1-4-3『俺の神器は劫火の神器レイガルダイン。その真の名は――』

 勇者ゲームにおいて、PVPプレイヤー同士の対決は違反ではない。

 ポイント制やサポーター制度を導入してから、神々の退屈を紛らわすため、勇者同士の諍いのため、勇者たちは互いのポイントを賭けて奪い合うようになった。

 勇者たちは基本的に勇者に相応しい人物が多いが、所詮は人の子。勇者ポイント欲しさにあるいは恨み妬み嫉妬などから不意討ち騙し討ち闇討ちも日常茶飯よくある事だった。

 死にかけても復活出来るから、まさしくゲームのリトライ感覚、オンライン対戦感覚だった。それは腐敗の温床とも言えた。


 背後からの不意打ちに対して心牙は瞬時に振り向き、第三の鍵・スルトルブランダーで頭上から迫る光と死の刃を防いだ。光の刃と光の刃が激しくぶつかり合い、花火のような火花が散る。

「へぇ、やるじゃないですか」

「こうしてくるだろうって予想してたからな」

 不意打ちを防がれたにも関わらず冷静なジョージアに対して、心牙もまた冷静だった。ジョージアはそのまま巨大な光の刃を力任せに振り抜こうとする。

「お前、一体何者だ!?何が狙いだ!?」

「やだなぁ、センパイ!センパイが何も教えてくれないのに、GGちゃんが教えるわけないじゃないですか!」

 余裕の笑みを浮かべ嘲笑うGGとは裏腹に、心牙にはあまり余裕はない。ジリジリと迫る光と死の刃は、徐々に心牙の頭に近付きつつあったからだ。

「ちっっっくしょぉぉぉ!」

 心牙はあえてスルトルブランダーから左手を離すことで重心を傾けて光の刃を逸らす。勢いあまった光の刃が心牙の左肩に触れる直前、左手に拳銃型の武器「第六の鍵・ヴォルヴァンガンド」を顕現させ、狙いを付ける間もなく即座にトリガーを引いた。

「チッ!」

 驚いたジョージアが即座に後退りしたことで、心牙は光の刃によって左肩を数センチほど斬られるだけで済んだ。頭を割られることに比べたら安い代償だが、ジョージアは右脇腹にヴォルヴァンガンドの銃弾が直撃したものの、魔法少女然とした衣服型のアバターアーマーが僅かに焦げるだけで済んでいる。

「意外と抵抗しますね!GGちゃん、感激しちゃいそうですよ!」

 処刑を愉しむ処刑人の如くニヤニヤとした笑顔に変貌したジョージアが自身の神器を構え直す。

「愉しませてくれそうなお礼に、センパイにい・い・こ・とっ!教えちゃいます!」

 ジョージアは神器を頭上で振り回し始めた。

「GGちゃんの神器は、『断罪の神器』アズガノンです!元は聖ゲオルギウスが振るい、悪竜を撃ち破った神聖なる武器アスカロンなんですよ!罪の重さに応じて一撃の重さが変わるんです!」

「へぇ、そりゃ強そうな神器だな。でも罪の重さで威力が変わるなら、何の罪もない相手は不利じゃないか?」

 左肩の傷を右手で押さえつつ、現状の打開になればと心牙は会話を試みることにした。幸い、アバターアーマーが止血しているから、出血多量で死ぬことはない。そして神器と一体化した勇者は、神器が機能不全に陥らない限りは基本的に徐々に回復する。とはいえ、痛みは基本そのままだ。

「罪の重さっていうのは神の采配なんですよ。そして、GGちゃんは神の御使いとして選ばれた神の代理人にして代行者の勇者なんです!だからGGちゃんの主観で罪のあるなしを決められるんですね!」

 無神論者の心牙にとってはまったく理解不能な主張だった。

「そして!罪の重さっていうのは実はただの比喩表現でして!アズガノン本来の機能は、重力操作なんです!」

 心牙の重量が突如増大した。

 突然地面に引っ張られるかのような、地獄に引き摺り込まれるかのような、猛烈な重力が心牙を地面に縫い付ける。突然のことに思わず膝を付きその場に蹲るような格好となる心牙。うめき声すらも地面に落下していくかのような超重力に囚われてしまった心牙はまともな身動きを封じられる。

