1-4-1『GGちゃん、センパイに興味あります!』

 その日、いつものように放課後に勇者に変身した心牙は、勇者となって二度目の全体ロビーにきていた。

 ファロゥマディンが付与した数千万単位(ファロゥマディンが保有していた全額)の勇者ポイントにより、レベル80相当に達したからだ。

 全体ロビーは初回30日特典か、レベル2以降の解禁要素だから、約2年間レベル1の心牙には縁のない場所だった。

「そもそもレベル2以降の解禁要素多過ぎじゃね? 勇者ネームもアバターアーマーカスタマイズも何も出来ないじゃないか」

「うむ! その通りである!」

 しかし、総保有ポイント数がレベル80相当になろうと、ステータスにポイントを振ろうと何故か心牙のレベルは1に固定されていた。

 一応、総保有ポイントが規定を上回っているから特例ということで全体ロビーには入れたものの、今までと出来ることがほとんど変わらないのであった。

 心牙には一つだけレベルが上がらない理由に心当たりがあったが、確証がない。

 それどころかそれまで大して変動がなかったポイントが急に増大したことで不正を疑われてファロゥマディンから付与されたポイントのほとんどが一時凍結されてしまった。

 ファロゥマディン本人も同様であり、ポイント付与を連打スパチャ連投して現在保有ポイントが無い上に禱らざるものノンプレイヤーとしては出禁を食らっていることから、不正を疑われて行動制限がついてしまっていた。

 そんなこんなで大量ポイント付与の礼を言うため、ということもあってファロゥマディンを誘って全体ロビーにやってきたものの、愚痴で意気投合している始末。

 二人が今いる場所は人間界のカフェテラスを模した、くつろぎ交流空間の一角「エル・ドラド」だ。あらゆるもの――それこそ、床、柱、天井、テーブルと椅子、観葉植物に至るまでほとんど全てが黄金に輝くこのカフェは、心牙と同じくアバターアーマーを纏った多くの勇者たちと神々で賑わっていた。人気メニューである「黄金林檎100%★りんごジュース」を心牙の勇者ポイントで購入し、心牙とファロゥマディンは二人して飲んでいる。黄金に輝くりんごジュースはりんごジュースにすり下ろしりんごとりんご飴とりんごジャムを混ぜ込んたくらい立派な林檎の味がした。

「なぁ、ファロゥマディン。もう一回聞くけど、なんで俺を推してる?」

 正面に座っている、やはり微かな微笑みを浮かべた竜魔神王に勇者が問う。

「我が勇者よ、我は汝の中の真なる勇気に魅せられたのだ。汝こそ我が勇者に相応しい」

「その……我が勇者っての、やめないか?」

何故なにゆえ? 我が勇者は我が勇者で相違無し」

 心牙は「確か最初に戦ったときに名乗ったはずだけど」と数瞬考える。思えばファロゥマディンは心牙のことをずっと「我が勇者」としか呼んでいなかった。

「俺の名前は我道し」

「おっとそれ以上はやめとくですなー」

 音も無く気配も無くどこからともなくぬっとジャジャミラ・バステットが現れて心牙の名乗りを遮る。

「本当の名前というのはその人間の一部、呪術的に強い意味を持つのですなー。神々に名前を知られるのは、ネットでリアル本名とリアル住所を曝すようなものですなー」

「それは、ヤバイっすね……」

 とても的確な例えに現代っ子の心牙は強く感心した。

「なので、本名には摂理システムからプロテクトが掛けられているのですなー。本名を聞いても忘れてしまうように。ただ、何度も聞いたり強く印象に残るとプロテクトは突破されてしまうのですなー」

「だから、ファロゥマディンは俺の名前を忘れているのか」

 心牙は何となく視線をジャジャミラからファロゥマディンに移す。ファロゥマディンの表情は相も変わらず微笑みを称えたままだが、なんとも強烈に嫌な予感がした。

「我が勇者よ! 真なる名を教えて欲しい!」

「お前何する気だよ!?」

 碌なことにはならないのだろうな、という予感だけはあった。

「因みにアバターアーマーも同様の効果がありますなー。そして吾輩も摂理システムの例外ではないのですなー。なので、コードネーム機能解放までは一先ずコレで我慢するですなー」

 ジャジャミラが左手を差し出す。その手の平の上にはぼんやりとネームプレートのようなものが浮かんでいる。心牙に新たな名前コードネームを与えようというのだ。

 心牙の勇者としての新たな名前、それは――

 勇者ああああ

「ふざけてるのかぁぁぁ!」

 心牙は思わず強くツッコミを入れた。

「なんと!?世界を救ったこともある伝説の勇者の名前ですなー!気に入らないと?」

「テキトーじゃないですか!」

「ならこっちはどうですかなー?」

 そう言ってジャジャミラはもう一つネームプレートを取り出す。

 勇者もょもと

「どうやって発音するんだよ!」

「我が勇者よ!も#lyo#もとだ!」

 空間が、歪んだ。

「声に出すのにいちいち空間を歪ませないとダメなのか」

「我侭ですなー。ああああか、も#lyo#もとのどっちかにするですなー。」

 心牙は悩んだ。脳を雑巾絞りするかの如く悩んだ。そして苦渋の決断を下す。

「ああああ、で」

 我道心牙は勇者ああああになった!

