第90話 ロゴマーク

 行きと同じ様に1日野営をして何事も無く……という訳ではないが、途中何度か魔物と鉢合わせになったものの、オレ達を目の前にすると魔物の方が逃げていった為に、何も無かったと言うべきか。

 これはティナの推測だが、鎧や服にフリージングウルフの血の匂いが付いているので、それを大きな負傷をしていると判断して、格上の魔物ではあるが襲ってしまおうと考えていたのではないかとの話。

 流石は弱肉強食が徹底された世界、負傷の度合いによっては自分よりも上の魔物すら襲うか。


 そんな魔物世界の一面を垣間見た一行はグランシールの街へと戻って来る。

 街中に入るまでの間、入口の門でグランシールを拠点として活動している冒険者達から値踏みされるようにジロジロ見られ、こちらを見てひそひそ話す者、下卑た笑いを浮かべてる者、一度見た後は特に気にしない者と多様だ。


 街に来て次の日には依頼で出たからオレ達を知らない冒険者ばっかりだな、冒険者ギルドで会っていれば、フロント主任シャルロットさんが頭を下げた相手って気付いただろうに。

 やっぱパーティー名だけじゃなく、そこに加入してる者の顔と名前が広がらない限りはこの手のやり取りは無くならないか、オレらでこれなら、実際他の若いパーティーはもっと苦労してそうだな。


 そんな一部の者に呆れながらもナナセ達はグランシールの門を通る。


「戻って来たー」

「直ぐにギルドに向かいますか?」

「いつも通りの行動なら宿を取る?」


「そうだな……皆はお腹減ってたりはしない?」


「それなりに歩いて少しは減ってますけど、食べるのでしたら静かな所がいいですわね」


「だねー、冒険者ギルド併設の食堂だと喧嘩だなんだと起きるし」


「さっきみたいにジロジロ見られて、最悪何もしてないのに言い掛かり付けられる可能性もあるからね」


「そうね、あれはどう見てもいい気分では無いわね。ギルドに報告をしてから屋台で買ったり、宿で取ったりでいいと思いますよ」


 話の内容から2人はあの視線に気付いてたようだ。

 実際アヤカはこの世界に来てから散々あの目に晒され、嫌な思いをしている事もあり、あの独特な視線は忘れようが無く。

 ティナはナナセが尻尾や耳を見ていた事を、死角からでも察せる程に感覚が鋭い為、近距離であからさまに視線を向けられて気付かない訳がなかった。


 アヤカもティナも気付いてたか……という事は、王女として周りから見られる立場だった上、一剣士として訓練していたリミーナも、言わないだけで気付いててもおかしくないな。

 ユウカは………どうだろうな、見てた連中程度は気にしないって感じかな、それとも、手を出して来たら叩きのめせばいいって考えてるかもしれんな………時間のある時にでも聞き出しておくか、マジでそうなら危な過ぎる、相手の命がな!


 そんな考えを巡らせながら先日宿泊した宿に部屋を取り、繁華街の広場に出店している露店や屋台を覗きながら街の雰囲気を見て回ると、ある一角がナナセの目にとまる。

 視線の先に居るのは一人の少年、それも5~6歳程の小さな少年が自分の前に椅子と小さな台を置き、他の屋台から出る声にかき消されているが声を出して客を呼び込んでいる。

※3日分の宿代 金貨2枚大銀貨1枚


「あの年齢から働きに出なければならないなんて」


 気が付くと先を歩いていたアヤカ達が戻って来ていた。


「多分親のどちらかが居ないか、理由があって親が働けないかのどちらかじゃないかな、前にああいう子と関わった事が1回だけあるよ」


 ティナに聞くとアルテニアに限らず、どの国にも幼くして働きに出る子は多いのだそうだ、ただ幼過ぎると大人の言ってる事を理解出来ずに失敗が多くなる為、大体は10歳を超えてからでなければ雇って貰えない。

 つまりその歳未満の子が働きに出るという事は、家庭に何らかの事情があるのは間違いないという事らしい。


「ちなみにその子はどうなったの?」


「……ごめんなさい、わからないの。その時の私は冒険者に成り立てで、自分の生活すら満足に出来ない状態だったから、途中で……見なかった事に……」


 話の途中から徐々にトーンが下がっていくところを見ると、未だにその時の事を引きずっているな、でも自分の生活すらままならない状態でそれ以上踏み込んでいたら、多分共倒れの可能性が高い。

 それが分かったから途中で見なかった事にしたんだろうな………これは誰もティナを責められない、もし責めようものなら、それは一緒に死ねと言ってる様なものだ。


「辛い事を聞いてすまない……なぁリミーナ、国はこうした人達には何か保障というか、手助け的な事はしていないのか?」


「もちろん議題に上がっており案も出されておりますわ。各街で専門機関を作り、徴収した税の一部を使い、そういった人達の生活の保障をする様にと。当然それに使用された費用の一部は、国が精査して補填する法令等も組もうと案を出しているのですが………」


「ですか?」


「雇用と保障を両立させようと様々な案が都度出されるのですが、それを良しとしない貴族、特に大貴族からの反撥があり、現状は……足踏みをしている状態なのですわ。」


「正直今更ではあるけど、反撥の理由ってオレ達が聞いても大丈夫?」


「はい、多くの方は「やりたいのなら王家の力だけでやるべきだ」と。更に付け加えるなら、譲歩案で反対派から出された物は、精査を難しくする様な事や、無駄な事を多々組み込まれていたりと、無意味な事ばかり増やされた案なのですわ」


