第98話 出発の挨拶

 あれからというもの、受付嬢だった4人はシャルロットの指示の下で忙しく働いている、時には別の職員からも仕事を振られ、それこそ冒険者と話す様な時間が無い程に動いている。


「頑張ってるみたいだな」


「この前指摘されたばかりですもの、流石にやりますわよ」


「あとはこれが続くかだね、あの人達の性格上、楽な道が見付かればそっちに流れそうだけど」


 リミーナもティナも結構辛口の評価だなぁ、気持ちは分かるけど、もう少し優しくしてあげような。

 とりあえず誰かに声を掛けてだな。


「ナナセ様、お待ちしておりました」


 余裕のありそうな職員を探す間もなく横から声を掛けられる、そちらに振り替えると既にシャルロットが待機していた。


「……まだ……誰にも声を掛けてなかったんですが」


「直属の部下がナナセ様が来た事を知らせてくれましたので」


 シャルロットの背後を見ると、元受付嬢の1人がこちらに頭を下げて仕事へと戻って行った。

 どうやら彼女が気付いて直ぐに呼んでくれた様だ。


「執務室へご案内致します。ギルドマスターもそちらでお待ちしておりますから」


 賑わっているギルド内で、冒険者と職員の注目を集めながら、大人しく後ろを付いて行くナナセ、他のメンバーは気にした様子はないが、1人だけそわそわと落ち着きがない者が………ナナセである。


 この変に注目されるのが嫌なんだよなぁ、だから誰かに声を掛けて、サッと案内して貰いたかったんだが、世の中って本当に思った通りに進まないよな。


 メインの業務を行うロビー部分から、そう距離が有る訳ではないので考えている内に到着する。


「ギルドマスター、シャルロットです」


「入ってくれ」


 中に入ると数日前とは違い、机に書類の山を数個乗せて、忙しく仕事をするバグマイヤーが居た。

 本当に自分の仕事とは別に、シャルロットの机仕事も引き受けているのだろう。


「すごく仕事が多いんですね……てっきり私は、書類にサインをしていくだけの仕事とばかり思ってました」


 ソファーに掛ける様シャルロットに促された時、ジロジロ見る訳では無かったが、書類の一部に報告書と書かれた分厚い束もあったので、調査か討伐かもしくは別の何かか。

 書類仕事一つ取っても非常に多くの内容があるのだろう。


「実際そういう時もありますよ、まぁこの時期は魔物が活発になりますからね、仕方のない事です。そのかわり、依頼で利益はガッツリ上がりますから、コレのように」


 そう言って程々の大きさの袋が机に置かれる、ジャラジャラと音がするあたり報酬なのは間違いないだろう。


 これだけあれば武器を作るには十分な額にはなる……と思いたい、【鉄の衛兵アイアンガード】のルイスとジュリオールの話じゃ、短剣1本で金貨数枚って話だ。

 今回の報酬を皆で分けたとしても、オレの手持ちは金貨60~70くらいにはなる、作った後も十分行動出来るだけの余力は残る。

 仮にそうじゃなかったとしたら、それは要相談だな。


「そしてこちらがお話しされていました毛皮と魔石になります。毛皮に関しては上から良い物を選ばせて頂きましたので、ご確認下さい」


 各々綺麗に畳まれた毛皮を手に取る、その瞬間に驚きの声が上がる、現王女でもあるリミーナですらその例外ではない。


「これは……思ってた以上に別物ですね」

「うん! てっきり涼しいくらいって思ってたけど、これ凄いよ!」

「寧ろ冷たいまであると思う、暑い場所なら絶対ほしいってなる!」

「実物に触れたのは初めてですが、まさかこれ程とは思いませんでしたわ」


 そうか、オレは【状態異常完全無効化】でそこまで感じないけど、皆からすれば冷たいまで感じるのか、中々に問題になりそうな物だな。

 確かにこのスキルは便利ではあるが、考え方を間違えると仲間に迷惑が掛かる、特に今回見たいな体感系の事であれば尚更、気を付けない危ないな。


「あと袋の中には金貨が140枚、討伐報酬と毛皮の買取代金ですね。解体費用に関してはこちらで出させてもらいました、せめてこれ位はさせて下さい」


「内訳として討伐報酬が1匹金貨3枚、16匹なので金貨48枚。次に毛皮の買取が最上物14匹が金貨6枚の買取で金貨84枚、残りの2匹は毛皮に損傷があった為1匹金貨4枚となり、全て合わせて金貨140枚となっております」


「了解です」


 2人が誤魔化すなんて事はしないだろうからそのまま仕舞いたいけど、多分確認してくれって言われるよな。


 言われた通りに金貨の枚数を数えるが、当然間違いなどあるはずもなく、きっちり金貨が140枚そろっていた。


「確かにあります」


「ありがとうございます。それで、皆さんはこれからどうされるんですか? 私達の希望としては、このまま活動の拠点として頂けると助かるんですが……」


 おっ! 初めての勧誘だな、だけど今は拠点云々は全く考えてないからな、どう考えてもオレ達の行動目的に対して合ってないからな。

 仮にの話、ここを拠点としてしまえば、全てがここを中心に動かざるを得ないから、世界を周ろうにもかなり限定的な部分しか行けなくなる、近くに転移組オレ達の目的の物や場所があるってなら別だけど、そうでも無さそうだしな。


