第100話 失敗の酒
あれから街の人に美味い酒を置いている酒場を聞き込むと、街外れ、南東にある静かな住宅地の更に奥で、ひっそりと営業をしている店があるという情報を耳にしたナナセ達。
住民曰く、酒は間違いなく最高らしいが、そこの店主は飲み方に一つの条件を出しているらしく、その条件のせいで余り知られず、仮に知っても訪れる客は少なく、再度来店する者は、店の雰囲気を気に入ってる者に限られるのだとか。
そしてその条件と言うのが。
【この店や、店の周りで騒がない事】
静かに会話を楽しむ分には何も言われないが、明らかに騒音となるような状態になれば、即刻店を叩き出されるのだという、しかも店主自体元冒険者で腕っぷしも強いらしく、色々な理由が絡み合った事で穴場中の穴場的な店になったそう。
話を聞く限り日本のドラマとかで使われる、大人が通う様な上品なバー的な感じだな、飲めんし行った事ないから知らんけど。
「そんじゃまずはそこに向かってみよっか、お酒の味は最高だって話しなんだし」
「そうね。でも店主さんとの交渉中、ユウカは絶対に喋らないでね」
「なんでよ!!」
「直ぐに感情的になったり、絶対に乱暴な話し方をしないって誓える?」
「……………」
「決まりね」
「うぐぐぐぅぅ……」
静かにってのはあくまで扱ってる酒の味を楽しんでもらう為の物だと思うけど、ドラマと違うのは腕っぷしが強くて最悪叩き出される事か。
日本でやると叩き出されるって部分が、訴えられる可能性があるし、叩き出された側がSNSに晒すとかもあり得るから中々リスキーな行動だな。
(あの…ナナセ様? ナナセ様!)
「どうしたの? そんな小さな声で」
(いえ、その…2人はあのままで大丈夫ですの? 少々不穏な空気が漂ってますけど)
「そっか、リミーナさんは初めて見るだっけ。あれは別に不穏な空気とかじゃないよ、単純に2人の日常風景みたいなものだって、前にカズシが教えてくれた」
「そ…そうなんですのね、あれが……」
「ま、流石に手が出そうな場面は止めに入るけどね。おーい! 2人共移動するぞー」
いがみ合ってる2人を連れて街の南東を目指して歩いて行くと、屋台や露店なんかの商店街から始まり、次第に街の住民達の自宅等がある住宅街、更に進むと一定区域何もない広場があった後、何かを叩く音が届くので鍛治系の工房と思われる建物がチラホラと目に入る。
もしかしたらランゼンさんの師匠も、この辺りに工房を構えてるのかもしれないな、今更だけども、その事も含めて聞き込みをすれば時短になったな。
「結構歩いて来たけど、まだ先になるの? 通り過ぎてたりとか無い?」
「住宅地の更に奥って言ってたからな、あの空けた土地の奥と考えればこの辺か更にまだ奥かって事だと思うけど」
「カズシって割りと街の情報に関しては、行き当たりばったりが多いよね」
「ま…まぁ、命の危険が有るわけじゃ無いし」
「それは街の環境にもよると思うわ」
「じ……自分の足で見て回るって言うのも」
「であれば、尚の事下調べが大切だと思いますわ」
「……ソー、デスネ」
下調べの甘さにメンバー全員からの集中砲火を浴び消沈気味のナナセ、それでも道なりに奥へと進むと1つの建物が見えて来る。
周りの土地も整理されているので見た目の景観と相まって、木々の奥にひっそりと建つ感じで、秘密基地感満載だ。
「ここかしら?」
「多分そうだと思うよ、あの建物からお酒の匂いがしてくるし」
「了解、入ってみよう」
店の扉を開けて中へ入ると、店内は数個のオイルランプに照らされ、明る過ぎず且つ暗過ぎず、静かさを楽しむ雰囲気と、ゆったりとした味のある上品な空間が広がっていた。
「……いらっしゃいませ……お好きな席へお掛け下さい……」
見た目は大柄な体格なのに、決して声を張る事なく、静かと言うよりも寧ろ優雅と言える佇まいで席を進める店主。
ナナセ達はここに来た目的を話す為にカウンターへと進む。
「……何に致しましょう」
「実はお酒を売って頂きたくて、街で聞いたら、このお店のお酒が最高だと言われてお邪魔させて頂きました」
「そうでしたか……数ある店から私の店を選んで頂き、とても光栄です。……それで、どの様なお酒をお求めですか?」
「酒好きで、特に強いお酒が好みの人にぴったりの物を探しているんですが。お恥ずかしい話し、自分はお酒に詳しくなく、どんな物があるか分かっていないんです」
「…かしこまりました。……ではまず、私の店でお出ししている種類をお伝えします。種類3つ、エール・ワイン・シードルなのですが、生産地で味が全く変わる為、私が美味いと感じた物を仕入れております」
エールとワインとシードルか………わかんね!!
