第94話 同郷

 大通りから入って10数分程歩いた所にある、路地裏の一角に少年の住む家はあった。

 表面の壁は薄茶色の漆喰か何かで平にならされ、石造りなのかレンガ造りなのかは分からないが、2階建てのしっかりとした長屋作りの家で、何戸かは表に洗濯物が干されている。


「おにーちゃんここだよ! ここがぼくのいえだよ!」


「おぉ、立派な家だな」


「うん! ちょっとまっててね、おかーさんただいまー!」


「おかえりなさい、ハル。今日も大丈夫だった?」


「…うん! それにこれみて! きんかとこんなにいっぱいごはんもらったんだよ!」


 そういってハルと呼ばれた少年は、ナナセに買ってもらった包みと、金貨の入った小袋を母親に見せるのだが、興奮気味のハルとは裏腹に、それを見た母親の声は震える。


「ねぇハル、ご飯もそうなんだけど、金貨は誰から貰ったの? とても靴磨きじゃ稼げない額よ?」


「しょーかいするね! おにーちゃんたち、はいっていいよー!」


「お兄ちゃん?」


 母親がその言葉に疑問を持ってる内に、ナナセは入口を開けて中へ入るが、当然見知らぬ第三者の登場に母親の警戒心は一気に高まる、しかし直ぐにそれを目の奥に隠した。


「失礼します。ナナセと言います」


「息子に食事を買い与えて頂き、ありがとうございます」


 年齢的に30前後くらいだと思うけど、顔色が良くないな、それに完全に警戒されてるし、いや、当たり前っちゃ当たり前な話なんだけど。

 自分の子供が見ず知らずの大人を連れてくれば、親なら、しかも現状母親しか居ないとなれば警戒しない訳ないか。


「ぼく、どーぐをかたづけてくるからまっててねー!」


「あっ、ハル!」


「壊れてる道具もあったし、私ちょっと手伝ってくる」


「ん? あー、わかった」


 そういってユウカとティナ、リミーナが後を追っていく。


「「………」」


 沈黙が重い……服のロゴが気になって来たはいいけど、どう話を切り出すかな、その辺一切考えてなかったし。

 というか即座に少年と、空気を読まない代表ムードメーカーのユウカまで戦線離脱するとか予想してなかった。


「……あの」


「あ、はい」


「一体あの子と私どもに何のご用でしょうか? 見ての通りウチは私と息子の2人だけ、到底お金になる様な物はありません」


「いえ、そういう事じゃなく。そう……ですね、順を追って説明をします」


 そこでナナセはこれまでの経緯。

 自分が少年の客で、対価として金貨を与えたこと。

 冒険者ギルドの帰りに少年が絡まれていたこと。

 そして、その事から助け出したことを説明する。


「知らなかったとは言え、息子の恩人に対して失礼な態度を! 本当にすみません!」


 ベッドから降りて土下座をしようとするハルの母親に、手のアクションで待ったを掛けるナナセ。


「いえ、気にしないで下さい。それよりもお聞きしたい事があったんですが、

 えっと……」


「シノノメです。アサ・シノノメ」


「シノノメさんですね、わかりました……単刀直入にお聞きします。あなたは元々この世界の人間では無いですね?」


「ッ!!」


(今一瞬だけ肩が震えましたね)

(あぁ、名前もシノノメ東雲とこっちの世界では聞き馴染みの無い物だし、服のロゴと合わせて十中八九……ってより100パー間違いない)


「何を言っているのか……私は生まれも育ちもこの街ですよ」


「気になったのはあの子が着ていた服のロゴです。あれは日本でも有名なスポーツメーカーのヤツですよね?」


「何故そこまで知って!?」


「と、まぁ、こっちがシノノメさんの事ばかり詮索するのは不公平ですね。なので、ここからはこちらの事を、自分はカズシ・ナナセ」


「私はアヤカ・ユキシロと言います。この名前で、私達が何者かお分かりになりますよね?」


 2人の名前を聞いた時、再度肩を震わせてゆっくりと顔を上げる、そこには涙を浮かべた、アサ・シノノメ姿があった。

 それは勿論驚きもあったのだろうが、それ以上に、遠い異世界の地に降り立った自分には、もう二度と会う事が出来ないと諦めていた、諦めるしかなかった、同郷者との再会からくる懐かしさの涙だった。


「ほ…本当に……本当に2人は………」


「地球の日本生まれ、日本育ちの日本人です」


「私も同じです。そして先程、お子さんの手伝いを買って出たのは、私の妹のユウカ・ユキシロです」


「あ……あぁ………うぅぅ……」


 それから僅かな間だけ、アサ・シノノメは涙を流し続けた。


 ―――


「ぐすっ………すみません。少し…取り乱してしまって…」


「気にしていませんから、大丈夫ですよ。きっと、それだけ大変な毎日だったんだと、私達も分かりますから」


「はい……夫と2人、こちらの世界に飛ばされてお金も無く、右も左も分からずに毎日を必死に生きて、冒険者として稼いだお金でやっと数年前にこの家に落ちつけたんです」


 旦那さんも地球出身なのか、でも今居ないって事は、どこかのパーティーに入って、冒険者として稼いでるのか?


