1-4-4「神も悪魔も仏も人も全てを等しく灰にする」

 神器とは本来、神々がその本質を再定義・物質化して生産される神々の決戦兵器である。

 古来より神々は人間の中でも限られた特殊な才能の持ち主に神器を与え、文化圏を拡大させることでその影響力を拡大してきた。

 しかし時代が進むにつれて神秘を忘れゆく人間たちからは特殊な才能もまた消えゆく。特殊な才能無しに神器を扱うことは出来ないから、困り果てた神々は神器に改良を重ね特殊な才能が微々たるものでも使えるようにしていった。

 こうして現在勇者ゲームにおいて使用されている神器は、厳密には第三世代型現代神器と言われる、神器側が認証すれば誰でも使える便利な道具へと至った。適合者の中枢神経との同化による不死性の付与、適合者に合わせた変形機能、アバターアーマーによる身体保護と補助機能、他言語の自動翻訳機能、戦闘技能の自動補助機能、電子機器を介したネットワーク連携機能……どれもかつての神器には無かった機能である。

 第三世代型現代神器最大の特徴は、ソーシャルゲームでいうレアリティの格差がないということだった。基本的にほとんどの神器がSSRクラスの性能を有している。これにより、神器の性能ではなく、勇者本人の力量によってその強さは決まる。

 ただし、


「レーヴァ、テイン?」

 米国生まれ米国育ちの敬虔な聖十字キリヒト教信者たるジョージアにとって、北欧神話の神器など当然聞き覚えがなかった。なので簡易神器エンゼルヘイローを用いて解析を試みる。が、エラーが表示されるばかりで何も分からない。こんなことは今まで無かった。

「最凶最悪?終末神剣?そんなもの、ハッタリですよね!?」

 不安と疑念と僅かな恐怖を押し潰すため、ジョージアは心牙に向けて無数の光の剣を飛ばした。が、黄昏色の炎にあっさりと阻まれる。むしろまるで焚き火に薪を投げ入れたかのように、黄昏色の炎は勢いを増して燃え盛る。

「この黄昏色の炎は、劫火ごうかと言って森羅万象ありとあらゆるもの不条理バグ摂理システムもかき乱して可能性マナに回帰させる効果がある。こういう風に」

 ジョージアが放った巨大な光の剣に向けて、心牙は右手に持った木炭のように黒い歪な鍵の形の短剣をただ無造作に掲げる。

「第一の鍵、ロプトルーン」

 巨大な光の剣が、黄昏色の炎に包まれる。多大な威力を誇ったであろう光の巨大な剣が、風に吹かれた砂像の如く、儚く灰と消える。

「神の御業を否定する悪魔の手先ィッ!」

 ジョージアは激怒した。必ずかの無知蒙昧で悪逆無道なる無神論者に神の教えを説かねばならぬと決意した。ジョージアは聖十字教の教義神の教えが分かる。が、異教徒の教えは分からない。ましてや無神論者に教えなどありはせず、故に死罪と言う名の天罰で以て無神論者をのがせめてもの慈悲だと考える。そうしてジョージアは怒りを憐憫を経由して冷静さに変換した。

 冷静さを取り戻したジョージアは改めて心牙の劫火を観察する。見たところ、あの「劫火」には有効射程がある。そしてその有効射程はそう長くはない。そうジョージアは睨んだ。ならば、有効射程外から攻撃し続ければどうだろう、とジョージアは大きく後ろにジャンプして更に距離をとり、神器アズガノンで地面を叩き、心牙の足元の地面から巨大な光の剣を生やした。

 獲物に飛び掛かる大蛇の如く心牙の心臓を狙って飛び出した光の巨剣はしかして三度劫火を浴びて灰になる。

 劫火は三度光の剣を焼いたが、ジョージアは今度は劫火が光の剣を焼く瞬間を解析していた。精巧に精密に綿密に編み上げられた魔法の術式が乱数滅茶苦茶な値と解を無理矢理当て嵌められて意味をなさなくなり、ただのマナとなりて分解されゆく。そして解析不能な劫火へと変質した。