ワインは分かるけど、エールとシードルって何!?
ビールやス〇ゼロとかなら物は分かるけど、ビールはコンビニだろうと、スーパーだろうとどこいっても目に入るし、ス〇ゼロは安くて美味いって事で人気だったし。
でも、エールとシードルはどっちも原料すら予想つかんのだが………どーするか。
「ワインはどちらの物を扱ってるのかしら」
「アルテニア王国のトルーアで作られる物を扱わせて頂いております。あの地域のブドウは品質も良く、ワインにする際も丁寧に作られておりますので、素晴らしい品です」
「成程、そうですか」
リミーナってば、自国の事を褒められて嬉しそうね。
「私も物を知らなくて聞きたいのですが、扱ってる中で強いお酒はどれになるんですか?」
「この中で言えば……ワインになります。他の2種から比べてもそれは間違いないかと。あとは……いえ、失礼しました、その3種だけですね」
今のはなんだ?
随分と歯切れの悪い言い方だけど、他にも何かあるって感じが凄いするぞ、しかも言い淀むって事は………売り物じゃなくて、何かをして自分で失敗した物とかが有る?
「今、他にも何かある様な物言いをしてましたけど、もし良ければ見せてもらえませんか?」
「………正直、これは私の失敗とも言える物なので、飲めるとは思えないのですが。……少々お待ち下さい」
店主はそう言い残し店の奥へと入っていく。
失敗……失敗か、でもその失敗は成功のもとかもしれない、そもそも地球では、料理や飲み物は失敗や偶然から出来た物が数多くある。
店主が言ってる失敗は、もしかしたらこの世界では全く新しい種類の酒として日の目が当たるかもしれない。
「お待たせ致しました、こちらが先程失敗と申し上げた物になります。元々は白ワインを試行錯誤した結果に捨てられず、複数の樽で出来た物をまとめて寝かせていた物です」
木製のコップに入っている液体は、店内の明るさも相まって正確に見る事が出来ないが、香り自体はハッキリと分かる程に強い香りを発している。
その強さにティナが鼻を押さえて下がってしまう程だ、だがこの香りにどことなく覚えのある者が居た。
ナナセ、アヤカ、ユウカの3人だ。
中でもナナセとアヤカは、既に正体が分かっているのか、互いに見合わせて頷いている。
「すみません。お酒の色を見たいので、魔法で店内を明るくしても良いでしょうか?」
「それは構いませんが……」
「ありがとうございます。ユウカ、お願いね」
「あーい」(
ユウカが
(これは……間違い無いな)
(そうですね、確実にアレですね)
「……とても人が飲める物ではありませんよ。私も実際に一口飲んでみたのですが、余りの強さに飲み切れませんでしたから」
「店主さん」
「何でしょうか?」
「これの値段は幾らになりますか?」
「え!?」
店に入って初めて店主が驚く、自分でもまさかコレが売れるとは欠片も思っていなかったのだろう、目を見開いてナナセを見る。
何をやって、どうしたのかはオレにも分からないけど、これはブランデーだ、この独特の強い香りと琥珀色、オレだけじゃなくアヤカも確認したから間違いない。
「あの、私の話を聞きましたよね? 酒の好きな私でさえ飲み切れなかったんですよ? それを……」
「いえ、大丈夫です。それで値段は?」
「………わかりました。正直売り物と思っていませんでしたから、値段は決めてなかったのですが、そうですね……このワイン瓶に一杯で銀貨1枚でいかがでしょう」
「ちなみに樽であるんですか?」
「はい……こちらの樽と同じ大きさです。大体瓶にすると……300本程度でしょうか」
でっか……って事は、瓶1本だと見た目700ml前後と仮定して、その300だから………1樽210L前後って所か。
「わかりました。1樽下さい、それと買った樽から瓶に4本入れて貰えると助かります」
「たっ! 樽ごとですか!? し…しかし持ち運べないのでは……」
「その点に関しては
「は……はい…確かに。どうぞこちらへ」
後ろをついて店の奥へと進むと、各種酒樽が綺麗に並び揃えられていた、その中で1種類だけ隅の方に寝かせられた樽が5個ある、恐らくあれがブランデーの詰まった樽だろう。
(ねぇカズシ、どうして4本分だけ瓶に入れたの?)
(私も気になった所ですわ、別に樽のままでもいいのではありませんか?)
(あーあれは、今後の駆け引き用……かな)
(駆け引き? 一体なんの?)