 この問題の解決案について、試算された費用の全てを王家のみで賄うのは、到底無理な話って分かってるはずだろ。

 だから街の税収からも出す様に働きかけてるのに、それすらも反対派は譲歩案と言う名の、国税を吸い取る為の策を出してくるのか。


……言っちゃ悪いが、日本のとある連中と同じだな。


「まぁ、そういった貴族からすれば、「なんで態々自分達の金を使って、平民を食わせなきゃならないんだ」、って言いたいんだろうけど。結果として国力となるのであって、その大本は、住む街の力になるって事に思い至らないのか……」


「お恥ずかしい限りですわ。しかもこの件については年々民衆派、貴族派、王派で、出される案が悪化の一途を辿っており、初案とはかけ離れた物になりつつあると、お父様も嘆いておりましたわ」


 この話が否決される背景には貴族の闇が理由としてあるが、一番の理由はまさに金の問題であり、民の生活を安定させ国を豊かにしたい民衆派、民は如何なる場合であっても貴族の為にあれという貴族派、王命こそが絶対として忠誠を誓う王派、三者三様の思惑がぶつかり、泥沼と化し、国としては非常に難しい問題となっている。


「……成程な、でも、今のオレ達は僅かだけど力になれると思わないか? 少なくともあの子にはさ」


「思わないかって……お兄?」


 そう言うとナナセは一人でその少年のもとへと行き、一言声を掛ける。


「ここは何をしている店かな?」


 怯えさせない様に穏やかな声で話しかけるナナセだったが。


「は! はいっ! こっここは、くつみぎゃき屋さんです!」


 結局怯えられた。


 やっぱ目かなぁ、鋭くならない様に気を付けたつもりだったんだけども……自分の顔ってその時どんな表情をしてるか見えないから難しいな。

 ……って、そうじゃなくてだ。


「そうか、ならオレの靴を磨いてもらってもいいかな?」


「え…あ! はい! それじゃイスにすわって、コレにあしのせてね!」


「これでいい?」


「うん! それじゃみがいていくね! まずはよごれをおとすから!」


 多分動物の尾か何かから作ったと思うブラシにクロスに、光沢を出す為のクリームと専用のブラシか…子供が持つにしては結構揃えてるな、クリームは高い物は買えないだろうから水・蝋・油を使って自分で作ったってところかな。


 ナナセの考えを余所に、少年は拙い手付きながらもブラシでほこりを払い、クロスを使って汚れを落とし、時には手で汗を拭いながらも懸命に靴を磨いていく。


「このお仕事はいつからやってるの?」


「ゆきがなくなって、あったかくなってから!」


「そっか…偉いんだな。両親も助かると、感謝してるんじゃないか?」


「りょーしん?」


「お父さんとお母さんの事だよ」


「おとーさんはどこかにいったままいないよ、おかーさんもいつもボクをみて、ごめんねっていってないてる……」


 言ってた事が当たったな。


「それじゃお母さんとキミとで働いて生活をしているのか」


 素直にナナセはそう思った、そう思っていたからこそ何の気なしにその言葉が出たのだが、次の少年の言葉を聞いて自分が如何に浅慮で、そして如何に恵まれた環境で育ったかを思い知る事になる。


「ちがうよ」


「ん? だってお母さんと」


「おかーさんびょーきでベッドにいるから」


 瞬間ナナセは頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。

 まさか母親が動けない状態で、5~6歳の少年が家の大黒柱として働いて守っている等、露程にも思わなかった。


 オレは馬鹿か! 前にも自分の物差しで他人を測るなって言ったにもかかわらずコレか!! 少し考えれば母親の体調が悪いかもしれない事ぐらい察せただろ!


「そう…だったのか、ゴメンな……辛い事を聞いて」


「んーん! ボクがしたくてやってるからつらくないよ!」


 この言葉が深くナナセの胸を打つ。

 こんな年端も行かぬ少年が、母親の為に自分で仕事を持ち、そしてその事を辛くないと言っている、正直その言葉を聞いた瞬間に、ナナセは自分が如何に浅はかな考えで話していたかを謝りたい程に恥じていた。


「はい! おわりだよ!」


「ピカピカにしてくれてありがとう、お代は幾らかな?」


「大銅貨1枚です!」


「そうか、それじゃお釣りは要らないからコレで」


 そう言って1枚の効果を取り出す。


「え!? こんなおおきなのもらえない!」


 ナナセが財布から取り出したのは金貨だった。

 それを1枚取り出して渡そうとすると、少年が慌てた表情で首を横に振り、同時に受け皿の様に出していた両手を体の後ろへと引っ込めてしまう。


「ごめんなさい、ボクはそのおかねはもらえないです。そのおかねぶんのしごとはしてないから」


「いいや……十分にしてくれたよ、だから貰って欲しい」


 少年は金貨とナナセの顔を何度か見て考えた後、おずおずと両手を前に出して来たので、その手の上にそっと金貨を置いてやる。

 すると少年の顔がパッと明るくなり立ち上がった瞬間、今度はナナセが驚く事になる。


「ありがとうおにーちゃん!」


「!? いや、オレの方こそありがとう。がんばってな」


「うん!」


 その場から立ち去りながらナナセは今見た物の事で頭がいっぱいであった。

 少年が立ち上がった瞬間に見えたのはシャツのロゴ、それも日本では割とポピュラーなメーカーの物で、到底見間違うはずが無い。


「という事は、あの子は日本人? 少なくとも地球に何らかの関係はあるのか?」


 まさかの出来事に思考が取られ過ぎて、近くにいたアヤカ達に気付かないまま、一人で冒険者ギルドへと向かって行くナナセ、当然その後にメンバーから詰められる事に。

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