第52話 母の女の友情を終わらせた私3
あれは小学校二年生くらいのことだ。
夏休みのある日、母は私たち兄弟を連れて近鉄養老線に乗り、三重県の海岸近くの民宿に向かっていた。
冬に温泉に行って以来の子連れの泊りがけ女子会である。
そこには母の大学時代の友人二人とその息子たちがすでに到着、私たち親子を待っているようだ。
母は大学時代の旧友と、弟は仲良くなった遊び仲間たちとの再会を楽しみにしてたようだが、私だけは奴らに何をされるか分からないから不安だった。
果たして民宿に着くと母の友人二人とその息子たちが出迎えてくれたが、ガキどもは我々を指さして何やら爆笑しており、その指しているのが私であることは言うまでもない。
夏に海と言えば海水浴場だ。
我々は海水浴場へ行き、そこでスイカ割りをやったのだが、ここでも早速不愉快なことが起こる。
私がまずスイカ割りをやったんだが、うるさくてムカつくのである。
あの二組の兄弟どものヤジが。
「オラ!へたくそ!」
「うしろ!うしろ!縦!縦!」
「ばーか!ばーか!やめちまえ!」
「これ!そんなこと言うたらかん!」
「やめときんさい!」
二人の母親も注意していたが、まるで効き目はない。
「オメーじゃ無理だわ、ばーか!」
「はよ決めろよ!イラつくんだて!」
おい、太ったおばさんとノッポのおばさんよ。
お前らんとこのバカ息子どもなんとかしろよ、どういうしつけしてんだ?
「やめときんさい」とか注意してっけど、ヤジやめねえぞ。
本気でそう思った。
しつけの悪さもあるんだろうが、あの年齢で母親の注意聞かないって、奴らは後年どんな人間になっていたんだろう?
夜は海岸で花火をやったが、ここでもちとイラっときたことがあった。
幼少の時の私は花火も好きだが、たき火も好きである。
火薬を使い切った花火を燃やそうとすると、「危ない危ない」とか言って消しやがるのである。
ノッポのオバハンが。
あの一番背の高い野郎の母親である。
親子そろって鼻につく奴らだ。
そして夜が明けて朝が来て、一泊二日の予定だったのでこの日は帰る日である。
荷物をまとめて新しいシャツに着替えて、帰る直前かなんかだったと思う。
事件が起きた。
どうでもいいことは幼児期のことでもよく覚えている私だが、それが起きた原因などの細かいことまでは記憶していない。
だが、あの時のあの瞬間とそれからしばらくのことはよく覚えている。
あの二組の兄弟のうち一番背の高い奴と私が、我々三組の親子が宿泊した大部屋で二人っきりになった時、何らかの原因でけんかになった。
おそらく背の高い奴が私に何かやって、私が怒ってやり返したからだと思う。
私は精いっぱい戦ったが、何せ私は体が小さく、戦闘には不向きな身体をしている。
体が大きい相手に瞬く間に圧倒されて泣かされてしまった。
勝負あった。
かに、見えた。
だが、小学校低学年時の私のケンカは泣かされた後に始まる。
私は部屋にあったガラス製の灰皿でそいつの弁慶の泣き所を強打。
「ぐぎゃああ!」と聞いたことない悲鳴を上げて足を押さえてうずくまったそいつの頭に灰皿をたたきつける。
「ぎゃあおおおおう!!」
これまた学校でも近所でも聞いたことない泣き声を発する野郎に二発目、三発目をお見舞いしてた時に、「やめんさい!」とぽっちゃりのおばさんに邪魔された。
「なんでケンカするん?ちょっと!やめときって!」
なおも追い打ちをかけようとする私だったがぽっちゃりに阻止され、灰皿を取り上げられる。
やがて野郎の母親のノッポとその他の子供たち、うちの母親と弟も部屋にやって来た。
片手で頭を押さえた野郎はもう片方の手でノッポの母親にしがみつき、おんおん泣いている。
私の逆転勝利である。
「あ!ちょっと、血い出とる!」
「あああ、あかんあかん。救急車呼んだらな!」
血を見て母親たちはパニックになり、子供たちは呆然とし、「なんでアンタこんなことすんのや!!」と私の母親は私に怒り心頭だ。
ノッポの母親も私に「なんてことすんの!」というような目を向け、それは私の母親にも向けられたようだ。
私はその時子供なりに、このノッポの息子はこれまで自分に対して数々の迫害を加えており、今回この反撃に至った理由はこれまでの忍従が限界に達したこと、かつこの度の自分への執拗かつ理不尽な暴行への正当な反撃であることを母親たちに主張した。
だが母親は一切私の言い分を聞かず、「男やったら、ケンカで道具つかったらあかん!」と私をビンタしやがった。
女であるアンタに男のケンカの何がわかる?
男のケンカってのはな、勝つためなら何してもいいんだよ。
私は心の中でそう思ったが、ムカつく野郎を文字通り血祭りにあげたことで、母親に殴られても心は晴れやかで勝ち誇っていた。
その後、ウチの母親は泣き続けるノッポ野郎に「ごめんね、痛かった?」と気を使ってはいたが、その時ノッポの母親がウチの母親を突き返したのを目撃。
自分の息子を血が出るまで殴った子供の母親を許さなかったようだ。
ウチの母親とノッポの母親との関係が微妙になったのを私は悟った。
それからノッポ野郎は自分の母親とぽっちゃり親子とともに病院へ行き、我々母子だけが電車で帰った記憶があるが、母親たちの女子会はこれで最後になったのは確かだ。
あれから一度もあのノッポとぽっちゃりの母子に会っていないのだから。
母親の大学時代の無二の親友はこうして失われてしまったとみられる。
あれから何十年も経ち、老いた母親にその話をすると「忘れた」とか言ってるが、絶対に覚えていて思い出したくない思い出であるはずだ。
子供だったとはいえ母やあの野郎に悪いことをした…、と今の私が思っていると思うか?
思うわけない。
もっとやっときゃよかったとすら思っている。
あの勝利は私の人生の中でも数少ない栄光の記憶であり、いまだにあの時の灰皿から伝わった一撃一撃を覚えており、思い出すと笑みがこぼれるのだから。
自分たちの友情を子供たちも当然受け継ぐとは限んないんだよ、オバハンたち。
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