(それは見てからのお楽しみってことで)
(……勿体ぶりますわね)
【酒樽】
酒(ブランデー)が満タンに入った樽。
(お兄、念の為全部
(仕事が早くて助かる)
(アヤカも、オレが鞄に入れる振りをしたら頼んだ)
(ええ、任せて)
「瓶に移しますのでお待ち下さい…………はい、どうぞ」
「ありがとうございます。ではこの樽を頂きますね」
ナナセが近付き鞄を開けると、先程瓶にブランデーを入れてた樽が消える。
見た目的にはナナセの持ってる鞄がマジックアイテムだと思うだろう、実際はタイミング良くアヤカが【ストレージ・スペース】に入れただけだが。
「おかげで助かりました」
「い…いえ」
「それでは他にも行きたい場所があるので、これで失礼させて頂きます」
「行きたい場所ですか? 知ってる所であればお教えできますが」
「本当ですか! 実は今日来たばかりで、困ってたんですよ。行きたいのが鍛冶師のブロボッツさんなのですが、ご存じでしょうか?」
「おや、ボッツさんの所に行きたかったのですか? 割りと近くにありますよ。ここに来る途中に幾つか工房があったと思いますが、あの並びにありますので」
どうやらナナセの読みが当たっていたらしい、教えてくれた店主にお礼を言い直ぐに工房の在った場所へと向かう。
その道中ナナセは色々と資金面での事に考えを巡らせる。
オレの手持ちが金貨75枚位、今後の生活の面も考えると金貨10枚は残したいな、そうすると実際に使えるのは65枚、……いや、作製中はここに滞在する訳だし、その間に稼げば手持ちを全部使っても、いやいや万が一何かあれば―――。
「なーんか難しい顔して考えてるね」
「きっと武器に幾らお金を使うか考えてるのよ」
「一点物だと高いからねぇ、しかもガルバドールの鍛治師が作る一品なんて冒険者の憧れ、【
「そうなんですのね、私もそう言った物の方が箔がつくのかしら」
「いや、リミーナさんのそれマジックアイテムじゃん、しかも
「私? そうね……私ならある程度旅の資金に余裕を持たせたいし………金貨50~60枚位かしらね」
「それもとんでもない大金だけどね、切り詰めれば1か月大人1人で金貨1枚ちょっとだし……って、私も今の手持ちで、それ位ポンっと出せるだけ持ってるんだ……本当にカズシ達に拾って貰えて良かった……」
ナナセは一人自分の財布と相談する中、女性陣が和気藹々と少し前の事や、今後の事を話していると、徐々に何かを叩く音が聞こえてくる。
それは最初小さく聞こえる程度の音だったが、アヤカ達がナナセ呼び止める頃には、叩く音等ではなく、誰かの怒声が聞き取れる程近く、つまりは工房が立ち並ぶ職人街にまで来ていた。
「考え込むのはいいですけど、意識の一部はこちらに向けて下さいね」
「本当にすみません」
「それじゃ探し―――」
そこまで言うとユウカの発言を遮る形で、突如大声が響き渡る。
「ゴルァァ! どうだ今回の俺様の一品は!! テメェ程度じゃこれ程のもんは上げられねぇだろ!! グッハハハハ!」
声がする方を見ると、ガタイの良い中年くらいの男が、誰かの工房の前で叫んでいる、内容的には鍛冶師同士の煽り合いだろうか。
全員がそれを見守っていると、中から小柄ながらも、がっしりと筋肉が付いたヒゲもじゃの男が出てくる、どうやら相手はドワーフの男性のようだ。
「……人の店先でデケェ声出してんじゃねぇよ、こっちは別にお前の品何ぞ知ったこっちゃねぇんだよ」
「あ゙ぁ゙ん!! ボッツ! テメェせっかく俺様の最高傑作を拝ませてやるって言ってんだ! ありがたくそのクソみたいな目に焼き付けとけ!!」
「あぁわかったわかった、焼き付けたからとっとと帰れ、仕事の邪魔だ」
1人は出来上がったばかりの剣を自慢気に見せ、その相手に実力を示すが、当の見せられている男は興味も無く、冷ややかな目で剣と相手を見る、実に対照的な図である。
探す間も無く見つかったわ、てか隣人はあんなガミガミ煩い人なの?
正直あの人が自分の工房に帰るまで近付きたくねーんだけど、あの手のガンガン来るタイプすげぇ苦手なんだよ、というかガンガンってよりもガミガミだけどさ。
「見っかったじゃん、お兄」
「ですわね」
「いやちょっと待って、今は近付きたくないんだけど……ねぇ聞いてます? あの、皆さん? ねぇってば、アヤカ? ティナ? ねぇ……ねぇってば」
酒樽 金貨3枚 (ナナセとアヤカで半々)
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