1-5-3「あの夕陽に誓う」
「人理にして道理、
「切っていいか?」
その声を聞いた瞬間にふつふつと不快感が湧き上がった心牙は、衝動的にスマホを地面に叩き付ける寸前で、冷静になった。自分を褒めたいくらいだった。スマホを破壊したところで、この声が止むかどうかも怪しい。
「チミのファーザーだよ〜、落ち着いて勇者くん!Relax、りらぁ〜っくす」
「お前の声が落ち着かない。手短に用件を言え」
「ワタシの声を聞いてイライラするなんてチミくらいだYo!いつだったかヨシュアくんなんかは感動し過ぎて卒倒しちゃって大変だったのになぁ〜」
人によってはセクシーで大胆でそれでいてチャーミングかつキュートで素敵な声に聞こえるそうだが、心牙にとってはその声は不愉快不快かつ軽薄酷薄で薄っぺらくて頭痛の原因になるものだった。
「凍結されたポイントは半分はチミに、もう半分はファロゥマディンに戻したよ。あと、チミに対する制限は特例でほぼ解除しておいたよ。名前は固定だけど」
唯一神は意外と素直に心牙の要求に応えて要点を述べた。
「ファロゥマディンの処遇については?」
「おや?チミがそれ気にするんだ!?査問会で特に問題なしと判断されたので先程開放されたYo!というか、チミ今会ったんじゃないの???」
「向こうは俺を認識して無かったけどな」
ファロゥマディンは心牙と「勇者ああああ」を結び付けることが出来なかったが、
「ところで」
軽薄だったヤハウェイの声が突然重くなった。光り輝く笑顔はそのままで。
「双子ちゃんを勇者にする件、考えてくれたかな?」
頭の中でオーケストラが演奏をしているかのような、荘厳で偉大な声が何重にも響き渡る。ボクサーのパンチがクリーンヒットしたかのような衝撃が、心牙の脳を幾度も揺さぶる。
「誰が何と言おうが、脅されようが、絶対に嫌だ!」
頭を抱えて思わずふらつきながら、心牙は心の底から拒絶した。
「お前んとこの狂犬も、俺を殺して妹を勇者にする算段なんだろ!?」
「ジョージアくんについては
軽い口調が頭の中を山彦のように反響して暴れ回る。
「俺は、負けない……!絶対にだ!」
冷や汗を垂らしながら、心牙は強く気高く拒絶の意思を示す。
「いいね〜Good!FightだBrother!頑張れお兄ちゃん!ワタシは人間の、勇者の意思を尊重するヨン!」
そうして一方的な通信は、やはり一方的に打ち切られた。
声が毒のように脳内を跳ね回る不快感に耐えながら、心牙はふらつく足取りで図書館内に戻り、トイレの洗面台で顔を洗う。冷たい水が顔に触れる度、不快感が薄れていくように感じた。
心牙は鏡で自分の顔色を確認する。目元まで覆う前髪を右手でかき上げ、額に刻まれたバツの字型の焼き印を見る。心牙の目にはその焼き印はまだ熱く焼け爛れているように見えた。
「俺が負ければ、雛凪と雛泰は勇者になる。それは、ダメだ。」
自分に言い聞かせるように、心牙は独り言ちる。
我道家の双子は天才である。勇者になれば間違いなく絶大な戦果を挙げ、多くの人を不幸から救うだろう。心牙にはその確信がある。
でも、だからと言って、時に命懸けの危険な役割に、幼い妹を差し出すバカが何処にいるのだろう。少なくとも俺はそんなバカではないと心牙は自分に言い聞かせる。
もう一度水で顔を洗い、手で水を口に含んでうがいをし、どうにか落ち着くことが出来た心牙。
そのままトイレから出ようとした時、
「アウチッ」
「うわっ」
心牙の顎下ほどの背丈の誰かとぶつかった。同時にぶつかった誰かが抱えていたらしい過去の新聞の束がばらばらと床に散らばる
「オー、スミマセン」
「あ、いやこちらこそ」
短いストロベリーブロンドの髪をした中性的な容姿で
心牙はぶつかったせいで落ちて床に散らばった過去の新聞の束を数部拾って彼に渡した。
「アリガトゴザイマス!」
「いや、ぶつかったの俺だし、いいよ」
片言の日本語だが満面の笑みで礼を言う男子に心牙も思わずにこりと微笑み返す。
「ソノ顔ガ、イイデスヨ。サッキノアナタ、トテモ暗イクラーイ。ヨクナイ」
男子はやはり満面の笑みで親指をグッと立てて
「……くよくよしてても仕方ないってことだよな!」
男子の笑顔に勇気を貰った心牙は少しだけ心が晴れやかになった。
そのまま双子が待つ席まで向かう……前に少し迂回してゆっくり静かに双子の後ろから近づく。幸い双子はそのまま神話関係の本を普通に読んでおり、心牙に気付いている様子はない。
心牙はゆっくり静かに双子の真後ろまで近づくと脅かしてやろうとそっと二人の肩に触れようとするが、双子はその寸前で心牙の手首を掴んだ。
