第6話 永遠に顔を見ることができない我が子へ 父より
私が結婚とは全く縁がなかったばっかりに、この世に生まれることのなかった我が息子あるいは娘よ。
お前がどう思ったかは分からないが、私はそれでよかったと信じている。
この世に生まれることが幸せだとは限らない。
この世に生まれる不幸もあるのだ。
特に私のような男の子供として生まれるのは非常に不幸なことであったことだろう。
自分一人を養うのに精いっぱいな私の子であるおかげで、みじめでひもじい生活を送らせたであろうからだけではない。
ADHDという障害を持ったこの使い勝手の悪い頭と体で生きる苦痛をお前にも味わわせる可能性があったからだ。
味わわない可能性もあったかもしれないが、どちらかと言えば少ないその可能性に賭けることはしたくなかった。
お前はきっとこの世に生み出された不幸を呪い、生まれながらに終生続く罰を与えた私を恨んだことだろう。
この私が両親にしたように。
私が生まれた頃よりはるかに厳しく生きづらくなるであろうこの世の中に、子孫を残そうという生物の本能に忠実に従ってお前を放り出すことがなくてよかった。
そうでなかったならば、きっと私以上に苦しみ、憎悪に満ちた生涯を送ることになっていたはずだ。
そんな不幸を抱えて生きるくらいならば、いっそ生まれない方がいい。
私の都合でお前にこの世の地獄を味わわせることがなかったことはよいことだ。
これは私の親心だ。
最もいとおしい存在であるお前がいたら私は今よりはるかに幸福であっただろう。
だが、私の幸福のためにお前が不幸な生を強いられるならば、今のままお前のいない不幸でよい。
お前をこの世に生み出した父親にならなかったこと、それがこの世で唯一できるお前への私の親心なのだ。
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