第87話 油断

 ユウカが放った魔法による轟音が鳴り響いた瞬間、一瞬だけアヤカ達を睨み付けていたフリージングウルフが音の方に気を取られる。

 戦闘に集中して相手を崩せる何かを狙っていたアヤカは、その隙を見逃さずに仕掛ける。


「シッ!」


「!?」


 アヤカの攻撃は完全に相手の死角からのものだったが、それでも野性の勘なのか後ろに飛び、僅かに右前足切る程度で避けられてしまう。


「おしい! もう少しで前足を持って行けたのに!」


 そうティナが声を上げる


「ギャン!?」


 しかし攻撃が掠っただけのフリージングウルフから大きな悲鳴が上がる。

 後ろに飛び退いたはずの空中で体勢が数回大きく崩れたのだ、それと同時に何かが複数破裂するような音がティナの耳に届き驚く。

 これは音で一瞬気を取られた時にアヤカが仕掛けた中級風魔法エアロバーストが破裂した音だったのだ。


 中級風魔法エアロバースト

 効果:地上・空中設置タイプの魔法で魔力が高いと複数設置可能、無色透明で使用者以外には通常不可視、ただし魔力を感知出来る目を持つ者や、スキルによりそれと同等の事が出来る者であれば見ることが可能。威力は破裂の衝撃で皮膚が弾け出血する程、魔法攻撃力が1000もあれば人の骨程度は折れるが、ダメージを与える目的であれば別の魔法を使った方が良い。


「空中なら逃げ様がないでしょ!」


 そしてアヤカも隙を逃すまいと攻撃の手を緩めず、初撃で伸ばした剣を相手の胴に巻き付け一気に削ぎ斬るのだが、これが不味かった。

 完全に1匹にだけ集中してしまった事で、仲間の悲鳴に気が付いたフリージングウルフ2匹が事態に気付き、アヤカに対して魔法を放とうとしているのが見えていなかったのだ。

 それに気付いたのはティナに突き飛ばされて起き上がった後、体の数か所から鋭い痛みが走って初めて攻撃を食らったのだと認識をする。


「ア…アヤカさん、早く前いっつぅ!」


「ティナさん!?」


 見ればティナの体は氷の礫を受けたせいで腕や太ももから出血している、特に太ももの状態は酷く、深く抉られているので立つ事すら難しいだろう


「いいから前! 敵が!」


 その一喝で向き直ると、そこには今まさに飛びかかる為に全力で踏み込んでいるフリージングウルフと、それを援護する為に再度魔法を発動させているもう1匹のフリージングウルフが目に入る。


(しまった! この状態からじゃ回避が間に合わない! それに避けたとしてもティナさんにこの攻撃が直撃する! さっきので剣は落としちゃったし、私達が生き延びるには、飛び掛かりと魔法を同時にどうにかしないと!)


「ゴアアァァ!」

「ガウッ!」


「避けて!」


 アヤカが現状を打破する為に思考を巡らせるが、相手の攻撃が無慈悲にも飛んでくる。

 既に立てない程の傷を負ってるティナを抱えての回避は間に合わない、かと言って自分だけ避ける事もせず、アヤカの取った行動は。


「私を……舐めないでよ!!」(中級範囲風魔法ウインドストーム


 回避も防御も出来ないのなら、敵の放った魔法ごと相手を攻撃すればいいという事。

 超局地的に巻き起こった大嵐は2匹と1つの魔法を飲み込み、その中で2匹は風の刃でズタズタに、氷の礫も嵐の中から出ることなく原形が無くなり消滅することに。


 一件無謀過ぎるこの攻撃だが実は非常に有効な物であり、何故なら魔法相関図的に風は水に強いという関係から魔法にも、そして水の属性を持つフリージングウルフにも大きくダメージを与える事に成功したのだ。


「ギャオォン!」

「ギャン!ギャイン!」


 相手が魔法の範囲から動けない内に、アヤカは急いでティナの傷にハイポーションを使い、落とした剣を拾って次に備える。

 大嵐が治まり、中から現れたのは足や胴体、顔に至るまで切り刻まれて倒れているフリージングウルフの姿であったが、その目から戦意は消えていない。

 痛みで震える足で立ち上がり、アヤカ達を睨み付けるそれは野性故なのか、それとも森の強者としてなのか、もしくは両方か。


「形勢逆転したけど、確実に倒すまで油断は出来ないわ」


「グ…ウウゥゥ」

「フゥゥゥゥ!」


 既に2匹共満足に駆ける事すら出来ないのかその場で魔法を構築するが、そのスピードは先程とは比べ物にならない程遅い。

 そしてそれを見て2人は察する、これが相手の最後の一撃だという事を。

 アヤカは剣を構えてその一撃を待つ。


「ワオォォォン!」

「ウオォォォン!」


 一際大きな遠吠えと共に撃ち出される魔法、だが残念な事にその魔法は余りにも遅く、文字通りの限界なのだろう。

 迫って来る魔法に対してアヤカは剣を伸ばし、【魔力干渉】で破壊した後、そのまま2匹の脳を貫き、崩れ落ちるのを確認してからアヤカも膝を付く。


「あ……危なかった………一歩間違えたら私達がやられてた………」


「私が戦力にならないばっかりに、ごめんなさい」


「ううん、寧ろティナさんじゃなかったら、あの魔法を撃たれた時に私は死んでたかも知れないんだし感謝しかないわ。ありがとう」


「あっ、そっちも終わったの?」


 2人で労い合ってると戦場とは思えない声が届く、そう、ユウカだ。


「アヤカさん血が!」


「はいはーい、今治すから動かないでねー」(中級治癒魔法ヒーリング


 そう言うとユウカはササッと魔法をかけて傷を治す。


「ユウカさんは魔法の1撃でほぼ敵を蹴散らしてしまいましたし、相当に苦戦を強いられたアヤカさんの加勢に向かった方が良かったですわね。」


「あぁー確かに、私は最悪魔法の連射で隙間を埋めちゃえば、相手は近寄れないしね」


「とは言っても何が起こるか分からないのが戦場よ、特にあなたは調子に乗って直ぐミスをするんだから、1人になんてさせられないわよ」


「そうやって直ぐ子供扱いしてさ!」

「事実じゃない!」


「ふ…2人共落ち着いて、ねっ! ほら、尻尾触ってもいいから!」


 やや頬を膨らませながらも無言でティナの尻尾をモフモフする2人と、ホッと一息つく喧嘩の仲裁に入ったティナとクスクス笑うリミーナ。

 そんな事をしている内に、ナナセの方もフリージングウルフとの決着が付こうとしていた。

 刀がまともに斬れない状態で、まだ複数残る敵に対してナナセはどう動くのか。

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