アルテニア王都 ー 蜘蛛動乱編 ー

第55話 謁見

 ナナセ達は今、馬車に乗って王都アルテニアまで来ていた。

 流石に一国の王のお膝元だけあり、他の都市と比べて建物も人の数も比較にはならない、馬車の中から見ても分かる。

 子供から大人に至るまで人々の活気に溢れた様子。

 商売人と客が真剣勝負値引き交渉をしている図と、それを面白そうに見守る観客達。

 国が太平していることが良く分かる。

 建物も未だ発展を遂げているのだろう、古き良き味を損なわぬ様に修繕された建物と、新しいが決して派手ではなく、寧ろ華やかと言える建物達は、昔からそこにある存在と調和しており、一言で言えば、未だ成長を続ける古都と言って差し支えないだろう。

 が、今のナナセにはまったく見えていなかった。


「なんでこんな事に……」


「まだ言ってるの?いい加減諦めようよ」


「これはどうしようもありませんよ。覚悟を決めましょう」


「わ…私なんて、ほん……本当にっ、緊張して」


 何故ナナセやティナが塞ぎ込んでいるかというと。

 事の始まりはランクアップした翌日、再度ギルドから呼び出しを受けてギルドマスターの執務室に入った瞬間。


「本当に申し訳ない!」


 謝罪の声と頭を下げるグリフィスが居た。

 当然何があったのか分からないナナセ達はグリフィスに問いかける。


「何があったのか順を追って話して貰えませんか? 呼び出されていきなり謝罪されても、こっちとしては一体何が起こってるのか分からないですよ」


「そうだね、でも理由は物凄く単純な代わりに、君達を取り巻く事態はかなり複雑になってる」


 益々意味が分からない、昨日の今日で一体何があったんだ?

 ギルド本部の決定でランクアップは無しにでもされたのか?

 それとも、オレ達への手出し禁止の件を無かったことにでもされた?

 どちらだったにせよ事態は大きく変わるな。


「それで一体何があったんですか?」


 アヤカが落ち着いた声でグリフィスに尋ねる


「……陛下が、君達【討ち滅ぼす者アナイアレイター】に会いたいそうだ」


 …………はい?

 陛下って、王様の事だよな?

 何でまた国で一番偉い人がオレ達に会いたいって………冗談だろ?

 こっちは貴族との礼儀作法すら知らないのに王様に会えとか、不敬罪になる可能性半端じゃないんだけど?


「あの、グリフィ「流石に無理だ……断れないよ」


 食い気味じゃなく、完全に食われた。


「ナナセの言いたいことは分かる! 礼儀作法も分からないのに無理だって言いたいんだろ? その気持ちは痛い程分かる!! でもこれは無理過ぎる、断れない! 寧ろ断った時点で不敬罪と取られ兼ねない!」


 マジかよ……完全に八方塞がりじゃんかよ、王様もオレみたいなのに興味持たないでくれよ、ある意味パワハラだぜこれ


「でも実際問題どうするんですか? 王様に間に合わせの礼法で謁見なんて、とても使えるかどうか怪しいですよ?」


「それについては俺が一緒に付いて行って基本的な受け答えはするよ。それでも直接受け答えする場面もあるだろうけど、その時は丁寧な敬語を使って答えてくれ」


 急な移動だったので、買取に出して放置していたニードルビーと、ディシーブシープの代金を受け取り、ナナセ達は10日かけてグリフィスが用意した馬車で王宮まで目と鼻の先ここまで来たのだ。

 買取金額 

 ディシーブシープ 大銀貨1枚(5匹分)

 ニードルビー 大銅貨4枚


 基本王宮なんて平民が入っていい場所じゃないだろうし、王様の命令で入れたとしても、そこで働いている貴族や兵士の中には、オレ達の事を良く思わない奴も居るだろうな。

 はぁぁぁぁぁぁ、鬱だ。


「精神が奈落の底まで落ちてるお兄は放って置いて、王様と会う時に私達が注意しないといけない事ってあります?」


「そうだね、まずは――――――」


 とりあえず何を聞かれても回答出来る様に、気をしっかりと持たんとな、その上で無理な物は無理と答えないと絶対に大変な事になる。


 3人がグリフィスから何か注意点を聞いているが、ナナセの耳には入ってこない。

 ただでさえ人前に出たり、視線が集まると頭が真っ白になるナナセに取っては、王様と会うなんて死刑宣告も同然、如何にその時間を短くするかに心血を注いでいた。


「―――特にナナセは狙われると思うから注意してくれ」


「ブラッドオーガを倒したのがナナセさんですから、的にされそうですね」


「? ああ、わかった」


 オレが狙われる?的にされそう?

 ああ、倒した時の状況に関して、王様や偉い人達から質問攻めにされるって事か、別に聞くほどの物じゃないだろうに、正直逃げながらちびちび攻撃してダメもとで賭けに出ただけなんだし。


「もう直ぐ城門前に着く、恐らくだけどそのまま謁見の間に通さて直ぐに陛下と、そうでなければ貴賓室に通されて、僅かだけど時間が生まれる」


 正直この緊張を早く終わらせたいから、とっとと謁見の間に通して欲しい。

 そして質問なり済ませて解放して欲しい、きっと今のオレの脈を測ったら凄い結果が出そうだ、悪い意味で。


 等と諦めた様子を見せるナナセも、いざ謁見の間の前に立つと今まで以上に心拍数が上がっており、その音が頭に響く程の極度の緊張状態であった。


「いいかい、俺の後ろに付いて来て、止まった所で片膝をついて頭を下げるんだ、陛下が面を上げろと言うまで絶対に上げない様に」


「わかりました」

「りょうかい」

「はい……」

「…………わかった」


(アヤカとユウカは大丈夫、ティネアがちょっと心配、ナナセがやばいくらい緊張してるけど大丈夫かな。自分から積極的に表舞台に立とうとしないのは、もしかしてこれが理由なのかもしれないな)


