1-5-1『ほら、ぼくって天才だから』/『にぃ…さまは、ひなの…ぇぃゅぅだから』

 我道雛凪と我道雛泰は双子の姉妹であり、我道心牙の妹で、今年の春に小学5年生になったばかりだ。

 双子は三年前に殺された両親ですらついぞ完全に見分けがつかない程ソックリの一卵性双生児で、しかして性格や好み――例えば雛凪はイチゴパフェが好きで、雛泰はチョコパフェが好きだとか――はまるで鏡写しのように違っていて、二人とも兄の心牙が大好きである。

 そして、双子は今日、兄の心牙とデートに来ていた。

 デート!しかも昨日、唐突とはいえ珍しく兄から誘ってきたから、あらゆる予定をキャンセルして気合を入れておめかししてデートに挑んでいる。

 双子だからといっても双子コーデではない。基本的に姉の雛凪がフリルとリボン満載のゴスロリチックなコーデとウサ耳にクマの顔、ペンギンの体の縫いぐるみを抱えて髪をツインテールにして可愛らしさを演出し、妹の雛泰がシャツにパーカーを羽織りショートパンツと大きめの防音ヘッドホンで纏めたボーイッシュなコーデを着こなしてポニーテールでキメていた。

 兄の心牙もまた、生え始めた髭を剃り、髪を軽く整え、上下共にそれなりにいいブランドもののシャツとダメージジーンズで彼なりに着飾っていた。兄が自分たちのために仕度してくれている事実が、双子の心を震わせる。

 デートに誘ってきた時の兄は酷くくたびれた様子だったので体調を心配したものだが、元気に仕度しているからその心配は杞憂だったらしい。

「んー!おいしっ!」

 好物の顔程の大きさもあるチョコパフェを頬張りながら、双子の妹のほうである雛泰が満面の笑みを浮かべる。パフェがテーブルに到着してものの数分で既に完食間近の勢いだ。

「お前らよく食えるよな〜」

 心牙がやや呆れたような顔をする。この駅前のカフェに来る前にラーメン屋で「ヤサイマシマシチャーシューマシニンニクカラメナシ」ラーメンを完食した男子高校生が何を言っているんだろうと雛泰は密かに思った。因みに双子はラーメン屋のあとにカフェに寄ると予め言われていたから、小ラーメンにしていた。

「ほら、ぼくって天才だから」

「それ何か関係あんの?」

「糖分は脳のエネルギー源だから、天才のぼくらには必要なんだよ。ねー!」

「……ねー」

 口の周りにベタベタと生クリームとチョコソースを付けたまま、雛泰は歳の割にはやや薄い胸を張る。雛凪もそれににこやかに同調する。

「あーもう、たーぼう!口周り!」

 使い捨てのテーブルナプキンを手に取り、心牙は身を乗り出して雛泰の口周りを拭き上げる。

「へっへー」

「お前、何が嬉しいんだよ…」

 雛泰は兄の心牙や姉の雛凪に構って貰うのが好きだ。その時の視線や行動、意識と意思は全て雛泰個人に注がれるから。

 そんな雛泰を見て、雛凪は内心ややムッと不満を感じる。雛泰への不満そのものにではなく、自身の半身である雛泰に不満を向けた自分自身への怒りが大半だった。

 だから雛凪は、自身も行動に移すことでその怒りを解消することにする。

「にぃ…さま、ぁー…ん…」

 雛泰の口を拭き終わり心牙が席に戻ったタイミングで雛凪は最後まで取って置いた好物であるイチゴパフェの頂上を彩る苺をスプーンで掬い、兄の口元へ差し出す。このために雛凪は周りのほうからチマチマ削って食べていたのだ。

「ん?雛凪、苺好きだろ?」

「にぃ…さまは、の…ぇぃゅぅだから」

 答えになっていない答えだが、「双子」にとって兄が英雄なのは間違いない。何せ両親を殺した炎から自分たちを助け出してくれたのは兄だから。心牙もそれを分かっているから、それなりに納得して有り難く苺を頂戴した。

 心牙の口から引き抜かれたスプーンを、雛凪はさり気なく自身のパフェの生クリームを掬うフリをしてそのまま自身の口に咥え、舌で兄の唾液を舐め取った。

 雛凪は兄と妹の雛泰に施すのが好きだ。施しの最中、自分は兄と妹のために生きているように感じられるし、今みたいに兄や妹のものが手に入るかもしれないから。

 さり気なく間接キスをキメた雛凪を見た雛泰は、その手があったかー、と内心で感心する。

 雛泰は好物は最後に食べるタイプだが、雛凪は最初に食べるタイプな上に爆速で食べて完食間近だから、あーんからの間接キスを狙うのは最早不可能に近い。

 だから、次善策を狙うことにした。

「甘いの飽きた!それちょーだい!」

 兄の答えを待つまでもなく(待ってたら拒否されるから)、兄が飲んでいたコーヒーカップを奪い取り、即座に口を付ける雛泰。

 しかし雛泰は間違いを犯した。まず、ブラックは雛凪と雛泰には早かったこと、ブラックコーヒーはまだ熱かったこと、そして急いでいたため、掴んだカップをそのまま口元に運んだことだ。

「ッッッ!」

 一口含んだ瞬間、そのまま勢いよくコーヒーを吹き出す雛泰。吹き出された熱々のコーヒーは心牙の顔面に直撃した。

「アッチィ!」

 幸い、吹き出したコーヒーが少量だったため、被害は心牙の顔だけで済んだものの、熱々のコーヒーを顔に吹き掛けられた本人はたまったものではない。スグに顔をハンカチで拭い、そのハンカチを雛凪に背中を擦られている雛泰に差し出す。

