第80話 野盗退治

 昼食を取った後、何事も無く数時間談笑しながら進んでいると、前方に見える丘の向こうから冒険者か隊商かの声が聞こえてくる。

 相手方に対して申し訳ないと思いつつ聞き耳を立てるナナセだが、聞こえてくるのは言葉の一部分だけで、正直何を話しているかまでは聞き取る事は出来ない。


「何か冒険者が魔物と戦ってるみたい、口々に「固めろ」とか「崩すな」って聞こえてくるから」


 流石ウチの索敵担当、(かわ)いい耳をお持ちのご様子。

 まぁ冒険者が魔物と交戦してるだけなら大丈夫そうか、通りかかった際に助力を求められたら手を貸すくらいだな。


「了解した。一応不穏な言葉が出ないかそのまま探り続けてくれ」


「まかせて」


「直ぐに向かわなくて大丈夫なんですか?」


「今の所は悲鳴や叫び声が聞こえないから慌てる必要もないと思ってね、後は実際丘を登って見てから判断するさ。相手だって冒険者としての矜持があるだろうからさ」


「助けに入って小言言われたらこっちも面白くないしねぇ」


「冒険者も色々と気難しいものがあるんですのね」


 気難しい。

 リミーナが発したこの言葉にはナナセ達自身よく悩まされていたので苦笑いを浮かべる。

 前はどこの冒険者ギルドでも、顔も名前も知られてないので大体が見下される事が多く、場合によっては物理的なちょっかいもあった、この事からナナセ自身、アヤカとユウカには嫌な思いをさせてしまったと感じている。

 そして今でこそパーティー名だけは知られつつあるが、そのメンバーの名前や顔は未だに知られているとは言い難い、名前と顔を認知させるのであれば直ぐに助けに行く事が正解だが、あくまでそこは冒険者としてのルールに則ってだ。


「多分だけど、声的にこの丘を越えて直ぐじゃないかな」


 ティナがおおよその距離を言うと思いのほか近かく、どんな状況になっているのかと、若干軽く考えていたナナセの予想は大きく覆される。

 丘を登って飛び込んできた情報は、馬車を守る様に展開する冒険者数人の姿と、それを取り囲む20人は居るかと思われる野盗達であった。


「やばいな!」


「冒険者に対して人数差が多過ぎる! あれじゃ長く持たないかも!」


「ここから闘気を放ったんじゃ冒険者達にも隙が出来兼ねない! オレは先行するから、全員周囲を警戒して向かって来てくれ!」


「わかったわ! カズシさんも気を付けて!」


 思っていたよりも遥かに深刻な状況にナナセは【闘気Ⅱスキル】を使い、急いで冒険者達のもとへ向かう。


 ―――


 金属のぶつかり合う音を響かせながら、その音と共に聞こえてくるのは、依頼者とその依頼者の乗る馬車を守らんと奮闘する冒険者達の声だった。


「警戒を怠るな! まずはファルミナの魔法とミーシャの弓で一人ずつ確実に仕留めるんだ!」


「そうは言うけどこいつ等、魔法を詠唱し始めると私を狙い出すのさ!」


「そうだぜギアード! 唱えたくてもこれじゃ無理だ!」


「こっちも似たような感じ! 弓で狙ったヤツが明らかに私を見て身構えるの! これじゃ撃った所でまず避けられる!!」


「クソッ!! 俺とルイスとジュリオールでなんとか切り伏せてくしかねぇか!」

(つってこの数、一体何人居やがんだッ! 突出して前に出ればすぐに囲まれて殺されるだろうし、襲って来た奴を最小の動きで確実に倒すしかねぇ!!)


「ルイス! ジュリオール! 前に出過ぎるなよ! 襲って来た奴を確実に倒せ!」


 冒険者パーティーのリーダーと思われる男が、攻撃を捌きながら緊迫したこの状況でも冷静に仲間に指示を出す。

 しかしその声とは裏腹に、野盗達に指示を出す男の声は非常に楽しそうなものである。


『ガッハハハハ! 隊商ってこたぁ食いもんや金目の物をたんまり持ってんだろ! 置いてくついでに命も貰ってやる、有難く思えよ!!』


『多分こいつ等この先のグランシールの隊商ですぜ、それも結構大店の!』


『こりゃ久々に浴びる様に美味い酒と女を抱けるぜ!!』


『いいだろう、久々に豪遊させてやる! 女は殺さず連れ帰っていつでも抱ける様にするぞ!』


『『『『『うおおぉぉぉぉ!!』』』』』


 やはり野盗と言う下衆な行いをする連中が考える事は、どこまでいっても下衆という事だろうか、その言葉に女性冒険者の顔が歪む


「冗談じゃない! お前等に体を許すくらいなら死んだ方がマシさね!」

「本当にね、絶対にお断り!」


『自分で死ねるならそれでも構わんぜ! だがな、大体そう言う奴は死ねねーんだよ! 命惜しさに俺様に体を差し出すのさ!』


 今から犯す事を考えているのか、野盗のボスと思われる男はガハガハ言いながら股間をいきり立たせていた。


「気持ち悪っ!」


 しかしそのせいで野盗達はボスの背後から飛行して接近するナナセには一切気付く様子はない、戦いに集中しているという意味で同じく冒険者にも。


『オラッ! とっとと終わらせて戻……』


『……ん? 親方、一体どうしたん………うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ! 親方ぁぁぁぁぁ!!』


