわね。あくまで実戦形式であって、実戦では無い今だからこそ出来る事ですわ」


「それじゃさ―――」


 ……………さて、まだ作戦会議中、お!

 ユウカが手を上げてって事は合図……だな! それぞれ配置に付いたみたいだし、行くとするか!


 ―――


 オレは全員の呼吸が落ち着いて来た頃に、各々反省点なんかを聞いてみる。


「さて、1回目の模擬戦は戦いになってなかった訳だけど。これは一体」


「…ユウカの案で、現状でどこまで戦えるかを試してみたんです」


 あぁ~成程、妙にバラバラに動いてるなと思ったら、作戦を練る前に自分達の実力を確認したかった訳か。

 そうすれば現状自分達がどれくらい強いかって分かるし、どこまで出来るかのテストケースにもなる。

 更に言えばオレが何を警戒して、どんな行動を取るかも分かるしで、一石三鳥か。

 中々考えられた案だな。


「まさか魔法を潰されるとは思わなかった! てかお兄の遠距離攻撃狡い! 何あれ、メッチャ連射出来んじゃん! 徹底的に邪魔された!」


 そら遠距離で高威力をバカスカ撃てる固定砲台なんて一番の警戒対象でしょうが、自覚持ちなさい。

 こっちだって電撃は食らいたく無いし、速さで狙い辛くしたうえで攻撃するのは当たり前でしょう。


「それだけユウカが重要視されてたって事だからいいじゃない、私とティナさん、リミーナさんなんて」


「速さで翻弄されて体力を持ってかれた上」

「運よく剣の射程に入っても、軽く弾かれましたわね」


 動きを妨害する様な対策が一切無かったからね。

 しかも左手はユウカを狙ってたせいで、1人ずつしか相手出来ないから、スタミナを鍛える意味でも、自滅してもらうひたすら走って貰う形の戦法を取らせてもらうのが、一番手っ取り早かったから。


「ちなみにあれは纏った状態だったんですか?」


「いや、纏わない状態」


【纏わない】この一言にアヤカ達の雰囲気は更に重くなる、現状でも止めるのが大変だというのに、まだ上があるのだ。

 武器が出来上がるまでの間、4人はどう作戦を立てるのか。


「そうだ、丁度良いのでこれを見て欲しいんです」


 アヤカは近くの石に魔法を掛ける、すると石は人の膝上の高さまで上がっていく。


下級風浮遊魔法レビテーションですわね」


 リミーナの一言で石はどんどんと上昇していく。

 そして遂には天井にまで到達し全員を驚かせた。


「あの魔法ってあんな高く浮かせられるの!?」

「いいえ! 精々が人の腰くらいまでが限界ですわ!」


 ってことは独学でその高度制限を取っ払ったか、もしくは一部の式を書き換えたのか、凄いな。

 そしたらもう少しで移動可能な浮遊魔法が完成するのか?


 ナナセがそう感じていた矢先、アヤカの表情が暗くなる。


「でもここまでで、浮遊させた後に、移動する為の式を追加すると破綻してしまうんです」


 魔法を使えないから何とも言えないが、難しい物なんだな。

 浮かせた後に移動させようとするとダメなのか……。


「いっその事一緒にして見たらどう?」


「一緒?」


「今は浮かせるって事と、その後に移動させるって事の2つをさせようとして失敗してるんでしょ?」


「そうです」


「ならその2つを一緒にして、浮きながら移動出来るって風には出来ないの?」


「!!」


 完全に魔法を使えない素人目線からの意見ではある。

 ユウカみたいに連続して魔法を展開出来るなら、アヤカの言ってる事でも可能かもしれないが、アレは特別だ。

 それでも可能にするって事なら複数のタスクを1つに纏めるしかない。


 その後アヤカは自分の訓練以外の間は、ずっと浮遊魔法の事を考えているのか、真剣な表情で俯いていた。

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