第88話 属性効果

「グルルゥゥ!ガウッ!!」

「ガアァァ!」

「グアゥゥ!」


「数が多いしうざい!」


 ナナセは相手の噛みつきや魔法を避けながらどう倒すかを考える、だが結局のところは3手しか手段は無い。

 このまま武器を使って倒すか、スキルを使って倒すか、素手で倒すか、何に重きを置くかでそれは変わって来る。


 さて、相手の触れた物体を凍結する能力、擦れ違い様に冷気を感じないから多分カウンターとして効果なんだろうけど、どうするかな……正直自分の情報収集の甘さが招いた事とはいえ、面倒くさい事この上ない。

 アヤカ達も戦闘中だから魔法の援護をもらう訳にもいかない、現状出来る事と言えば。


 ①凍った刀のまま殴り倒す。

 ただし刀身の歪みの原因になる可能性がある上、殴打による力のかかり具合によっては、刀に不具合を起こす可能性が有る。

 というか最悪折れる。


 ②刀を使わず拳や蹴りの打撃で倒す。

 この場合は自分の手足が凍る事で凍傷になる可能性がある事と、思ってる以上に身を守る冷気が強かった場合、手足が砕け兼ねない事。


 ③刀も手足も使わず【闘気】の放出で倒す。

 一番安全に倒せる方法だが余程上手く頭だけを狙わないと、素材である毛皮が使い物にならなくなる、そして今のオレにはそこまでコントロール出来る訳じゃないから、十中八九駄目になると思う。


 この中で行けば武器の破損に繋がる①は無い、ってかオレがやりたくない。

 ③も素材の為に来たのに、その素材を台無しにする事になるから出来ればしたくない。

 となれば残るは②だけ、ガントレットの甲部分だけが凍ってる所を見ると、一瞬で氷漬けにされる様な物では無いと思う、と言ってもこれはオレの楽観的予測でしかない。

 それに凍傷も状態異常って判定で、【状態異常完全無効化】が機能するかもしれない、万が一違ってもユウカが炎と治癒魔法を使えるし、最悪の事態は回避出来るだろう、それなら今後の為に【状態異常完全無効化】が、どんな物に作用するのかも把握しときたいしな。


 方針を決めた後、ずっとナナセが手を出してこないのを良い事に、防御や回避など考えずに攻撃してくるフリージングウルフ、恐らく連中の中では、ナナセは攻撃する間も無いくらい必死に避けているのだと思っているのだろう。

 離れて魔法を撃っている奴もほぼ棒立ちのようなスタイルで、完全にナナセを格下と見ている、そんな連中の隙だらけ過ぎる隙を突くのは造作もなかった。

 武器から手を離し、無防備に飛び掛かってっくる1匹に狙いを定め、体を軽く右に捻り回避と同時に左脚を円を描く様に振り上げる。

 そしてフリージングウルフがナナセの背の影に入る瞬間【闘気】を発動させ、体を逆に返してその捻りで貯めた力を左踵と共にフリージングウルフの脳天に叩き込む。


「オラァァ!」


 踵落としを撃ち込まれた1匹は悲鳴すら上げる事なく頭を潰されて絶命する、恐らく空中で叩き込まれた時点で既に頭蓋骨が砕けた上、尚も振り下ろされる踵でその破片が脳の至る所を損傷させたのだろう。

 そして踵を落とされた地面を中心に、血と肉片が歪な円状に広がっている事が威力の高さを物語る。


 足は……冷たさはあるものの凍ってはいないな、まぁ元々日本で買った靴だったし、靴底なんかは服とかと比べればゴムで厚みがあるし、意外と何かを1枚挟めば凍結効果を大きく減少させられるのかもしれないな。


 ナナセがそんな考えをしていると、明らかにさっきまで逃げ回っていたはずの餌の動きが違う事に対して、フリージングウルフが互いに警戒を促す様に唸り合う。


「グゥゥウゥ!」

「ガルルゥゥ」

「ゴルゥゥ!」


 残りは4匹、最後の1匹は直接手で触れて倒すとして後3、折角こっちが色々と試す気になってるのに、待ちに徹して逃げられるのも面白くないからな、オレから行くか。


 一呼吸してからナナセは地面を蹴って駆け出す、それに対して最も近い2匹は左右へと分かれ、残り2匹も頭を低くして踏みとどまり、何時でも避けれる体勢で魔法を展開するがナナセは止まらない、そのまま魔法を構えている2匹へと突き進む。


「ゴアアァァ!」

「グアァァ!」


 2匹は止まる気配を見せないナナセに対して魔法を放つ。

 撃ち出された氷の礫の攻撃範囲は人の腰あたりの高さで、更に横に広く取られていた、フリージングウルフとしてはそれで屈んだ所を、左右に別れた2匹が襲い掛かるといった算段だったのだろう。