「お誘いは嬉しいですけど、すみませんがお断りさせて頂きます」


「やはり、先日の事が原因でしょうか?」


「安心して下さい、一切関係ありませんから。ただこれに関しては、私達には私達の目的があって動いてますので、その期待に応えられないだけなんです」


「そういえば別の街から依頼を受けずに移動して来たという話でしたな」


「元々はオレとアヤカの武器調達の為、そしてその後はクラース・ミッドの情報を追って、ですね」


「クラース・ミッド?」


「研究者ですよね? どんな研究をしていたかまでは存じませんが」


 凄いなシャルロットさん、殆ど資料が無い研究者なのに名前を知ってるなんて、やっぱりこの人めちゃくちゃ仕事が出来る人だ。

 バグマイヤーさんも何か情報が無いか期待したけど、やっぱり知らないみたいだな、元々超が付くほど人と会わないって研究者だし、仕方ないか。


「異界や異空間の第一人者って話らしいよ、私達……というか、私と姉さんとお兄は、それを探す為に2カ月チョイ前に冒険者になったから」


「2カ月前!?」

「そっ、それって本当なの!?」


(マジかぁ、って事は私と会う少し前に冒険者になったばっかだよね、すげぇ)

(2カ月でAAランクの冒険者に駆け上がったんですの!? 本当に色々と規格外だらけの方達ですわね!)


 ユウカの奴め……言わなくていい部分まで喋りおって……2人共、特にシャルロットさんが若干素が出るくらい驚いてるだろうに。

 どうやって誤魔化すかね、変に慌てると突かれそうだし………そうですけど、どう

 かしたんですか? 的にサラっと流すしかないな。

 そして後で説教だ。


「今ユウカが言った通りで、各地を移動して足跡を追ってる以上、拠点を構えられないんです」


「いや、今……2カ月前に…冒険者って」


「そうですけど、どうかしましたか?」(すまし顔)


「あぁ…や、そ、そういう事情なら仕方ないよな、うん、仕方ない」


 あっっっっぶねぇ! 完全に2カ月前ってワード引き摺ってるじゃねぇか!

 オレも人の事は言えんけども、こんな危ないPONはしねぇぞ! 多分だけど……、でもこれでバグマイヤーさんは引き下がったから大丈夫だろう。


「それでは私達はこれで失礼しますね。これから移動の準備もしないとですから」


「え…あっ! はい! この度は高難度の依頼を達成して頂き、本当にありがとうございました!」

「またこの街に寄る事があったら、よろしく頼みます」


「ええ、了解しました」


 さて、ギルドにはこれで挨拶も済んだし、後は。


「おや、ナナセさんじゃないですか」


「ギアードさん、丁度良かった」


「ん? 丁度良かったって事は、何か私にご用でしたか?」


「いえ、街を出る前に挨拶をしようと思って」


 この一言に【鉄の衛兵アイアンガード】のメンバーが全員驚く、出会ってまだ日が浅いとはいえ、命の恩人がもう街から出てしまうという事が相当にショックなのだろう。

 ギアードとファルミナは言葉を失い。

 ミーシャは目に涙を浮かべ。

 ルイスとジュリオールは………ナナセを誘ってギアードに酒が集れなくなると、別な方向性でショックを受けていた。


 オレをダシにするなよ……。


「いきなりの報告になってしまい、すみません」


「いえ、冒険者が拠点を持たないと言う事は、何か目的があっての事だと思います。別れは残念ですが、頑張って下さい」


「ありがとうございます」


 流石リーダーで年長者のギアードさん、何となくこっちの事を察していたみたいだ。


「あなた達も体には気を付けるさね。冒険者なんて、何時、何処で、どうなるかなんてわかりゃしないさね」

「またどこかで会いましょうね!」


「はい、ありがとうございます」

「またねー!」

「また必ず会えますよ!」

「皆さんの成功をお祈りしておりますわ」


「じゃ、失礼します」


 ナナセはギアードと固く握手をしてから、ギルドを出て広場の方へと向かって行く。

 その後ろ姿を見つめるギアード達【鉄の衛兵アイアンガード】の面々は、どこか寂し気な様子は拭えない。


「……本当に、良い人達だったな」


「ええ、眩しいくらいさね」


「うぅぅ……」


「「タダ酒がぁぁ!」」


 ―――


「ねぇカズシ、広場の方に向かってるけど、ガルバドールに向かうなら東門じゃないの?」


「それなんだけど、たまには楽をしようと思って、馬車で移動をとおもってさ。後は雑貨屋で風呂装備のブラシとかも買いたいし」


「そういえば掃除用のブラシって無かったですね」


「んじゃ、それ買って馬車で移動……ってのはいいけど、ここからガルバドール行きってあるの?」


 ぶっちゃけその辺調べて無いから分かんねぇのよね、ただどこの街にも馬車乗り場はあったし、多分ここにもあるでしょ。

 無かったら………まぁ、ごめんなさいだわな。


「確か、前に各都市の市場調査をした際に、馬車の移動先に付いての項目もあって、その中にガルバドール行きの馬車もありましたわ」


 流石王女様、情報収集は戦いに限らず商売や、その他色々に関わってくる事だからな。

 まぁもしかしたら、各都市が不正をしていないかの調査とかって線も十分にあり得る話だけど。


「なら買物を終わらせて馬車乗り場に急ぐか」


「「「「りょうかい」」」」


 こうしてナナセ達はグランシールでのひと騒動を終えて新たな街、隣国エルハルトにある鍛冶師の街、ガルバドールへと移動する。

 自分達の命を預ける新たな相棒を求めて。

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