「……お前、それでも天才か?」

「あれ、怒んないの?」

「カフェだぞ、ここは。うるさくしたら迷惑だろ。説教は帰ったらでいい」

 心牙は雛泰のおでこに左手で軽くチョップをする。とはいえ土曜日の昼過ぎだというのにこの駅前の洒落たこのカフェの席は半分ほどしか埋まっていない。隣駅のほうのイベントに大半の客が向かっているらしかった。それで余計に雛泰の声が響いてしまっているのだが。

 説教、と聞いて雛泰は軽く落ち込んだ。

「ブラック…コーヒー、飲めた、の?」

 縫いぐるみを膝の上に抱えたまま雛凪が問う。雛凪の瞬間記憶能力によれば、3日前のコーヒーには砂糖とミルクを淹れていたから疑問に思ったからだ。

「俺は日々成長するからな。もうスグで大人なんだよ」

 そう言ってブラックコーヒーを飲む手は僅かに震えていた。本当は妹二人に格好付けたくて痩せ我慢しているだけだと双子は見抜いたが、兄の威厳を保つために指摘しなかった。自分も辛いだろうに「立派な兄」で「父親代わり」になろうとしてくれる、そんなところも好きだ。だから兄の心牙は双子にとって「初恋の人(現在進行形)」でもある。

「なんだよお前ら、俺の顔見てニヤニヤして」

「なんでもないよー。ねー!」

「……ねー」

  三人の関係は、運命共同体共依存。兄という歯車で動く長針短針の歯車時計。誰がが劣るでも誰が優るでも無く、三人で一つの懐中時計。悲劇両親の死が作り、幸せが回すゼンマイ時計。


「やっぱり図書館じゃなくてゲーセンにしない?」

「頼み事があるんだって」

「たーちゃん…、めっ。にぃさま、困らせ、ちゃ」

「ふっふー、分かってるよ!とっと済ませちゃおう!」

 雛凪が食べ終わるのを待ってから会計を済ませ(勿論兄の全奢り)、三人で外に出てから雛泰が提案をする。珍しくデートに誘ってきた兄は、デートをする代わりに本当に珍しい「頼み事」をしてきたのだ。

 兄からの頼み事事態が本当に珍しいから双子は本当に嬉しかった。なので二人ともその頼み事を快く引き受けることにしている。

 三人は談笑しながら兄を挟んで並んで歩く。数分も歩けばお目当ての街で一番大きな県立図書館が今回の目的地だ。

「いいか、キーワードは「背理」「不条理」「堕天」だ。」

「完全…一致?」「部分一致?」

「まずは部分一致で頼む」

 図書館にある世界各国の神話に関する本を、専門的な学術書から絵本まで数十冊を机に積み上げ、心牙が「頼み事」の説明をする。

 頼み事は、調べ物だった。本の内容から特定のキーワードと一致する事柄を調べて欲しい、という。

「簡単だよねー」

「……ねー」

 そして双子はそれぞれ自身の一番近くにあった本を無造作に手に取り、パラパラとページを捲り始める。無論ただページを捲っているのではない。内容を高速で読み込んでいるのだ。

 我道家の双子は天才である。

 本をパラパラと捲りつつ特定のキーワードが書かれた項目を探し出すなど造作もないことだった。

 二人共ほぼ同時に一冊目の閲覧を終える。時間にして一分もない。読み込み終えた本は心牙が本棚に戻す。その間も双子は本を読み込む。

「こ、れ?」

 本を戻し終えて机に戻ってきた心牙に、雛凪が『クトゥルフ神話』の項目を広げて指差す。

「あー……、うん、『クトゥルフ神話』は除外で」

 雛凪が指差した項目の内容を読んだ心牙は首を横に振った。

「ぅん」「おっけー」

 そうして徐々に心牙が求めるものを少しずつ範囲を狭めながら調べ上げる。インターネットではなく本なのは、ネットでの検索は検索汚染やコピペ、アフィリエイトブログ記事、ネット小説や漫画などの現代創作に至るまで情報が膨大で、信頼性に欠けるからだ。

「意外と、たい、へん……」

「ねー」

「すまん、後で肩叩きするからさ」

 30分にも満たない時間で既に読み込んだ本は二人共十冊以上、除外した項目は数個。そろそろ女子小学生の体力的に疲れが見え始める双子。だが、双子は諦めない。

 兄の心牙は、兄としての威厳を保つために、妹二人に頼ることはほとんどない。昔からそうだった。兄が小六の時、算数の宿題に大苦戦しているのを見てまだ幼児だった双子が善意で問題を解いてみせたら誰もいないところで独り悔し泣きしていたのを覚えている。

 だから、この機会は滅多にない貴重な経験だと思った。

「そろそろ休憩するか?」

「ん」「もうちょいー」

 もうそろそろ一時間が経とうという頃、双子はほぼ同時に動きを止めた。お互いに顔を見合わせてお互いが開いたページを交互に見やる。

 。提示されたキーワードがすべて一致する項目が、まったく別の本二冊に表記されている。間違いない、これだ。

 二人は再度顔を見合わせて、せーので本を兄に突き出した。

「「これで、どう!?」」

 兄・心牙は神妙な面持ちで二人が提示した項目を見つめる。

聖火ゾロアスタァ教の悪神、背教神タローマティ……」

 心牙がその名を口にした瞬間。双子は柘榴の香りと共にまるでガラスが割れるような音を聞いた気がした。

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