 だがそこでナナセが取った行動は止まるでも逃げるでもなかった、ましてや屈む等考えもしていなく、大きく跳び上がり、魔法を避けながら進んで行く。


「ガッ!?」

「ゴアッ!?」


 自分達よりも身体能力が劣っていると思っていた相手が、自分達よりも高く跳び上がった事に驚きを隠せない2匹は逃げる事も忘れて立ち尽くす。


「ぶっ潰れろぉぉぉ!」


 そしてナナセはその勢いのまま右拳を1匹の頭に殴り付けて地面と挟んでやると、頭の毛皮の一部が裂け、そこから脳と思われるものが幾らか飛び出てくる。

 そこでようやく残りの1匹が喉元に噛みつこうと動き出す。


「反応が遅ぇ!」


「ギャイン!」


 が、殴り倒した後直ぐに視線を残りの奴に合わせていたナナセに、下から全力で殴り上げられて宙を舞う。

 そのまま数秒空中を舞った後地面に叩きつけられた姿を見ると、首の骨が折れているのか頭と背がピッタリとくっついていた。


 手の方も問題無いな、左手だけ少し氷で圧迫されてる感はあるけど、攻撃には影響は無い、だけど気になる事が一つ出来たな。

 さっき斬りつけた刀は一度でほぼ斬れなくなる程に凍っていた……ってよりも氷が付いていた。

 この違いは一体………試しに鞘で殴りつけたらどうなるかも見てみるか。


「ワヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙!」

「ガウッ!ガウゥッ!」


 左右に展開していた2匹が背後から駆けてくる途中、横から凄まじい轟音が鳴り響き、ナナセと2匹の動きが止まり視線が音のした方を追うと、そこにはユウカとその先で倒れる4匹のフリージングウルフ、しかもよく見ると煙を上げている。

 ナナセは周りの木々が裂けたり破裂している所をみて、ユウカの雷魔法と即座に理解し、自分の相手を倒すべく鉄鞘を振るう。


「ギャワァン!」


 鞘はフリージングウルフの口に当たりその衝撃で少し後退る、また当たった部分を見ると牙は折れてその傷口から血が流れる、すると地面に落ちた血が氷の様に凍っていく、そう、刀が氷に包まれて使い物にならなくなったのはこの血が原因であった。


 そしてフリージングウルフのランクが高い理由の一つがこれである。

 人間の持つ武器を使い物にならなくし、その隙に集団で襲って食い殺す、肉を切らせて骨を断つとはまさにこの事だとナナセは思った。


 ただし、完全に死亡してからの血に関しては氷になる事は無いが、僅かでも生きている内に付いた血に関しては即座に氷に変化する、元々纏っている属性でも武器防具は凍り付くが、完全に武器の切れ味を殺す原因はフリージングウルフの生き血である。


「血が氷に変化って! 本当に何でも有りだなオイ!」


「グルァァァァゥ!

「グガァァァァ!」


「人の腹に噛みつこうとするんじゃ…ねぇ!!」


 無傷の方の横腹を蹴り飛ばし、先程鞘で殴りつけた奴の首を素手で掴む。


「グゥゥゥゥ!ガァァァァ!」


 振り解こうとしているのか、それとも手に噛みつこうとしているのか必死に身をよじり暴れるが、力のステータスは素の状態でもナナセが高い上、【闘気】まで使用している今はとても1匹の力だけで振り解くのは無理であった。


「ハァァァァ!ガウゥゥゥゥ!」


「絶対に離さねぇから諦めろ、もう一匹は………そこか、ん?」


 そこに居たのは前足だけを動かし、こちらに向かって来ようとするフリージングウルフの姿。

 恐らく蹴り飛ばされた時か、木に叩きつけられた時にでも背骨を折ったか、脊髄を損傷したのだろう、全く後足が動いていない。


「あいつの止めは後にしていいな、今はこいつを…って血が!」


 必死に暴れていたのは振り解く為でも噛みつく為でも無かった、自分の血を掴んでいる手に付ける為に暴れていたのだ。

 見れば牙を折っただけの傷とは思えない程口から血が流れ出ている、ナナセは直感的に舌を噛み切ったものだと察する、だが。


「手の平よりも冷たさは感じるが、氷になったり、凍傷を負う程じゃないな。手を伝って落ちた血は氷になってる所を見ると、やっぱりスキルでその辺は無効化になってるのか。お前のおかげで自分のスキルについて少しわかったよ」


「クゥーンクゥーン」


 最後の抵抗も効果が無いとわかると、今まで唸り声や吠えていたフリージングウルフが命乞いの様に2度鼻を鳴らすのが聞こえたが、ナナセはこれ以上苦しめない様に掴んでいる手を全力で握ると、ゴキッボキッといった感触と音が聞こえた後、足・首・舌が力なくだらりと垂れる。

 完全に動かなくなった事を確認してから掴んでいた手を離すと、倒したフリージングウルフを回収していたユウカに声を掛けられる。


「お兄の方も終わったんなら獲物しまっちゃっていい?」


「いいけど後1匹動けない奴が残ってるんだよ。そうだ、ユウカの魔法で剣に属性を付与出来るのとかないか? オレの刀が氷のせいで使い物にならないんだよ」


「多分あると思うけど、氷のせいってどゆこと?」


「それは………こういうこと」


 ナナセは手放した武器を拾ってユウカに見せる。


「うわぁ……確かに刃先とか氷で覆われてるねぇ……こりゃ使えないわ」


「だろ?」


「おっけ、それじゃ手早く掛けちゃうから」(中級炎付与魔法フレア・エンチャント


 ユウカが付与魔法を掛けると直ぐに刃についていた氷が溶けだし、刀から滑り落ちる様に外れて行く。

 効果的に刀身にかなりの熱が込められているのだろうが、持っているナナセには熱波を感じたり、火傷をする等の影響は出ない。


「装備者に影響がないって事は、魔法の膜みたいなのを武器に張り付けてるって事なんかね?」


「余裕でわかんない」


 術者からのありがたいお言葉。

 そもそもこの世界で魔法を理解して、正当な手順で習得している訳ではないので、仕方ないとも言える。


「デスヨネ。まぁそんなもんだって認識でいいか」


 その後は最後の1匹を仕留めてからアヤカに回収して貰い、急いで生息域から出る事を決定する。

 連戦に勝てない訳ではないが、この戦闘で素材も集まった上、不意を突かれての戦闘で普段よりも体力の消耗した状態では危険と判断した為でもある。

 依頼自体もこれで十分達成出来てるので安全な場所で夜を明かし、グランシールに戻る段取りをつけるナナセ達であった。

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