「バレてるよ!ねー」
「……ねー」
心牙の苦労を何も知らない双子は、純粋な笑顔を心牙に向ける。この笑顔を守るためなら、心牙は何だって出来そうな気がした。自分の命など惜しくはなかった。心牙もまた、双子に笑顔を向ける。
「……兄ちゃんに勝とうなんて6年早いぜ!」
双子の手を振り解き、その丁度いい位置にある頭を、母に似た烏の濡羽色の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。
「ゃめ……」
「くすぐったいー!」
双子の髪の感触が心を洗い流すように感じて、心牙は数十秒程髪を触っていた。
その後、双子の気が済むまで一時間ほど図書館で本を読み漁り、三人は揃って帰宅することにした。
ビル群に消えゆく黄昏色の夕陽の中を、兄妹三人で手を繋いて歩く。兄が真ん中、右に双子の姉、左に双子の妹、それが定位置だ。
「よし!今日は久々に兄ちゃんが我道家特製カレー作る!」
「えっホント!?」
「ぅれ、しぃ……!」
我道家特製カレーは我道心牙が両親から受け継いだ数少ないものの一つだ。レシピと作り方は今や心牙しか知らない。
「ぼく、特製カレーがいっちばん好き!!!」
「なぎ、も……にぃさまの、かれー、だいすき!」
双子が手を繋いだまま大きく万歳をする。釣られて心牙も小さく万歳をする。精一杯手を伸ばしても心牙の顔までしか届かない小さな双つの手のひらが、黄昏色の夕陽と重なった。
自身が契約したレイガルダインが発する劫火よりも、色濃く尊いあの夕陽に誓う。この
黄昏色に染まるビル群の屋上の一角に、ジョージアは辿り着いた。生身でも魔法を使えるジョージアは営業中のオフィスビルを堂々と駆け回っても、普通の人間には知覚出来ない。
「主の祝福のあらんことを!」
自身が設定した掛け声と共に、セーラー服風の格好の男子は、魔法少女風の衣装を纏った勇者に変身する。そして先にビルの屋上に来ていた二人の勇者に深々とお辞儀した。
「ありがとうございます!ミカエル姉様、ガブリエル姉様!」
「でぇ、ど〜だったぁ〜?」
あくびを堪えた幼い少女のような間延びした声の主が、宙に浮く大きな石板をベッド代わりにうつ伏せに寝転がったままジョージアに問う。
「はい!リアルのセンパイに会えました!センパイの過去もちょっとだけ分かりましたよ!」
勇者「ガブリエル」の問いかけに、満面の笑みで応えるジョージア。図書館で調べた過去の新聞記事のコピーを広げてみせるが、二人の勇者はそれに興味を示さない。
「ん〜珍しいねぇ〜ジョージアちゃんがぁ〜「運命」に干渉したいなんてぇ〜」
勇者「ガブリエル」が寝転がる石板に刻まれた文字が淡く発光する。その石板は「聖石碑テン・コマンドメンツ」という、主の戒律と人々の運命を刻み続ける神器だ。
「それもまた、アナタの愛なのですね」
「ミカエル姉様」と呼ばれた勇者が、その3mはあろうかという金属質で角張った巨体を歓喜で揺さぶり、両の手を広げた。その巨体に似合わぬ凛として澄み渡る声でそのまま讃美歌を歌い始める。
「でぇ〜もぉ〜、その勇者「ああああ」って、何もしなくても3ヶ月以内に死ぬよぉ〜?」
神器「聖石碑テン・コマンドメンツ」から、タロットカードが一枚飛び出る。そのタロットカードは13番「死神」の正位置だった。死、ゲームオーバー、破滅、そしてバッドエンドを意味するカードだ。
そして空中に静止した死神のカードが淡く発光して一つの映像を映し出す。それは発生率90%の未来。
「悪魔に喰われて地獄に行くよりも、GGちゃんが罪を清めて天国に逝かせるほうがいいに決まってるじゃないですか!」
勇者「ミカエル」の讃美歌をBGMに、ジョージアは恍惚とした、あるいは恋する乙女の表情で勇者ああああのバッドエンドを見つめる。
「勤勉だねぇ〜」
勇者「ガブリエル」はやや呆れたように言った。発生率90%のほぼ確定された未来だ、覆すのは容易ではないのはジョージアも分かっている筈なのに。
「素晴らしい愛です!きっと主もお喜びになるでしょう!」
勇者「ミカエル」はジョージアの言葉に感動したのか、また巨体を震わせて天を仰ぐ。讃美歌の歌声はより一層大きくなった。
「待ってて下さいね、センパイ!GGちゃんが必ず、
三人の勇者の影はそのままオフィスビルと共に暗い夜の帳の中に消えていった。
第一章、完
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