第89話 知能ある魔物

 依頼をこなしたその日の夜、生息域を離れていつも通り野営の準備を終えて、ユウカとリミーナが風呂で汗を流している時の事だった。


「不思議に思ってたんですけど、あの時どうして「退くぞ」って声を掛けたんですか?」


「あの時?」


 不意のアヤカからの質問に首を傾げて反応するナナセ。


 あの時って言われても、どの時のだ? アヤカが聞いてくるって事だから、多分今日の出来事だと思うけども。

 その前に何があったとか、もっと詳細な場面を言って貰えれば直ぐに思い出せるんだけどなぁ……。


「あれじゃないですか? ほら、私達が生息域に入ってから見つけた、食べかけのファングラビットの。あの時のカズシって凄く焦った様な感じだったし」


 ティナから補足されてやっと合点がいく。

 生息域に入り木々に付けられた爪痕や、匂いの跡等多く発見したにもかかわらず、全く対象を捉えられず色々と考えてた時の話である。


 言った! 確かに退くぞって言ってたわオレ!


「あぁ! アレな!」


「もしかして忘れてたんですか?」


 その反応に呆れ顔のアヤカ、まさか数時間前に言った本人がその事を忘れているとは思わなかった様だ、ただあの発言はナナセも適当に言った訳ではなく、自分達と周りの状況、そしてもし相手が人と同じ様に考える事の出来る存在だったらと、考えてのものだった。


「いやいや忘れてた訳じゃない! というか、結果的に切り抜けられたから考えを放棄してたというか、説明しなくてもいいかというか……」


「……つまり忘れてた?」


「………はい」


 どの分野でも情報共有は重要なファクターである、ましてやそれが冒険者ともなれば命に直結するものであると理解する事は難しくない、2人は思わず「はぁ…」と大きく溜息を吐く、その横では居辛そうに目を背けるナナセ。

 一応自分のやらかしという事で申し訳ない気持ちはあるのだが、先に言い訳を言った手前、どう説明すべきか考えているといった所だろうか。


「それであの発言の理由って何だったんです?」


「あーあれはぶっちゃけると、あそこはもう連中の狩場の大分内側だったわけだろ? ご丁寧に、直前に仕留めたばかりの体温が残る食べ残しがあったわけだし」


「まぁそうですね」


「んで考えた訳だ、なんでわざわざ仕留めた獲物を放置して立ち去ったのかって。食う目的なら持っていけばいいのにと思わない?」


「そうですね、野生の世界ではいつ食べ物にありつけるかなんて、わからないでしょうし」


「なら置いてった理由ってなんだと思う?」


 2人は揃って考える、野生の獣がいつ取れるかも分からないのに、餌を置いて立ち去った理由を、単純に好みの問題かもしれないし、自分達の領域に入って来た外敵を排除する為だけだったかもしれない、今となってはあくまで予想でしかないが。


「向こうは私達の存在には絶対気付いてただろうから」


「……私達をあそこに留める為?」


「多分ね、食いかけの何かを見れば、大体の冒険者は反射的に興味を持つだろう、いつ仕留められたとか色々とね。そしてオレ達はまんまと引っ掛かった、もう目と鼻の先なんてオレは思ってたけど、連中に圧倒的有利な状態で捕捉されてたって訳だ」


「ならあれって、ただ留める為の物じゃなく」


「仲間を呼ぶ為の時間稼ぎを含めて置いて行った」


「10数匹連れて出てきた事から間違いないと思う、だからあの時退こうって言った訳さ。遅かったけどね」


「今後は高ランクの魔物の場合、知能を持ってる事まで考えて行動をしないと危ないという事ね」


「考えた事も無かった」


 知能ある魔物、もっと言えばそれを含めて思考出来る魔物の存在。

 まだこの世界の一部を知るかどうかのナナセ達にとって、そんな魔物も居る可能性があるという事を考えると気が重い話である。


「まぁ考えたってしょうがない、オレ達がそれを気を付けようとどうしようと、相手の思考を読めるスキルが有る訳でもないんだから、出て来た魔物を倒すか逃げるかするだけ。事前策としては情報をしっかり集めて、やばい場所には近付かないって事」


「確かに、今のパーティーではそれが精一杯ですね」


「ウチはカズシリーダーが危険な依頼を弾くのと同時に、野外でのパーティーの安全面も見てくれてるから助かってるって事かな」


「オレのはただ臆病なだけだよ」


 だから結局状態異常完全無効化自分のスキルについても、未だに分からない事だらけなんだよな、今回の件で凍りつく程強力な冷気に触れても冷たい程度で、凍傷とかにはならないってのは分かったから良かったけどさ。

 ………そうだよ忘れてた!この事も報告しとかないとさっきの二の舞になるわ!


「今ので思い出したけど―――」


 結局話した所で同じ様に呆れられるナナセ、ユウカ達が風呂から上がって来た頃には、自分に暗示をかけるかの如くぶつぶつと小声で何かを喋っている姿があったが、アヤカとティナはそれを放って風呂へと行ってしまう。


「……ねぇお兄、私達がお風呂に入ってる間に」

「一体何があったんですの?」


 2人の質問に対して、返って来るのは只々小さく呟く声ナナセの声だけだった。

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