「旦那さんは今も冒険者を続けていらっしゃるんですか?」


「パーティーの盾として加入したんですが、ここ8カ月程戻って来てないんです。今まではどんなに遅くても、月に1度位は戻って来てたんですけど」


「国を跨ぐ様な、長期の護衛依頼を受けてるとかじゃないんですか? その場合は行き帰りを含めたら数か月は掛かるかと」


「確かに今は護衛依頼を受けていますが。それは偶々報酬が良かったと言う事で受けただけで、今のパーティーは基本討伐をメインにしてますし。何より、依頼を受けた際は必ず私に話ますから」


 その辺の報連相はしっかりしてるのか、他には、依頼者側の守秘義務で話せないってパターンも考えられるけど、そもそもその手の依頼を、旦那さん達が受けるか微妙だな。

 冒険者である以上、最悪のパターンも出てくるけど、それは口に出来んしな。


「ッ! ……くっ…つぅ!」


 突然シノノメが苦しみだして腹の辺りを押さえて蹲る、額には薄っすらと汗が滲み、明らかに顔色も悪い。


 そういえば靴を磨いてる時に、母親が病気だとも言ってたな。


「お子さん……ハルが病気と言ってましたけど、大分悪い状態なんですか?」


「…うっ……くぅ!」


「………アヤカ、オレのリュックを出してくれ」


「わかったわ………はい!」


 アヤカからリュックを受け取り、最大限に開いて中を引っ掻き回すナナセ。


 確かリュックの中に、キャンプ中に体調不良になった時様の薬箱を入れてたはずだ………あった! 風邪薬、胃薬、整腸剤と一般的な所は揃ってるな。


「だ……大丈夫…です。元々……胃が…弱いん……です」


「胃ですか……そこにストレスが重なってって事ですか?」


「かも……しれません」


 元々胃が弱い所に、旦那さんが長期で戻ってこない不安が重なって悪化した感じだろうか、もしそうなら食べ過ぎ飲み過ぎ系の胃薬じゃなく、ストレスからくる胃薬の方がいいかもしれない。


「アヤカ」


「任せて、すみませんが台所をお借りしますね。食べやすいスープを用意しますから、待ってて下さい」


「だ…大丈夫……ですから………時間が経てば…徐々に……引くので」


「あなたの為だけじゃなく、ハルの為でもあるんです。もしあなたが本当に倒れてしまったら、あの子は一人になるんですよ?」


「そ…れは……」


「オレが何種類か市販薬を持ってるので、それを幾つか置いてきます。保管し易い様に瓶で置いてきますけど、この世界の人には絶対に使わないで下さい、どんな副作用が出るか分からないですから」


「本当に、何から何まですみません」


「それと、両手を受け皿の様にして出して貰えますか?」


 ナナセがそう言って握り拳を見せると、シノノメは不思議そうに首を傾げながらも、両手を出してくる、そして次の瞬間。


「えっ! なん!? 一体これは!?」


 シノノメの両手に落ちてきたのは10枚の金貨であった。

 当然こんなお金を渡された方はパニックになるが、ナナセはそんな事もお構いなしに、落ち着いた声で話す。


「勿論タダで渡す訳じゃないですよ。それで、あなたの知ってる各国の情報や、有用なアイテムを売って欲しい。まぁアイテムには思い出や愛着もあると思うので、売っても良いのだけで構いません」


「でも、こんな大金!」


「大丈夫ですよ、私はAランクの冒険者ですし。カズシさんに至ってはAAランクですから」


 そうアヤカが言い終わると同時に、ナナセは自分のギルドカードを見せると、今日一番の驚きを見せるシノノメ。


「…ゴールドプレートに……AAの文字が………」


 余りに連続して起こる驚きに、今日だけで数年分の驚きを一気に体感したのではないだろうか、証拠を見ても、まだ信じられないといった顔をナナセに向ける。

 そして外の方から走る音が近付いて来て、家のドアが開くと。


「おかーさん、どーぐのせーとんおわったよー! みんなでごはんにしよーよ!」


 元気いっぱいのハルが飛び込んで来る、既にここに来るまでに何があったかを説明しているので、その姿がシノノメ自分を心配させない為と言うのは痛い程伝わっている。

 なのでシノノメも、ハルに心配を掛けまいと、気付かない振りをするのであった。


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