2-1-2『逆天竜魔神王ファロゥマディンさま、ヴィヴィアン姫の想いを、愛を!受け取って下さいまし!!!』

「えぇい、姫様プリンチピッサから離れろ、この不埒者め!」

 豪華な紋様が描かれた大盾を構えたビキニアーマー頭部と胸部と腰部と四肢のみの鎧の中性的で端正かつ精悍な顔立ちの女勇者が、倒れたままの心牙たちの前で急停止して声を荒げる。

 その頭上には『Picchioonenピッキオーネン Lv.42』『Cavaliere』の表示が舞っている。

 その女勇者のビキニアーマーはV字アンテナを模した兜飾りといい、緑と白と赤のトリコロールカラーといい、特徴的な背部の翼状スラスターユニットや大型腰部スラスターといい、どう見ても心牙も昔好きだったロボットアニメ「機動新騎兵ガンドゥム11ダブルワン」の主役メカ「フェニーチェ・ガンドゥム」を模したものであった。

 そのガンドゥムモドキは盾を構えたまま、長柄の先端に光る刃を備えたビームハルバードを心牙に突き付ける。

「待て、何のことだ?」

「トボけるか、貴様ッ!? 自分の右手に聞いてみろ!」

 右手、と言われて心牙はハッとした。

 心牙の右手の中にあったもの。柔らかく、温かく、僅かにしっとりとしたそれは

「うおあ!」

 金髪縦ロール女勇者の乳房であった。

 咄嗟に庇った際に押し倒すような形になってしまい、そのまま彼女の左胸を掴んでいたのだ。

「ち、ちがっ!これは誤解だ!」

 心牙は慌てて飛び起きた。

「なんと羨ま…否!破廉恥なッ」

(こいつ今なんて言った?)

「あらまぁ、ピッキオーネンさん、貴女また早とちりしていませんこと?」

 金髪縦ロールの美少女勇者が服飾型アバターアーマーのほこりを払いながら立ち上がる。

「いえ、姫様プリンチピッサ。わたくしめは姫様プリンチピッサに狼藉を働こうとする不埒者を成敗しようとしたまでにございます」

 そう言ってピッキオーネンと呼ばれたガンドゥム風ビキニアーマーの女勇者は更に強くビームハルバードを心牙に突き付ける。

「あらあらそれはそれは、右手を切り落としてしまわねばなりませんね〜」

 物騒なことを言いながらもにこやかな笑顔で姫様プリンチピッサと呼ばれている金髪縦ロール女勇者の背後から再び星型の鍔の日本刀を持つ半透明の忍者が飛び出し、心牙にその切っ先を向ける。

「……オレは喧嘩を買うつもりはないからな?」

 心牙は両手を上げて後退りをし抵抗の意思が無いことを示しつつ、隙を突いて逃げるつもりで拳銃型の武装「第六の鍵・ヴォルヴァンガンド」を顕現させる準備をした時

「おぉ、我が勇者ああああよ。英雄色を好むと言うが、汝が好むは血の色か?善き善き。汝が紡ぐ伝説に相応しき供物であるな」

 それまでジョージアがばら撒いた映像を目を輝かせて食い入るように見ていたファロゥマディンが、事態に気付いて何か見当違いのことを宣いだした。

「我が相応しき戦いの場を捧げよう。しばし待つが善き」

 ファロゥマディンは決闘用のクエストを作成・申請しているようで、黒い白目と金の瞳を忙しなく動かしている。それを察したか、金髪縦ロールが軽く右手を挙げると、半透明の忍者が瞬時にビキニアーマーの背後に廻り込み、その刀を突き立てる。

「おっご!」

 腹から刀を生やしたビキニアーマーが、やや間抜けな声を出し白目を剥いて倒れる。心牙が思わずそちらに目をやり、観察すると痙攣はしているものの正常に呼吸をしているのを確認出来た。どうやら気絶しただけらしい。

