1-5-2『何で、女児服なんだ?』
ジョージアの襲撃を何とか退けた我道心牙は疲れ果てながらもその思考を止めなかった。その思考の内容は、端的に言えば、ジョージアがファロゥマディンを「悪魔」と呼んでいたことが主だ。
(確かに、
ロビーに帰還してもファロゥマディンはおらず、ジャジャミラから治療を受けながら、心牙はそんなことを考えていた。
「治療が終わりましたなー。マナの消費が激しいから、体力の回復には追加ポイントが必要ですなー。」
「体力までは結構です」
いつものセルフチェックをしてみるが、確かに筋肉と脳の疲労を感じる。目立った外傷、特に火傷さえなければいいかと思い、その後は勇者ゲームからログアウトした。
そして帰宅してみれば双子からはへとへとの状態を見抜かれて要らぬ心配をかけてしまった。その反省と心配してくれた礼、そして妹たちのチカラを借りるため、デートに誘うことにする。
我道家の双子は天才である。天才であるが故に兄の心牙は心労が絶えない。自分たちより劣った兄である心牙を純粋に好いてくれているのは分かるし、それが三年前に喪った父性の代替、家族愛であると理解しているつもりだった。だからこそ妹たちの前では頼れる兄でありたかった。
勇者ゲームのことは妹たちには秘密にしているが、流石にこれくらいならいいかと自分を納得させる。
「ファロゥマディン」をネットで調べても何もヒットしないから、図書館で妹たちに調べて貰うのだ。ヤサイマシマシチャーシューマシニンニクカラメナシラーメンを食べて不足していたマナを補い、カフェで双子の好きなチョコパフェとイチゴパフェを奢りご機嫌を取りつつ頭を下げてお願いをした。
ファロゥマディンが語っていた「背理」「不条理」「堕天」のキーワードを元に双子はそのチカラを駆使してあっさりと調べてくれた。
「
心牙がその名を口に出した瞬間、ガラスが割れるような音がして咽返るように濃い柘榴の香りが周囲を支配した。
「迷える子羊よ、哀れなる子犬よ。力ある者の名を軽々に呼ばぬことだ。これは忠告であり、警告である。」
気配に気付いて右に顔を向けてみれば、魔王ファロゥマディンが唐突に現れていた。一見するとぼーっとした感じのすまし顔の無表情で心牙の右隣に突っ立っている。
「お、おま……」
お前どうしてここに?と問おうとしてハッと気付いて慌てて言葉を飲み込む心牙。
双子が目の前にいる。勇者ゲームのことはアルバイトだとして命懸けの危険なものだとは告げていない。何より妹たちに神々の存在を知られたくない。
「「知り合い?」」
雛凪と雛泰が心牙とファロゥマディンを交互に見ながら素朴な疑問を口にする。
双子に見えている、ということは、ファロゥマディンは今肉体を持っているのかと心牙は推察する。高次情報思念体である神々の肉体は、本来は情報と概念、思念の塊であり、物理的な肉体は数割もない。故に普通の人間には知覚すら出来ない。何よりいつも頭についているドラゴンの頭骨だとか背中の骨の翼といったパーツがない。それらのパーツを圧縮することで、超高密度の情報体となり物理的な肉体を得ているのだ。そして――
(何で、女児服なんだ?)