 そんな考えをグリフィスがしていると目の前の扉がゆっくりと開かれる。

 床には赤色の絨毯が敷かれ所々煌びやかな刺繍まである、そして誰かがナナセ達の口上を述べているが、本人の目や耳にそれらが届く事は無い。

 今ナナセの頭にあるのは、「面を上げよ」の言葉を聞くまでのプロセスが繰り返し頭の中で再生されてるだけだ。


 グリフィスさんが進んだらオレも後を追うように進む………止まった! ここで片膝を付いて頭を下げて待機。

 次に王様の「面を上げよ」が聞こえたら顔を上げる。


「久しいなグリフィス、皆、面を上げよ」


 この人が王様、銀髪で年齢的に30半ばから後半で、声も渋く穏やかでありながらどこか重みがある。

 体格はマントに隠れてよく見えないが、胴回りがほっそりしている所を見ると全体的にすらっとした体型なんだろうな。


「遠路でありながらよく来てくれた」


「陛下にお呼び頂ければ何処へだろうと駆けつけます」


 王様とグリフィスさんの会話を聞き逃すな、いつこっちに話題が飛んでくるか分からないんだ、会話の意味と視線を常に警戒しろ。


「そして後ろの冒険者がAAランクのブラッドオーガを倒した【討ち滅ぼす者アナイアレイター】か、確かナナセと言ったな。まだ若い身でありながら、よくぞ凶悪な魔物を倒してくれた、礼を言うぞ」


「はっ、ありがとうございます」


「実はその事で話をしたくてな、一体どの様にあの魔物を倒したのだ?」


「どの様に…ですか。正直に申し上げますと、あの戦いはほぼ私が負けていた様な物なのです」


「ほう、それは何故だ?」


「最初の一撃は敢えてゆっくりと近付き攻撃を当てたのですが。それ以降は中々強い攻撃を当てられず、相手の岩の礫を使った広範囲攻撃に手を焼き、少しずつ負傷していく状態でした」


「なんと……それほど苦戦を強いられる戦いであったのか」


「戦っている途中で分かったのはステータスの内、俊敏性以外の数値は恐らく相手が高かったという事。その証拠に時間を掛けただけ私の負傷が増えましたので」


「成程、そこで仲間達の援護を得て仕留める事が出来たのだな?」


「申し訳ありませんがそうではありません。あの時私は、仲間が援護に入る前に決着を付けなければと思ったのです」


「何!? それだけ押されているのにもかかわらず、一人で倒そうと決心したのか! 一体何故!」


 まさかの発言に王は立ち上がり驚く。

 何せ普通の考えとはまったく逆の行動だったからだ、一人で勝てない相手だからこそ普通は援護を求める所を、逆に1人で倒す決心をするなど狂気の沙汰でしかないと思ったからだ。


「狙われれば、3人共あの礫の攻撃を避けきれませんし、もし当たれば確実に死ぬ程の攻撃だと判断したからです。だから援護に来る前に最後の賭けにでました」


「最後の賭けとは?」


「我が身を晒し、止めの一撃を誘う賭けです」


 この言葉を聞いていた王は勿論、隣に居る王妃、王子、王女、果てはナナセ達の両脇を固める、近衛騎士達までも全てがナナセに恐怖した。


「そ……それで、どうなったのだ」


「最初にゆっくりと近付いた事が相手のプライドを傷付けたのか、誘いに釣られました。そして目の前で棍棒を振り上げ、思いきり私の左側から殴り飛ばしました」


「ま…待て! 待ってくれ! ナナセよ、お前はブラッドオーガの一撃をその身に受けたのか!?」


「はい」


「その時……強固な鎧を着ていたのか?」


「いいえ、この状態です」


 この発言に周りは凍りつく。

 鎧も無しにブラッドオーガの一撃を受けるなど死でしかない、それを目の前の男はやったと言うのだ。


「では……一撃を受けたにもかかわらず、何故無事だったのか聞いてもよいか?」


「簡単な話です。攻撃が当たった瞬間、その進行方向に自分から全力で飛べばいいのです。そうすれば左腕こそ破壊されますが、それだけで済みます、後は飛ばされながらポーションを使えば、ある程度は回復しますから」


(断じて簡単なものでは無い、戦いを知らぬ私とて、それがどれ程難しいかくらいは分かる。それをこの男はやってのけた………なんと恐ろしい事を)


「……その後はどうなったのだ?」


「飛ばされた先で全力で踏み込み、全身全霊を持って背後からブラッドオーガの首に攻撃を仕掛け、戦いを終わらせました」


 この戦いの内容を聞いた多くの者が思った。

 この男はこと戦いに置いては狂っている、日常的な会話は出来るが、戦いで追い詰められると普段隠れている狂気的な部分が出ると。

 しかしナナセに至っては自分の事をそう思ってはいなかった、攻撃が見えて、タイミングが取れるからやった程度にしか感じてなかった。

 そしてこの事でとある人物の興味がナナセに湧き上がった。


「ナナセと言いましたね? 実際に貴方の実力が見たくなりました。私と是非一度剣を交えて頂きたいですわ」


 まさかのドレスを身に纏う王女から、模擬戦の申し込みをされたのだった。

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