「では勇者ああああ!機能解放まで今しばらくお待ちするですなー。あ、ファロゥマディンはちょっと査問会があるので一緒に来るですなー」

 ジャジャミラがファロゥマディンの首根をむんずと掴み、まるで親猫が子猫を運ぶかのように引き摺って行く。

「そんな!待て、待って!ああああ!」

 それは心牙を呼んでいるのかあるいは単なる嘆き

の声か、心牙には判断出来なかった。

 一人残された心牙は「機能解放まで待て」と言われても手持ち無沙汰ですることがない。

 取り敢えずスマホを開いてクエスト掲示板を覗くことにした。

「あ、クエストは受けられるのか……」

 以前と受注可能な条件は変わっていないものの、相変わらずクエストを受けることは出来るらしい。

 折角だから何かクエストを受けてから帰るか、と思案していたその時だった。

「あの!ご一緒してもいいですか?」

 蜂蜜のようにとろりと甘い声に反応して心牙が顔をあげると、彼の目の前には可憐な勇者が立っていた。

 愛らしくも可憐で魔法少女然とした衣服型のアバターアーマーには竜胆リンドウの花の模様と十字架が各所にあしらわれており、清楚でありながら華やかな印象を振りまいている。中性的だが可愛らしく幼さ香る顔付きを、シンプルな眼鏡がきりりと引き立てていた。短めのツインテールの髪はストロベリーブロンド。見た目は中学生十代前半くらいだろうか。十字架型の自身の身長より長大な槍とも杖とも判断付かない神器にしがみつくように携えた姿は頼りない印象を周囲に与える。

「……あぁ、どうぞ」

 特に断る理由も無かったので、心牙が承諾すると、その愛らしい勇者はファロゥマディンの飲みかけの黄金ジュースを脇にどけて心牙の正面にゆっくりと丁寧に座る。

 心牙は軽く周囲を見渡す。カフェを模したこの空間に人は多かったが空いている席はまだまだたくさんあった。つまり、可憐な勇者の目的は席ではなく……

GGジー・ジーちゃん、センパイに興味があります!」

 恥ずかしげに上目遣いで蜂蜜のようにとろりと甘い声で可憐な勇者はそう告げた。

「えっ」

 思わず心牙は目を丸くして驚き7割、困惑2.5割、疑問0.5割の表情を浮かべる。

「あ、あのっゴメンナサイ! 突然迷惑でしたよね!? GGちゃんはGeorgiaジョージアって名前でギルド「魔法少女連合」所属でGGジー・ジーって呼んで欲しいんですけど!」

 ジョージアと名乗った愛らしい勇者が顔を赤く染めながら早口で捲し立てる。

「GGちゃん、勇者半年でレベル30でもう限界感じてて、ギルドのみんなは優しくって、でもセンパイって2年もやっててレベル80じゃないですか! だからセンパイに色々教わりたくって!」

「待て、落ち着け。まず俺はレベル80じゃない」

 ジョージアを落ち着かせるため、心牙は素早くスマホを操作して黄金りんごジュースをもう一つ取り寄せる。たちまちふわりと空間が揺らぎ、りんごジュースが机の上に現れる。そのりんごジュースを心牙はジョージアに手渡した。

 ごくりごくりとジョージアがりんごジュースを飲む。

「はぁ……ありがとうございます!GGちゃん、緊張しちゃって!」

 コップの半分程の量を一息に飲み込んだジョージアが礼を述べた。

「そっちにどう表記されてるのか俺は知らないが、俺はレベル80じゃないぞ。人違いだと思うが」

 心牙のアバターアーマーの頭部バイザー内のUIには「Georgiaジョージア Lv.30」の表記と二つ名である「正義執行JUDGMENT TIME」の文字がジョージアの頭付近に浮かんでいる。念の為自分のステータスを確認するが、やはりLv.1のままだ。

「妖精新聞のほうで話題になっていたのでそれで……」

 ジョージアもまたスマホを操作して画面を空中に投影した。

 そこには『快挙!2年半レベル1の伝説の勇者、遂にレベルアップ!』『大量ポイント一挙獲得でレベル80に!新たなる伝説の始まりか!?』『逆天竜魔神王ファロゥマディン、遂に逮捕!?』などとかなり誇張されてセンセーショナルに書き立ててあった。

「何だこれは……」

 まず、心牙は妖精新聞なるものの存在を知らなかった。その上で誇張されてセンセーショナルに書き立てられたデマすれすれの記事に嫌悪感を覚えた。

(ファロゥマディン逮捕って神々あいつらにも警察とかあるのか?)

「レベル80が間違いでも、2年半勇者をやってるのは本当なんですよね!? すごいです! GGちゃん、半年でもう辛くって」

 今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めてジョージアは言う。

「でも、半年でレベル30ならいいペースだと思うよ? 俺が言うのもおかしな話だけど」

 このジョージアという勇者はアドバイスを欲しているらしい、と考えた心牙は口調をやや和らげて答える。

「GGちゃん、そう言って貰えると嬉しいです!」

 泣き出しそうな顔から一転、満面の笑みを浮かべて手を胸元に添えるジョージア。

「そうだセンパイ! 一緒にクエストしましょ!」

「えっ」

「クエストですよ、クエスト! ほらジュースのお礼もしたいので、GGちゃんがセンパイのサブに入るカンジで!」

 勇者同士でのポイントのやり取りは限定されている。だから、勇者同士でポイントのやり取りを行うためにはクエストを仲介する等の何らかの手段が必要だ。

「ほら、このクエストとか良いですよ!ね、やりましょう!」

 妹二人しかり、魔王しかり。どうしてこう自分の周りには強引なやつばかり集まるのだろう、と心牙は内心でため息をつく。相手の無茶振りを断らない心牙自身にも問題があることに気付かないフリをしながら。

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