第96話 話し合い

 宿まで会いに来た2人を、泊っている部屋へと向かうナナセだったが、案内される側の2人は、非常に緊張した面持ちで歩いていた。

 何せ既に達成した高ランクの依頼を、直前になって破棄させるという大事故が起き、その原因となったのが冒険者ギルド側という、普通のギルドであれば有り得ない前代未聞の大不祥事。

 事が事だけに依頼云々よりも、どう謝罪をし、それを受け取って貰えるかに2人の心血は注がれる。


(彼女達の罰則を含めた謝罪を複数考えては来ましたが、あくまでそれは私の中で想定された形なだけ、ナナセ様達の反応によっては随時変えなくてはならない。僅かな変化も見逃さない様に、全感覚を研ぎ澄まさなければ……)


(ウチの受付嬢が仕出かした事とはいえ、彼女らにも生活がある。何とかクビにせんで済むような形が望ましいのだが、最悪の場合は………全ては彼等次第、まずは何とか謝罪を受け取って貰える様に努めねば)


「ここがオレ達の部屋です」


 部屋のドアを開け、そのまま刺繍や細工が施された、如何にも豪華という雰囲気を纏ったソファーへと腰掛けるナナセ。

 だが2人はそこに座ろうとせず、寧ろソファーの後ろで、直立不動のまま動こうとはしなかった。


「立ってする話しでもないでしょう、遠慮せずに座って下さい」


「失礼致します」

「し…失礼します」


(こんな豪華な宿に数日滞在、それに加えて、違約金を簡単に支払える財力……とても金額の上乗せで許して頂ける方ではありませんね。一番初めに話しをした者曰く、ナナセ様は非常に礼節のある方と言ってましたから、金銭で許しを請うのは悪手かもしれませんね)


(恐ろしく冷静だ。多少時間が経ったとはいえ、あれだけの事をされてこの振る舞い、見た目20歳になるかどうかで既にこの風格と強さ……一体どんな環境で生活をすれば身に付くんだ)


 両者はそう考えると同時に、こんな怪物を相手に今から謝罪をして、しかも受け取って貰わなければならないという事実を改めて突き付けられ、背中に冷たいものが流れるのがわかった。


「私はお茶を入れて来ますね」


「すまないアヤカ、頼むよ」


 バグマイヤーとシャルロットのテーブルを挟んで向かいに、ユウカ、ティナ、リミーナが大型のソファーに掛け、ナナセはその間にある一人掛けのソファーに掛けている。


 2人共顔にこそ出して無いけど、相当に緊張してる見たいだな………まぁ気持ちは分からないでもないけど、実際ギルマスに至っては一瞬つっかえてたし。

 さて、どう出るかお手並み拝見と行こうかな。


「大体の見当は付いてますが一応お聞きします。宿まで訪ねて来られて、一体どの様なご用でしょうか?」


  (当然そうなりますよね。あんな不始末をしておいて、歓迎されるはずがありませんから………私の感じ取った彼の性格を信じて、誠心誠意謝る以外にありませんね)


「この度の受付嬢が行った非礼の件は、全て私の指導不足によるものです、大変申し訳ございませんでした!」


「私も机仕事に勤しむばかりで、現場の指導を疎かにしてしまった。本当にすまない」


 やっぱりあんな事をしても、部下である以上は、自分の監督不行き届きとして守るか。

 本当に仕事が出来る人達だ……と、普通は思う所だけど、それは違うよな、これじゃ絶対にあの4人の為にならない、下手をすると更に増長する可能性だってある。


「2人共、嘘は良くないかと……あの時の会話で2人が何度も注意をしているのが分かります」


「で…ですが、注意をしていても、それが伝わっていなければ意味がありません。つまりは私の指導不足が原因という事です!」


「そもそもの原因は俺だ、シャルロットが余りにも仕事が出来るので、それに甘えて任せきりにしてしまった。最初の時点で俺がギルドマスターとして、厳しい態度を取っていれば防げた事だ」


 それは確かにある、その時がどんな環境だったか分からないが、多分最初のクレームを注意程度で済ませたか、場合によっては何もしてないか、それであの4人に軽く見られたんだろう。

 後はそのままズルズルと行って、言うに言えない様な状態、ってところだろうか。


「いやー私はそうは思わないけどなー、だってあの人達、人のこと舐めきってるでしょ。持ち上げられていい気になって、完全に周りを自分より下と思ってる。自分達は神様にでもなったと勘違いしてるんだよ」