 否、ジョージアの魔法だけではない。クエスト空間ですらマナに回帰している。ゾンビもゾンビの発生源も劫火で灰になった。――クエスト目標は既に「バトルロワイヤル」、すなわちどちらかの敗北でしか決しないよう変更してあるから、クエストは継続している――今はクエスト空間の自己修復が上回っているが魔法など足元にも及ばない筈の神々の神秘と権能と神妙とを、ただの勇者人間が侵食していた。

「ズルいですよ、センパイ!こんなものを隠してるなんて!」

 最初は驚き恐怖さえしたジョージアだが、冷静になって考えてみれば何てことはない。これほど強力な劫火をここまで隠しておく理由などほとんど決まっている。

「でも、、制御出来てませんよね?」

 ジョージアが指摘した通り、神も悪魔も仏も人も全てを等しく灰にする劫火は、心牙本人にとっても例外なくその身と心を焼いていた。事実、劫火を発動した時から心牙はずっと苦悶の表情を浮かべている。

 心牙のHP可視化された生命力。神器による回復効果が阻害されていないのであれば、劫火は回復効果と拮抗する何らかの継続ダメージを常に心牙自身にも与え続けていることになる。

「俺が思うに、劫火の本質は「否定」だ。人や高次情報思念体が編み出した摂理システム不条理バグも俺が否定する信じないことで存在を維持出来ず崩壊する。だから可能性マナに回帰する。だからレイガルダインを俺を選んだし俺もレイガルダインを受け入れた。俺のレベルが上がらないのも、劫火がゲームシステムに干渉してるからだろう」

「どうしたんですか急に。GGちゃんが聞いても答えてくれなかった癖にお喋りになっちゃって!」

「言霊効果、お前も狙って喋ってたろ」

 この世界は曖昧だ。観測者の意識次第で自然法則は脆く歪む。だから言葉や表情、ジェスチャー等で表現することにより意識に指向性を与えて、狙った効果を確立させることが出来る。武器名や技名をわざわざ口に出すのは単に格好つけるためではない。精神を高揚させるためにも技名や武器名を口に出すことは推奨されていた。

「GGちゃんのお口は聖歌を唄い、主を讃え、主に愛を捧げるためにあるんですけど」

 ジョージアはスペルキャスター呪文詠唱者だが、呪文はほとんど唱えない。彼は「光の剣」「重力操作」など高度に編み込まれた術式を特定の行動と意思で即座に発動するよう訓練を積んでいるからだ。

「だったら今の内に祈りでも捧げたらどうだ?天国に行けるようにさ」

 心牙が挑発と共に右手の鍵剣を大きく薙ぐ。薄ら笑う道化師の口のような三日月型の劫火がジョージアに迫る。

「祈りがお望みなら、祈って差し上げますよ!センパイの安らかなる眠りのためにね!」

 心牙が語った否定のチカラを警戒し迎撃をやめたジョージアは何度目かの大跳躍によって迫る劫火をあっさりと躱す。しかしそれを見越していた心牙は二発目の三日月型の劫火を放つ。本来空中では禄な身動きなど出来ない筈で、ジョージアがよくジャンプすることを看破した連撃だった。

「天にまします我らの主よ」

 本当に祈りの言葉を紡ぎながら、ジョージアは二発目が来ることを予期して、重力操作で自身を素早く落下させて二発目を回避した。

 しかし着地して目の前に迫っていた三発目には流石に肝を冷やした。

「ッッッ!ねがわくば御名を崇めさせたまへッ!」

 重力操作の補助も加えて大きく右にジョージアは飛ぶ。

 戦い慣れしている!悔しさで唇を噛み締めながら、ジョージアは認めるしかなかった。

 思えば最初からそうだ。ジョージアを疑って隙を見せず不意討ちにも即応してみせた。レベル1だからいい鴨だと思われて何度も似たような騙し討や襲撃を受けた結果、対人スキルだけは鍛えられているのだ。