 突然のことに心牙もファロゥマディンも驚いて一瞬固まった。

「数々の非礼・御無礼、お許し下さいませ!」

 金髪縦ロールがその豊かな金髪縦ロールを大きく揺らして心牙とファロゥマディンに深々と頭を下げた。

「わたくし、ギルド『魔法少女連合』のギルドマスター、ヴィヴィアン姫と申しますわ。本日は本当はお話をするために伺いましたの!」

 日本刀型の神器が、無抵抗を示すかのようにカラリカラカラ音を立てて転がる。

 ヴィヴィアン姫の態度に心牙も敵意を感じられないから、警戒を解いて話を聞くことにした。


 ヴィヴィアンの話を要約するとこうだ。

 ジョージアは心牙に負けたあと、ギルド「魔法少女連合」から脱退したこと、どのような手段かでステータス上の性別を偽り女性勇者のみのギルド「魔法少女連合」に加入していたこと、映像をばら撒いたのは脱退の後ではあるが、それまでに「魔法少女連合」の名で油断させて自治という名の多数の祷り手プレイヤー殺しキルをしていたこと、これらをギルドマスターとして重くみたヴィヴィアン姫は被害者やその関係者に謝罪して周っており場合によっては補填を行っているのだという。

「謝罪と補填を行うのに、俺を攻撃する必要あったのか?」

 心牙は怪訝な顔で左隣に座っているヴィヴィアンに尋ねた。いきなり斬り掛かられるわミサイルを撃ち込まれるわ、散々な扱いを受けたので当然である。

 今三人と一柱はあらゆるものが黄金で構成されたカフェ「エル・ドラド」の四人がけ用テーブルに揃って座っている。心牙の右隣(を本人が希望した)にはファロゥマディン、左隣にヴィヴィアン、正面に心牙とファロゥマディンを交互に睨みつけるビキニアーマー女勇者――名をピッキオーネンといい、「魔法少女連合」の副ギルドマスターで自称ヴィヴィアン姫様の騎士カヴァリエーレ――が座っている。因みにピッキオーネンの襲撃は完全にピッキオーネン自身の勘違いらしい。

 ヴィヴィアン姫が紅茶を一口飲んでから口を開いた。

「補填をするにしても勇者ポイントの直接の交換は禁止されておりますのでこちらでクエストの発行を行い、それをクリアして貰わなけれはなりません。よってクエストをクリア出来るだけの実力があるかを確かめさせて頂きましたわ。」

「それを保証するものって何かある?」

 やや疑心暗鬼に陥っている心牙が半分ほど猜疑に満ちた目で再び問う。

「では、わたくしたちの神器についてお教えしましょう」

 ヴィヴィアンが背中から星型の鍔の日本刀神器を取り出して、机の上に無造作に置いた。大太刀と呼ばれる形式のその日本刀は、一目見た心牙も惚れ惚れするような美しさと置いただけで黄金の机を両断してしまいそうな鋭さを併せ持つ名刀であった。

「わたくしの神器は変幻の神器「ソハヤノホシマル」。本来は刀そのものが炎や鳥に変化して敵を討つとされていますけども、英国人であるわたくしが選ばれたことで、「わたくしの意思で自在に動く人影」と共に飛び回り敵を討つものに変化致しておりますわ」

 ヴィヴィアンの説明と共に現れた半透明の忍者風の人影が、ソハヤノホシマルを掴み演舞を舞う。

 PvPが可能な勇者ゲームにおいて神器の名や性能を明かすことは、自身の手の内を明かすことと同義だ。だから、他の勇者に信用して欲しい場合や正々堂々とした決闘の時に神器を明かすのが通例であった。