「平伏して、罪を悔い改めて、神に赦しを乞いなさい!あ、センパイって無神論者でしたね!神を信じない大罪は、有罪!死刑です!」

 ジョージアの神器アズガノンの光の刃が、処刑用の斧へと変貌する。

「GGちゃんの所属ギルドは、「魔法少女連合」ともう一つ。「Dawn Of GODドーン・オブ・ゴッド(神の夜明け)」です!聞いたことくらいはあるでしょう?」

「確か、唯一神運営に忠誠を誓い、自治と粛清をするギルド、だったか?」

「正解!伊達に2年も勇者やってませんね、センパイ!」

「要注意ギルドとして、有名だからな。自治と神の名の元に運営に反感を持つ勇者を粛清して回る、運営のDOG犬どもだって」

 馬鹿にされたことに苛立ったのか、ジョージアが処刑用の光の斧を心牙の顔スレスレの軌道で叩きつける。心牙の顔上半分を覆うバイザーに傷が入った。

「犬呼ばわりなんて傷付いちゃうなぁ!単に首刎ねるだけじゃなくって、手足切り落としてからにしましょうか!」

 首を切り落とされても勇者ゲームのクエストで勇者が死ぬことはない。が、痛みに耐え兼ねて諦めたりした場合は別である。

「切り落とすんなら、アソコも頼むよ。

 その言葉の意味を理解して瞬時に激昂したジョージアが、無造作に心牙の顎を蹴り上げる。心牙は重力制御によって一瞬だけ、即座に大きくジャンプしたジョージアが踵落としを心牙の背中に叩き込み、そのまま地面に踏み潰す。

「……ッ!!!」

 超重力のストンピングをマトモに受けたことで、肺の中の空気が全て口から血と共に吹き出る。

GG、そういうことを言う人、嫌いです。どうして分かったのですか?」

 そう言うジョージアの顔に感情の色はなく、その瞳は冷酷で冷淡だが、それを心牙が見ることはない。

「俺の、神器は、ちょっと特殊、でね。偽装を、見破れ、るんだ。」

 口の中に充満する鉄と赤の味を噛み締めながら、心牙は言葉を絞り出す。

 その言葉を受けたジョージアは――彼は自身のステータスを確認した。確かに心牙の言の葉の通り、空欄だった筈のジョージアの性別表記は「♂《男》」となっていた。

 アバターアーマーはその名の通りアバターとしても機能するからカスタマイズで外見を偽ることも可能だ。その偽装効果はステータス表記にまで及ぶから生物学上男性が、女性として振る舞うことも出来る。

「……やだなぁ!人の隠しステータスを暴露するなんて、趣味悪いですよ!」

 無表情な顔から一転、またニタニタとした顔に戻したジョージアが、フリル満載のスカートをたくし上げる。スカートの下は白タイツと女性ものの下着であったが、確かに男性特有の膨らみがあった。

「女の、フリをして、まで、俺に、何の、用だ?」

「あはっ!ゾンビが再出現リポップするまでお喋りで時間稼ぎですかぁ?混乱に乗じれば状況を打開出来るかもですね!いいですよ、付きあっちゃいます!」

 やはりバレたか、と心牙は内心で舌打ちする。

 ジョージアが心牙の背中から脚を退かし、わざと脚を広げてしゃがみ込む。心牙の目の前にお稲荷さんが鎮座した。

「センパイを狙った理由でしたよね?簡単ですよ、2年間もレベル1ってだけでも不正の疑いがあるのに、今度は莫大なポイントを一挙獲得でしょ。ファロゥマディンなんて悪魔がサポーターだし、これはもう粛清かなってギルドでなって、GGちゃんが監査に来たカンジですね!そしたら怪物≪モンスター≫倒そうとしないから、これはアウトーってカンジで!」

「何の権限が、あって、そんなことを」

「ギルド「DOG」はですね、勇者ゲームの運営支配者であらせられる唯一神様のみを信仰しているのです!だから少しだけ権限を与えられているのですよ!この簡易神器エンゼルヘイローが正義の証です!」

 そう言って眼鏡のフチを左手人差し指でクイッと上げてみせるジョージア。

「いいのか、手の内を、明かして」

「どうせここでセンパイは死亡ロストするんですから、教えちゃってもいいですよ!助けを呼ぼうにも、ファロゥマディンってのもクエスト介入は不可能ですしね!」

 神々による、自分が管理していないクエストへの介入は基本的にご法度である。仮にファロゥマディンがそれを押し退けて介入する性格であっても、今は査問会で動けない。それも見越してのこのタイミングだった。