 右に大きく飛んだ着地のタイミングに合わせて四発目が飛来するから、ジョージアは背中に半透明の翼を顕現させ再び空へと飛んだ。しかし今度はただのジャンプではない。

「御国を来たらせたまへ!御心の天成る如く、この地にも成させたまへ!」

 祈りを紡ぎながらジョージアは重力制御の応用で天使さながらに空を自由に飛び回る。半透明の翼は重力制御用のものだ。空を自由に飛べる勇者は少ないから、心牙に対処経験はないと判断したのだ。

 ジョージアの予測通り、心牙はジョージアを睨み付けたまま動きを止めた。ただし、対処不能で困っているというよりは、ジョージアの次の一手を見極めようとしている風に見える。

「我らに罪を犯す者を我らが罰するが如く、我らの敵を滅したまへ!」

 このまま空中で飛び回っていれば、心牙は勝手に自滅するだろう、とジョージアは予測する。しかし、それではジョージアのプライドが許さない。神の敵は必ずやこの手で討たねばならぬ、と使命感が燃えている。

「国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり!」

 故にジョージアが持つ最大火力の一撃で以って天罰とす。

Amennnnnnエイメェェェェェェン!!!!!!」

 断罪の神器アズガノンの先端にマイクロブラックホールが産声をあげる。同時に発生した甚大な重力嵐は周囲の空間を歪ませて大量の光とマナを凝縮、周囲が一瞬夜になる程の光を狭い範囲に集中させ、放つ。質量を持つ程に圧縮された光は槍となって目標とそれを阻むありとあらゆるものを侵食して崩壊させ、光へと還元する。それはまるで天から放たれた裁きの光の槍。主への祈りよって精神集中状態を維持し綿密な術式を何重にも構築して放たれる最大最強の必殺魔法【Divine Punishment神罰】だ。

 主から直々に名を頂戴した、ジョージアにとっての絶対の自信の源でもある裁きの光の槍は、狙い違わず心牙の劫火に直撃する。

 空を引き裂く絶叫にも似た爆音が轟く。弱い勇者であれば跡形も残らぬ神罰と名付けられた一撃は、しかして劫火の前に阻まれていた。否、【Divine Punishment神罰】が僅かに押してはいるが、心牙もまた負けじと鍵剣を両手で支え、踏みとどまっている。

「アハハハッ!案外やるじゃないですか!でも【Divine Punishment神罰】の真価は持続時間の長さですよ!」

 瞬間的な威力だけなら、生成したマイクロブラックホールを直接ぶつけたほうが強い。が、ジョージアはあえてマイクロブラックホールを起点とし、光と重力場を大量に集めて圧縮して放射することで持続時間と威力の両立に成功したのだ。【Divine Punishment神罰】で光に侵食され崩壊・消失していく絶望と悔恨、神への懺悔の色に染まり光を失う眼差しを観るのがジョージアの密やかな愉しみでもあった。

 ところが超圧縮された光の槍を受けて尚ジョージアの祈りと努力と才能を嘲笑うかの如く、劫火は、心牙は、その眼差しの光は健在であった。

「しつこいなぁ!とっとと諦めて下さいよ!」

 数十秒も【Divine Punishment神罰】の照射を受け続けて未だ健在であった勇者など、前代未聞だ。光の槍は確かに劫火を押しているのに、今一歩心牙まで届かない。その事実がその眼差しがジョージアを苛立たせる。

「神器の性能頼りの雑魚勇者め!」

「そうだ、俺が弱いから、レイガルダインを「九つの鍵」とかいう分割状態でしか使えない」

「消えろ消えろ消えろ消えろ!!!」

 浮遊に使っていた魔力まで【Divine Punishment神罰】の維持に回し、地面に降り立って尚ジョージアは照射を続けた。結果的にはそれが自身の首を絞めることになった。

「……俺は、マナの生成が苦手でね。だから、マナが充満しないと第一の鍵はそもそも発現すら出来ないんだ。それは第八の鍵と第九の鍵も同じだ。」

 自身の激情故に心牙の言葉はジョージアには届かず、自身が発している光の槍によって心牙の姿が見えないから、ジョージアは彼の動きに気付けない。

「俺は、お前を「否定」する……!第九の鍵――!!!」

 気が付いた時には既にジョージアは大きく後ろに吹き飛ばされていた。

「……ァッ!……あっ?」

 瞬きほどの時間だけ意識を失っていたジョージアは、左肩に走る激痛で目を覚ます。左肩部分がアバターアーマーごとほぼ抉られるように破壊されていた。既に克服したはずの過去の傷トラウマの痛みが、劫火による影響か、えぐられるように騒ぐようにざわめくように全身を駆け抜ける。