「ピッキオーネンさん?」

 ヴィヴィアンが促すように、視線をピッキオーネンに向けた。同時にソハヤノホシマルの切っ先もピッキオーネンに向けられる。

 やや渋々と言った雰囲気を醸し出しながら、ピッキオーネンは口を開いた。

「私の神器は、加護の神器「アンキーレイ」。本体はこの盾さ」

 しずくを逆さにしたような形状の半身を覆う程大きな盾を掲げ、ピッキオーネンがどこか誇らしげに胸を張る。

「えぇと、その鎧の装飾とかって神器の機能? フェニーチェ・ガンドゥムだよな、それ」

 心牙は個人的にとても気になっていた部分を聞いた。簡略化されてはいるがフェニーチェ・ガンドゥムの特徴的な背部の翼を模したスラスターユニットや腰部大型スラスター、肩部の小型ミサイルランチャー、ビームハルバードなどの武装がほぼ完璧に再現されていたからである。

 そしてそれを聞いたピッキオーネンはあからさまに瞳を輝かせていた。

「流石は日本人ジャポネ!私の鎧がフェニーチェを模したと気付くとはね!」

「やっぱり?てか、勇者ネームも11ダブルワンの主人公からだよな?」

「そう!ピッキオーネン・アッカネンが由来さ!」

「面白いよなー、11ダブルワン

「あぁ!祖国でも多いに盛り上がったさ!最終回は大人たちが会社を休んでまで視聴していた程だし」

「俺は量産機のジームが好きなんだ」

「は?量産機ぃ?」

「は?アスカ隊長率いるジーム部隊5機が死闘の末にフェニーチェ撃墜したシーンは名シーンだろ?」

「名シーンはフェニーチェリベルタがジーム22機相手に無双したシーンでは?」

 ヒートアップした両者は黄金の机に身を乗り出して今にも頭突きをする勢いで睨み合う。

 二人が今にも殴り合いに発展しようとした時、両者の丁度中間を、空間ごと切り裂く勢いでソハヤノホシマルが下から上へ両断した。

 肝を冷やしたところでヴィヴィアンの咳払いを受けた二人は大人しく席に着く。

「これで信用に値しまして?」

「……まぁ悪い奴じゃないことは分かった」

 心牙はどちらかと言えばピッキオーネンよりも柔和な笑顔で刀を振り回すヴィヴィアンのほうが信用ならないしはっきり言って怖かった。

「もう一つ質問いいかな?」

「なんでしょうか?」

 心牙は今も会話には興味がないとばかりに寝ているかのように薄目で動きを止めているファロゥマディンに一度視線を送ったあとに告げる。

「ヴィヴィアン姫はなんでファロゥマディンに興味があるんだ?」

 ヴィヴィアンは心牙に向かって話す時以外はずっとファロゥマディンを見つめていた。本当に用があるのは心牙ではなく、ファロゥマディンのほうなのではないかと心牙は疑ったのだ。

 最も心牙が心配しているのはそこだった。ファロゥマディンに用があって心牙を利用している相手など信用に値するわけがない。

 心牙の意図を察したのか、一呼吸置いてからヴィヴィアンが話始める。

「……わたくしとピッキオーネンは一度ファロゥマディンさまの開催したクエストに参加したことが有りまして。お恥ずかしながら、完敗ゲームオーバーしてしまいましたの。わたくし、当初は悔しいと思って枕を涙で濡らしたりもしておりましたけども」

 ヴィヴィアンはそこでほぅと小さく溜息を付き、紅茶を一気に呑み干し、急に立ち上がってファロゥマディンのすぐ隣まで歩いたかと思えば、跪いて手を組みファロゥマディンを仰ぎ見る。

「わたくし、気付いてしまったのです!ファロゥマディンさまをお慕いしている自分に!」

 その瞳は恋する乙女の輝きで満ち溢れ、その口から溢れる吐息は微熱を帯びて愛を謳い、その手の温もりは更なる温もりを求めて虚空に彷徨う。

「逆天竜魔神王ファロゥマディンさま、ヴィヴィアン姫の想いを、愛を!受け取って下さいまし!!!」

「「えぇーっ!?」」

 心牙とピッキオーネンが驚きの声を腹から喉から口から発する。それまで薄目だったファロゥマディンも驚いたのか、目を見開いて「魔王に恋した」とのたまいだしたお姫様を見つめた。皮肉にもそれがヴィヴィアンとファロゥマディンが初めて目を合わせた瞬間であった。

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