 声が突然途切れた事を不審に思ったのか、野盗の1人が親方と呼ばれた男の方に振り向くとそこに居たのは。


『首がっ! 親方の首が無えぇぇぇぇ!!』


 今の今まで大声で高笑いをしていた親方の首から上が無い姿であった。

 しかも偶然か、その死体は地面に突き立てられた両刃の大斧に寄り掛かる形で立っており、そのせいで倒れる音がせず、野盗の仲間が不審に思わなければ、まだ生きていると思っていただろう。


「おい野盗、この首だけの男と同じ目に遭いたく無ければ、武器を捨てて地面に這いつくばれ」


 両陣営聞きなれない男の声に周りを見渡すが誰も居ない、だが最初に気付いたのは馬車の近くにいたミーシャという弓術士。

 彼女が何故いち早く気付いたかは馬車の影にある、本来であればそこには何もないはずの屋根に人の様な影がある、ゆっくりと見上げるとそこ居たのは見知らぬ男。


「キミは一体!?」


 全員一斉に馬車の上に視線を向けるとそこには親方の首だけの姿、野盗達の一部がそれを見て発狂する。


『親方あぁぁぁぁ!』

『テメェが殺ったのか!!』


 1人は矢を撃ち、1人は持っていた短剣をナナセに向かってなげつけるが当たる訳もなく、逆に上空へと飛ばれ、そこから【風刃】と闘気の光弾による攻撃で体がミンチと、肩から斜めに斬られ内臓ごと切断され絶命する。


『ヒイィィ!』

『なん……なん…』


「すんげぇ…」

「空を飛んで……」

「マジかよ」

「それよりも彼は味方って事でいいの!?」

「そうであって欲しい……もし敵って事なら、今まで以上の絶望だ」


 再度馬車の上に着地した後、ナナセは首をその体がある方とは別の野盗達に蹴りつける。


「次にオレの言った事以外の行動を取れば、野盗全員殺す。わかったら武器を捨てて地面に這いつくばれ」


 一瞬で3人を殺されて勝てないと理解したのか、野盗達は次々に武器を捨てて這いつくばるが、冒険者達も余りの出来事に放心状態から抜け出せていない。


「もし……もし!」


「えっ!? あ…あぁ! 一体何の用だろう!」


「いや、早く野盗を縛り上げて貰えると……」


 そう言うとハッ!とした表情をして作業に取り掛かる冒険者達、そして作業に取り掛かると同時にナナセもアヤカ達と無事に合流する。


「皆さん無事だったんですね、よかった」

「人数差がやばかったね」

「ここに来るまで警戒してましたけど、周りにはこの野盗達以外誰も居ないみたい」

「この野盗達は一体どうしますの?」


「そっちも何事も無くて何より。それよりも」


 ナナセは相手冒険者のリーダーと思われる、30代位の重戦士風の男に向き直る。


「緊急とはいえ了承を得る間も無く勝手をしてしまい、申し訳ありません」


 先程とは打って変わり、聞こえてくる声はとても温和な事に驚くギアード、目の前で見ていたにもかかわらず、本当に彼があの冷たい声を出し、3人を葬った者と同一人物かと疑ってしまう程に。

 他のメンバーも野盗達を後ろ手に縛りつつ、聞こえてくる言葉に驚く。


「謝罪なんてそんな、君のおかげで依頼人を守れたし、仲間も誰一人欠けずに済んだ、ありがとう。俺はCランクパーティー【鉄の衛兵アイアンガード】リーダーのギアードだ、よろしく!」


 握手を求められナナセもそれを握り返すと、馬車の中から1人の男性が転げ落ちて来る。


「あ……ありがとうございます! 本当にありがとうございます!! おかげで皆無事に街へ帰ることが出来ます!」


 握手をした手の上から更に握ってくる、半泣きのふくよかな男性に驚き戸惑うナナセ。


「こちらは俺達の雇い主で、グランシールに店を構えるクライスさんだ」


「そ…そうでしたか、オレはBランクパーティー【討ち滅ぼす者アナイアレイター】のナナセ、向かって左から剣士のアヤカ、ソーサレスのユウカ、探索者シーカーのティナ、そして剣士のリミーナです」


 パーティーメンバーを紹介している途中、【討ち滅ぼす者アナイアレイター】の名前を聞いて訝しげな顔をするギアードと1人のソーサレス。


「私はソーサレスのファルミナ、間違っていたらごめんなさいね。もしかしてなんだけど、【討ち滅ぼす者アナイアレイター】ってコルセア近くに出た、ブラッドオーガを倒したっていう……あのパーティー?」


「それだけじゃないぞファルミナ、もしそうなら王都に巣食ってた闇組織の蜘蛛を壊滅させたのも彼等だ」


 どうやらパーティーの名前はそれなりに広まりつつある様子にナナセは安心する、後は自分達の名前と顔が知られれば初見で見下される事も無いだろうと。


「よくご存じですね、確かに仰る通りです」


 そういってナナセはポケットから金色に輝くギルドカードを出して見せる。

 金色のギルドカード、それはAランク以上の冒険者にのみ与えられる一流の証、ましてやそこに書かれているのはAAランクの文字。

 ギアードとファルミナは驚きで目を丸くし、クライスは金魚の様に口をパクパクさせ、残りの【鉄の衛兵アイアンガード】のメンバーもそれを見て言葉を失うのだった。

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