 一体何が起きたのか、ジョージアにはさっぱり分からない。唯一分かったことと言えば……

「【Divine Punishment神罰】が、押し負けた……!?」

 自身の最大最強の必殺魔法が、たかだかレベル1に敗北したという耐え難い事実。

「バカな……!?」

 衝撃に揺れる頭を置いてけぼりにして、反射的に追撃を警戒して投げ出された体が即座に起き上がる。心牙がゆっくりと歩いてこちらに近付いてくるのが見えた。武器は何も持っていないように見える。

 魔力はまだ残っている。隙を突けば一撃を加えることも可能な筈だと爪を研ぎ澄ませ、神器アズガノンを握る右手にも力が入る。利き腕の左手はほぼ機能していないが、右手でも十分にやれる筈だと。

 眼が合った。

 バイザーと前髪に隠れて見えない筈の心牙の眼が確かに見えた。

 彼のアバターアーマーは目元を覆い隠すバイザーを除いて全損しており、全身は黒く焼け焦げたようになっている。彼が言う通り劫火が否定だとしたら、発動からずっと自分自身を否定し続けていることになる。

 何故だ。何故、そんなズタボロの状態で、悲しそうな眼をしている?理解出来ない理解不能イミフ。

 不可解なものを基本的に人間は恐れる。だから、ジョージアは恐怖し、そして勇気の輝きを手放した。

Damn itちくしょう……ッ!」

 最早負け犬の遠吠えにしかならぬ悪態を絞り出し、選択したのは「逃げ」の一手。クエスト目標を「バトルロワイヤル」から「対象の破壊」へ再変更。既に対象の破壊は終えているから、即座にクエストはクリア判定となる。

 クエストクリアのファンファーレを聞く間もなく、ジョージアはクエスト空間から離脱した。


 マイルームに帰還したジョージアはすぐさま、カスタム機能で作った懺悔室に飛び込む。主が遣わして下さった天使機械人形がいつも通りの機械音声で「アナタノ罪ヲ告白シテクダサイ」という。

「GGは……ジョージアは……ジョージィは失敗してしまいました……!我が主の御名において、罪には罰をお与え下さい……」

 跪いて祈りの体勢で己の罪を告白する。屈辱であり恥であり恥辱極まりなかった。

 いつも通りなら、機械人形は「神ノ許シヲ求メ、悔イ改メテ、オ祈リクダサイ」と言う筈だった。

 今回は違った。

『Oh!迷える我が子羊!元気カナ!?』

 そのやけに陽気で自信たっぷりでどこかキュートでありながらチャーミングで誇らしげにセクシーな声を聞いてジョージアは心の底から安堵した。何故ならその声の主は、ジョージアが敬愛し尊敬し愛して崇拝し崇め奉る神そのものだったから。

『ジョージア!チミは何も恐れることはない!何故ならチミの主たるこのワ・タ・シ!人理にして道理、三位一体トリニティにして唯一無二オンリー・ワン、高貴なる天帝にして卑しき奴隷、そしてたった一柱の量産型、みんな大好きヤハウェイ・ヤルタハオトがついているから、ネ↑↑↑』

「おぉ!主よ!!!」

 主直々のお声を耳にお入れしたことにより、ジョージアは絶頂して自ら意識を投げ捨てる。

 床に倒れ込み小刻みに痙攣してありとあらゆる液体をありとあらゆる穴から放出しながら、しかしてジョージアの顔は眠りにつく赤子のように安らかだった。

『Oh,Yeah!そう、何も心配はいらないSA!大いなる計画にはむしろ好都合!チミは存分に愛に生きるのDA!』

 まるでジョージアではない誰かに向かって話かけるように聖十字教唯一神ヤハウェイ・ヤルタハオトは陽気にキュートにチャーミングに告げた。

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