 突然のユウカ口撃が2人に突き刺さる、しかも正確に急所へ深々と。


「そ…れは……」


「だから上の人から何度言われても聞く気がないし、給料が減ったところで、周りの冒険者が先を争ってご馳走したりとか、色々やってるんじゃない?」


「……仰る通りです」


 実際今日の聞き取り調査だけで、他の職員は休暇中に、彼女らが冒険者と親しく歩いている姿を目撃したり、冒険者からはそれ以上の話も確認しており、まさにユウカの言った通りであった。


「冒険者は受付嬢と近付ける、受付嬢は食事が出来て更に人気を得る。まぁそんなのに乗る冒険者も悪いけどさ、罰が罰になってないから調子に乗りまくるんだよ、誰が見ても後悔する位、痛い目を見ないと治らないよ、アレ」


「言い方はあれですが、正直私もユウカと同じ意見です。再三に渡り注意や罰則まで受けて改善されないのであれば、より厳しい罰則を与えるしかありません」


 アヤカがお茶の入ったカップをそれぞれの前に置きながら話していく。


「例えばこのお茶、お湯に茶葉を入れる事で透明な液体から、色の付いた液体へと簡単に染まりますよね?」


「はい」

「ああ」


「ではお二人聞きます。この色の付いた液体を完全に元の液体に戻せますか?」


「この状態から透明にするのか? 出来なくはないが」

「非常に手間がかかるかと……」


「もう一度言います。完全に元の液体に戻すんですよ? 味も、香りも、量も」


 成程、アヤカらしい例え方だな、答えはまぁ……無理だな。

 蒸留しようが、遠心分離機を使おうが、限りなく近い状態には出来るだろうけど、アヤカが指す完全って状態には戻せない、僅かに味・香り・量のどこかが変化するだろう。


「それは……無理だ」

「そうですね、どうやっても何かが変わってしまいます」


「この色や味が濃くなる程それは難しくなり、それは彼女達も同じです。本人達では既に止まれません、厳しく映るかもしれませんが、誰かが強く止めてあげないと取り返しのつかない事にもなりますよ」


「確かにな。今2人が行おうとしてる事はただ甘いだけ、優しいと甘いは全くの別物ですよ。時に厳しく、自分がした事の責任を取らせるのも優しさだと、オレは思いますけどね」


 まさか自分の半分も生きていない者に指摘され、バグマイヤーは何も返せず黙ってしまう、しかしこれは、後にバグマイヤー自身が自分を見つめ直すきっかけの一つになった。

 そして、それはシャルロットも同様だった、自分の優しさと思っていた部分を、他人から甘いと言われるとは、思ってもいなかった。

 だが現実として4人は増長し、結果大きな問題を起こした、この事は紛れもない事実として理解し、改めなければと考えるのだった。


「それと今更ですけど、オレは別に2人やギルドに悪い印象は持ってないですよ」


「あんな無礼極まりない職員を指導出来ない私が……ですか?」

「俺も同じだ、他人任せだったのに、何故」


「それはそれ、これはこれ。多少方向性は間違えましたけど、どんな時でも、身を挺して部下を守ろうとする善人とすら見てます」


「「…………」」


 あら? オレなんかマズイ事いったか?

 あの事で別段2人に対して、不信感も何も無いって伝えたつもりだったんだが………。


「ナナセ殿、本来であれば今この場で、あの4人に対しての決定を伝えるつもりだったのだが、申し訳ない。明日まで待って頂けないだろうか」


 ん?


「必ず皆様にもご納得頂ける決定をお伝えしますので、どうか」


「今日伝えるつもりだったその決定って、一体どんなものだったんですか?」


 ティナの言う通りそこは気になる、単純に好奇心的な意味合いで。


「元々ご用意してきた決定は……正直にお話ししますと、複数ありました。一つ目は買取額の増額、2つ目は討伐数が多かった為、特別報奨金の支給、3つ目は4人を受付嬢として解任し、一切人前には出ない裏方へ回すという物でした」


