第95話 捜索協力

 ハルが戻ってから、広場で買った屋台物や、アヤカが用意したスープを並べて食事を取る事に、テーブルの上にところ狭しと並べられていく様子を見たハルは、その料理の山に少々興奮気味になる。


「すごーい! おかーさんすごいよ! たべものがいっぱい!!」


「ハル、余り騒いだらダメですよ。落ち着きのない子ですみません」


「そんな事はありませんわ、寧ろとても元気があっていいと思いますわよ」

「そうだね。このくらいの年齢なら、元気が有り余ってる位が、丁度いいと思います」

「凄かろう凄かろう。この料理の半分は、私が買って来た物なのだよ。お腹いっぱい食べるといい!」


 いやいや腕組みしてドヤんないの。

 ただ単に、ギルドの受付嬢の嫌がらせで溜まったストレスを、食う事で発散しようとしただけでしょうが。

 寧ろ暴飲暴食で、カロリーが脂肪になる前にストップ掛けて貰えて、良かったと思うが?


「なにを偉そうな事言ってるのよ。あなたはイライラして、買い食いしようとしただけでしょう。シノノメさん、野菜と鶏肉のスープもありますから」


(オレの考えと同じ事言われテーラ)


「ありがとうございます。鶏出汁の良い香りがしますね」


「胃に負担をかけない様に、モモ肉の出汁を味の基本にして、柔らかい味の調味料で味付けしてますから、少し物足りなさを感じるかもしれませんが。とうぞ」


「いただきます」


 木製のスプーンでスープをすくい、一口含むと、よく煮込まれたオニオール玉葱キュロ人参セレーリャセロリといった香味野菜から出た出汁と、小さく切られた鶏モモ肉の出汁が、調味料によって調えられて合わさり、それは口当たりが優しく、そして味わい深いスープとして完成していた。


「とても美味しい……こんなに美味しいスープは初めてです。野菜も小さくさいの目に切られて食べやすい」


「小さくさいの目に切る事で、火の通りも良くなって出汁も取りやすいし、何より時短になりますからね」


「ぼくもそれたべたい!」


「今器に入れてあげるから、待っててね」


 沢山の料理を前に興奮したのかはしゃぐハル、色々な料理を少しづつ取り分けて食べて行く姿は、仕事をしていた時とは違い、年相応の子供の姿であった。

 その後は広場の事もあったのか、お腹いっぱいに食べ終わるとウトウトして、そのまま眠ってしまったので、シノノメの横に寝かせる事に。


「隣に寝かせますね」


「何から何まで、本当にありがとうございます。それと、これを」


 シノノメが差し出して来たその手には、複数枚の地図と、使い古されたメモ帳が握られていた。

 ナナセはそれを受け取り、メモ帳を数ページ中を開いてみると、都市の名前とその特色等が記されていた。


「もしかしてこれは、シノノメさんの冒険記録ですか?」


「はい。私がまだ夫と共に冒険していた頃の地図と、立ち寄った国と都市の特徴を記した物です」


 入国前の前段階から、都市の位置やその特徴が分かるのは助かる!

 この世界、電話やインターネットなんかの通信関係が一切無いから、情報は到着してからか、人伝で集めるしかない上、時間がかかるし限界もある、だから信憑性の高い冒険者の生の情報はこの上なくありがたい。


「もう10年近く前の物ですから、都市や王都の位置程度にしか、役立たないかもしれませんが」


「いやいや、そんな事無いですよ、助かります」


「あと、旦那さんのお名前を聞いてもいいですか? 私達も旅先で尋ねてみますから」


「よろしくお願いします。夫はタクマ シノノメで、特徴は右耳が少し欠けて重装鎧を装備した、パーティー【灰の猟犬】で盾をしていると思います。あと夫は出る際に、エルハルトの南、レーザックまで護衛依頼で行くと言ってました」


 特徴があるなら見ただけでも分かりやすいな、後は実際に向かいながら各冒険者ギルドで、パーティーの聞き込みか。

 一体どこまで行って消息が掴めなくなったのか、それとも到着した後、そのまま割のいい依頼を見つけて行動中なのか、いや………ここで考えても埒が明かないな。


「エルハルトのレーザックですね、任せて下さい。シノノメさんは体を治すのに専念して下さい」


「本当に……ありがとうございます!」


 こうしてナナセ達はハルの父親の名前と詳細を聞いた後、後片付けをしてから宿へと戻る、その道中にナナセはとある考えが浮かぶ。


 もしタクマさんが他国の人間、それも貴族やそれに準ずるの存在に捕まっていた時、高確率でそいつらと衝突する事になる、その時リミーナが居る、もしくは戦う事でリミーナ自身とアルテニア自体に不利益、もっと言えば、戦争の火種になったりするんじゃないか?