「俺が死亡ロストする、と何故分かる?」

 クエスト中の勇者の完全なる死亡ロストの条件は極めてシンプルだ。勇者本人が心折れて諦めればいい。

 勇者復活の鍵は勇者の中枢神経と一体化している神器にある。神器が中枢神経と一体化していることで、神器の『破壊不能』の特性が、勇者本人にも適応されるからだ。しかしそれは神器も同じであり、勇者の心が折れた時、神器もまた破損してしまい、勇者は不死性を失うのだ。

 どれだけの苦痛で諦めるかは勇者個々人によるが……

「ゾンビに生きたまま食われ続けて、いつまで耐えられるんですかぁ?」

 心牙とジョージアの周囲の空間にノイズが現れ始める。一掃された筈のゾンビが再出現リポップし始めたのだ。

「全部、計算尽くか」

 最初のゾンビが完全に再出現リポップする直前に、ジョージアは神器アズガノンを思いっきり振るい、心牙の右腕を肘から分断する。

「ぐぅっ!」

 思わず心牙の口から苦痛の呻き声が飛び出る。

「じゃ、なるべくさっさと諦めて下さいね!待つのは退屈ですから!」

 そう言ってジョージアは高く跳躍し、5階建てビルの屋上へと飛び移った。文字通り高みの見物を決め込むつもりだ。

 再出現リポップしたゾンビたちが僅かに漂う血の匂いに導かれて心牙に集る。如何にレベル1の心牙のアバターアーマーといえど、ゾンビの攻撃程度で破損はしない。が、数が集まりダメージが蓄積されれば話は別だった。

 本能のままに振り下ろされる拳が、ぐらついた歯による噛み付きが、何の知性も理性も理屈もないただの暴力が、心牙のアバターアーマーを少しずつ剝ぎ取っていく。

 アバターアーマーが破壊されれば残るは肉体だ。

 皮膚を引き裂き肉を千切り骨を砕く不気味で恐ろしい咀嚼音がジョージアの耳まで届く。が、ジョージアが期待したような醜い命乞いや断末魔の叫びは無かった。

「あーあ、思ったより呆気ないですねぇ」

 生きながらゾンビに食われても声すら出さないのは、心牙が簡単に諦めたからだとジョージアは考える。それでも念の為、簡易神器エンゼルヘイローを使い、クエスト状況を確認した。

 勇者ゲームの運営たる唯一神ヤハウェイ・ヤルタハオトからその信者へと下賜される簡易神器エンゼルヘイローは、本来不可能である筈のクエストへの介入を可能とする。

 クエストは依然として進行中であり、心牙もまた健在であると表示された。しかし、不思議なことに、心牙のHP数値化された生命力が、「瀕死」から変動しない。

「あれ?」

 ゾンビたちの咀嚼音は依然として響いているのに、回復による増加もダメージによる減少もしない。

「一体何を……」

 ジョージアが確認しようとビルの屋上から覗きこんだ、その時である。

 黄昏色の炎のようなものが火山が噴火するかの如く爆発的に吹き上がった。咄嗟にジョージアは身を翻して黄昏色の炎から逃れる。

「なんとぉ!?」

 只事ではないと察して、ジョージアは状況を確認するために大通りのほうへと着地した。

 哀れかな、黄昏色の炎に呑み込まれたゾンビたちは次々に灰と塵へと分解されていく。

 ゆらゆらと然して轟々と燃え盛る黄昏色の火山の中心には人影が立っていた。

What a fuckどういう!?」

 ジョージアは心牙のみに作用する超重力を解除していない。だから、直立など出来る筈がない。しかし、心牙は確かにそこに立っていた。

 黄昏色の火山の中心で、心牙の姿はまるで自身も黄昏色の炎に焼かれて炭化したかのような歪な影であった。その手にはやはり木炭ように黒い鍵のような形の歪な短剣が握られている。

「お前が教えてくれた礼だ、俺も教えておこう。俺の神器は劫火の神器レイガルダイン。真の名は――」

 黄昏色の炎に抱かれながらも歪な影の瞳がジョージアを睨む。

「真の名は、北欧神話を滅却した最凶最悪の神造兵器、終末神剣レーヴァテインだ!」

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