「そうでしたか、1と2を出さなくて良かったですわね。もし言っていれば間違いなく怒っていましたわ、少なくとも私は」


 不祥事を金で解決ってのは、オレもお断りだな、多分言われた瞬間追い出してたかもしれない。

 恐らくウチのメンバーなら全員似た様な反応になるかもな、特にユウカ辺りは「金で釣ろうとすんなー!」って怒りそうだ。


「了解しました。では明日の昼にでもギルドに行きますから、そこで決定を教えて下さい」


「はい、本日はこのような時間にお伺いして、大変申し訳ございませんでした」


 そう言って2人は部屋を出て行くのだが、その後ろ姿は、ここに来た時の焦りと緊張が入り混じった物ではなく、何かを決意した様な真っ直ぐな姿だった。

 恐らく今日の話し合いの中で、自分に欠けていた何かに触れたのかもしれない


「変わりますかね?」


「少なくともさっき上げた物よりかは、良い答えになるんじゃないかな」


「返答によっては、和解としてアレを卸しますの?」


「私はそれでいいと思いますよ」

「一番嫌味を言われた、カズシが良いって言うなら」

「まぁあの人達が私を納得させられるなら……ってそうだ! あれからステータスみてないじゃん! 姉さんもお兄もレベルあがってるの?」


「そういや全く気にしてなかったな、見てみるか」


【名前】 カズシ ナナセ

【レベル】 28

【生命力】2301 【魔法力】668 【力】1406 【魔力】510

【俊敏性】1402 【体力】1029 【魔法抵抗力】741 

【物理攻撃力】1406+350 【魔法攻撃力】510 

【防御】515+50 【魔法防御】371 

【スキル・魔法】

 剣術【達人】 徒手空拳【達人】 状態異常完全無効化【ユニーク】

 闘気Ⅱ【ユニーク】 風刃Ⅰ 威圧 真実強制


 2だけ上がってるな、元々の数値が高かったから、ほぼ誤差みたいな物だな。


「ちょっとしか上がってないね」


「そりゃAランクの魔物って言っても、数匹しか倒して無いしな」


「姉さんは?」


「はいはい」


【名前】 アヤカ ユキシロ

【レベル】 24

【生命力】980 【魔法力】724 【力】802 【魔力】673 

【俊敏性】687 【体力】454 【魔法抵抗力】570 

【物理攻撃力】802+180 【魔法攻撃力】673 

【防御】227+270 【魔法防御】285 

【スキル・魔法】

 ・護身術 ・初級/下級/中級魔法(水)(風) 

 ・ストレージ・スペース【ユニーク】 ・魔力干渉Ⅰ【ユニーク】


「4も上がってるね、生命力と物理攻撃力があと少しで1000に届きそう」


「それであなたはどうなの?」


「どうぞごらんあれー」


【名前】 ユウカ ユキシロ

【レベル】 24

【生命力】675 【魔法力】1115 【力】281 【魔力】987 

【俊敏性】364 【体力】378 【魔法抵抗力】864 

【物理攻撃力】281 【魔法攻撃力】987+100 

【防御】189+120 【魔法防御】432+100 

【スキル・魔法】

 ・護身術 ・初級/下級/中級/上級魔法(火)(雷) ・初級/下級/中級魔法(治癒)

 ・マジックキャンセラー【ユニーク】 ・鑑識眼Ⅱ【ユニーク】


「おしい、魔力が1000いかなかったか。ってか私は俊敏性と体力が全然伸びないなぁ」


「待って下さいな。ユウカさんのステータスは、他のソーサレスからすれば非常に伸びてる方ですわよ!?」


「そうなの?」


「まず魔法専門の人の特徴として力、俊敏性、体力は、殆ど伸びないって聞くね。ほぼ初期値の人も珍しくないくらい」


「更に言いますと、生命力もユウカさん程伸びませんわよ。というよりも、3人の上昇率が異常過ぎるんですわ! 全能力がどんどん伸びて行く方なんて、初めて見ましたもの!」


 それに関しては、仲間として伝えるべきなんだろうけど、場合によっては2人を危険に晒す可能性があるからなぁ。

 どこかタイミングを見てとは思うんだけども。


「伸びて困る物でも無いし、その辺はどうでもいいとして。この後はどうしよっか、もう外も暗くなってるし」


「各々自由に過ごすで良いんじゃないか? 狩りから戻って来たばっかだし、風呂に入って汗を流すなり、疲れを取るのに早めに休んだりさ。外に出る時は一声掛けてくれればいいし」


「なら私はお風呂に入らせて頂きますわ」

「あっ、私も一緒にいいですか?」

「尻尾を触らせて頂けるのなら、大歓迎ですわ」

「いいけど、付け根とかは強く触れないで欲しいかな」


 しかし、リミーナにステータスの異常さを指摘してきたけど、ユウカが素で上手く流してくれたから助かった。

 やっぱ見れば異常だって感じる人も中には居るか………今後の事も考えて、誰もが納得する言い訳を考えるべきだな。

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