 ナナセの頭には、地球に居た頃の考え方と、この世界での考え方の2つがあり、徐々にこの世界の事を理解していってるが、他国と他国の重鎮や貴族同士がぶつかった場合、どうなるかが分からなかった。

 実際に今のナナセの頭にあるのは地球に居た頃の考えであり、現実にそうなる可能性があるのであれば、リミーナの事は隠した方がいいのではという考えが浮かぶ。


「―――い、お兄ってば!」


「おわっ!? どうした?」


「どうしたじゃないよ、寧ろ逆! また何か難しそうな顔してたから、どうしたかと思ってさ」


「いやー別にそんな事は………あるな。隠しても解決出来る訳じゃないし、ここは直で聞いた方が早いか」


「??」


「なぁ、リミーナ」


「なんですの?」


「タクマさん捜索の途中で、他国の貴族やそれ以上の存在と争いになった時、リミーナクラレットとしての君や、アルテニアに何か影響は出るか?」


 この問いにリミーナは即座に、なるほどといった顔で反応をする。

 どうやらナナセが何に対して考えを巡らせていたのかを理解したようだ。


「はっきりと申し上げますと、勿論ありますわ。但しその理由如何によっては別」


「その理由とは?」


「相手が法に触れる、もしくは、それを誰かに強要している事。当然証明するには明確な証拠が必要になりますわよ、それも相手に反論の余地を与えない程、決定的な物が」


「証拠か……具体的にどんな物が重要視されるか分かる?」


「まずは書面ですわね、サインが有る物でも証拠能力はありますが、出来れば印が押された物であれば、より確実ですわね」


「サインじゃ証拠としては弱いのか?」


「そんな事はありませんわ、ただ相手が複製だと反論してくる可能性が高く、その点、印であれば物自体や、過去の書面と照らし合わせて確認がとれますから」


「印も複製されるんじゃないか?」


「それは絶対にありえませんわ。そもそも印自体が貴族のお抱え技師が技巧を凝らし、持てる技の全てを込めて作り上げる逸品物ですから、その人以外には作れませんもの」


「その作れないって盲点を突かれたりは」


「仮に複製をしたと仮定しますと、どの国も共通で、偽物を作った者、利用した者、そして関わった者全員が死罪ですわ」


「死罪!?」

(印の複製はそれだけ重罪って事なのか!)


「そうですわ。これは偽物と判明した時点で決定され、裁判は一切されません、それ程印の複製は重いのですわ」


「印を持つ事のない私には馴染みが無いけど、印って貴族の証明みたいな物だから、どの国でも例外なく極刑なんだよね」


「マジか……」


 裁判無しの確定死罪、確かにそこまでされたら誰も複製なんて考えないよな、ましてや手作業での加工となれば、作った本人ですら全く同じには作れないだろう。

 日本だと機械加工が進んでいるから、限りなく同一の物が作れるが、それが無いこの世界ならではの重さだな。


「その次に証人ですが、正直これは難しいですわね」


「証人が難しい? なんでまたそんな事が」


「考えてみてよ、裁判が終わった後、貴族に楯突いた証人はどうなると思う?」


「………消されるって事か」


「そ、相手の関係者に人知れず。だから、貴族相手の法廷に証人が立つという事はほぼないの」


「ほぼ?」


「その証人が相手よりも上の貴族であり、尚且つ繋がりが無ければ、ですわ」


 なるほど、流石に自分よりも格上には手が出せないか。

 だが証人が効くのであればアレが使えるな、場合によってはまた頼る事になるかもしれないな。


「勿論全ての貴族がそうという訳ではありません! 一部の貴族達だけがその様な蛮行をするだけですわ!」


「あぁ、わかってる」


 その言葉にほっとした様子で到着した宿へと入るリミーナ、ナナセ達も続いて中へ入ると、こちらに気付いた宿の職員が小走りで近付いて来る。

 高級宿では明らかに不自然となる動きにナナセ達も身構えると、その職員が小さな声で伝えて来る。


「ナナセ様、数時間前からギルドマスターのバグマイヤー様と、シャルロット様がお待ちになられておりますが、如何いたしましょうか」


 奥に目をやると、確かに2人の姿がある、向こうもこちらに気付き頭を下げる、どうやらナナセが思っている以上に、あの依頼は切羽詰まった状態なのだろう。

 そうでなければAAランクの冒険者が相手とはいえ、ギルドマスターが来る事は無いだろう。


「わかりました。2人はこちらで話をします」


「かしこまりました」


 そう言い頭を下げる職員、大よその用件を理解しているナナセは、どんな答えを持って来たのかを聞く為、2人の方へと移動していくのだった。

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