女児服だ。間違いない。双子も数年前まで着ていた、女児向け日曜朝アニメの「ぷりピュア」シリーズのメインキャラクターがプリントされたヴィヴィットパープルとフリルとリボンとキラキラのラメで派手派手なヤツだ。しかもまるで今まで誰か女児が着ていたものを大人サイズに拡大コピーしたかのようにヨダレや泥汚れ、クレヨンで汚れている。その豊満な胸によって布地は不自然に盛り上がり、上に引っ張られて臍が見えており、それをすまし顔の無表情でツララのような長い睫毛のファロゥマディンが着ている。ヴィヴィットパープルと大理石の彫刻のような白い肌の対比が眩しい。
「い、いや、知らない人だ」
女児服に気を取られて思考が飛んでしまった心牙だが、何とか双子の疑問に答えることが出来た。ファロゥマディンの様子を見る限り、「勇者ああああ」と
「あーっと知らない人!外国の人みたいだし、日本の図書館で迷子になったんだよな!?俺が係の人のトコまで案内するよ!?」
とりあえずこの場はまずい、と判断した心牙は何としてでもファロゥマディンを双子から離すことにした。ファロゥマディンのひんやりとした手を掴み、司書がいる方角へ引っ張る。幸い双子のほうはその美貌とは裏腹に汚れた女児服を着ている女を変質者か何かと捉え、兄がその変質者から自分たちを守ろうしていると解釈したらしく、大人しく見守っている。
「否、迷い子とは汝だ。これは警告であり忠告である。」
何やら言っているが、言葉とは裏腹に心牙が手を軽く引いただけでファロゥマディンは素直にそちらの方向に歩き出す。
心牙はそそくさとそのまま手を引いてファロゥマディンを本棚の影へ誘導することに成功した。そして正面に向き直り、問い質す。
「まず、その…なんだその恰好は?」
心牙は言ってしまってから後悔した。他にも聞きたいことは山ほどある筈なのに、女児服が気になって思わず口から洩れてしまったのだ。
「我を敬い我を奉る者の身なりを真似た」
特に表情も変えずにファロゥマディンはあっさり答える。誰か幼い少女がファロゥマディンを信仰したとでも言うのだろうか?疑問は尽きないが今はそれどころではない。
「じゃ、じゃあ次の質問……」
心牙が気を取り直して再び質問をしようとした時、ファロゥマディンが目を見開いた。思わず後退りしそうになる程の情報圧が、心牙を圧倒する。先程まで存在しなかったドラゴンの頭骨や骨の翼が、薄っすらと見え始める。
「地を歩かんとする魚よ、砂を飲まんとする愚か者よ。我を崇めぬ奉らぬ者からの我への問いへの答えは三つまでと心得よ!」
(しっかりカウントしてるのかよ!?)
「迷子か?」の確認でカウント一つ、「何だその服」でカウント一つ、しっかり数えられていた。
何故三つなのかと言う思考を一旦頭の隅に追いやり、最後の問は何が良いかと頭を絞る心牙。いっそのこと自分が「勇者ああああ」であると言ってしまう選択肢も視野に入れつつ、数十秒の思考の末に絞り出した質問は……
「今はタローマティはファロゥマディンと呼ばれてい…ますか?」
自分が勇者であるとバレてはマズイと思い、正体バレは無しにした。なので口調も丁寧語に咄嗟に直したから、少し噛んだが、質問の意味は分かる筈だと心牙は自分に言い聞かせる。
数秒の沈黙のあと、ファロゥマディンは「然り」とだけ答えた。
「我を崇め奉るなれば、三つの問いではなく、三つの願いを叶えたるものなれば、如何に」
ファロゥマディンが両の手を広げ、勧誘をする。
「こう見えても俺は元
わざとらしく十字をきってみせる心牙。
その動作を見たファロゥマディンはやはりまるで関心が無いかのような無表情のまま、ふっと消えてしまった。
「……アイツ、
「俺が元
心牙が再び思考を巡らせようとした時、突如スマートフォンの着信音が鳴り響いた。
「え、あ、あれ?」
着信音が鳴るなどあり得ない。何故なら、図書館に入る時にマナーモードにしたから。スグにダメージジーンズのポケットからスマホを取り出し、確認をする。
着信音は脳内で鳴っていた。
(勇者ゲームか!)
スマホの画面には勇者ゲームのアプリ通知を知らせるサインが出ている。スマホの画面にも「発信者・勇者ゲーム運営」と表示されていた。
心牙は咄嗟に本棚から顔を出して双子に少し待つよう伝えてから図書館を出た。傾き始めた太陽が眩しい。
そして軽く深呼吸をしてから電話に出る。
「はい、もしもし。」
『Oh,Yeah!Hello Hello もっしも〜し!元気してた!?』
妙に馴れ馴れしく無駄に陽気で軽薄な声が心牙の脳内に響き渡る。同時に光輝く人型の影が網膜に直接映像として映し出される。その影は心牙にはいつも愉快に笑っているように見える。
かつて我道一家が信仰して、そして両親の死と共に心牙はその信仰を捨てた、
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