1-3-2『汝こそ、真の勇者である!』

「うおおおお!」

 我道心牙我が勇者が雄々しい雄叫びをあげながら、走る走る駆ける。

 このままではバターになってしまうのではないかと心配する程、同じ場所をグルグルと回る回る駆け回る。

 我が勇者が受けたクエストは、「悪霊退治」。死して尚現世に残滓として残る死霊どものなかでも、取り分け悪意持つものどもの排除が目的。

 場所は、自殺の名所として名高いらしい橋の上。

 自死は我ら神には出来ぬ、人間に許された特権の一つだ。

 だが、悪霊どもは望まぬ自死を生者に強要する。故に排除しなければならない。

 我道心牙我が勇者の活躍を観戦するため、我は我が神域テリトリーを、人間たちが使う映画館というものを模したものに作り替え、スクリーンにてその様子を上映している最中だ。

 悪霊に苦戦する我が勇者の姿に、死刑囚の生首を持つ手にも力が自然と入る。潰してしまわないようにしないと。ストローで啜っても苦痛と激痛と絶望に溢れた脳はやはり苦し。

「ふぁ〜〜〜そろそろ飽きてきましたわ」

 わざとらしく我にそう言ってきたのは……えぇと、誰だっけ。頭が三羽の烏の……モーリガン・モリグナー?どうでもよき。

 戦争と戦乱の女神には勇者が悪霊と対峙する映像は些か退屈であるらしい。我儘なやつ。死刑囚の目玉も臓物はらわたのほとんどもこのモーリなんとかが独占してしまった。

 先だって我は、初めて勇者のサポーターとなったことで、運営ゲームマスターから「お祝い」として死刑囚の男を献上された。何でも子供ばかり30人ほどを拷問の末殺して死刑となったらしい。表向きは死刑執行によって死亡したことになっているが、実際には稀に我らのような「人喰いの神」に生贄として献上されることもあるのだそうだ。

 人肉を得た我は、我が勇者の活躍を仲間たちと観戦するため人喰いの神仲間を呼んだのだ。

 現存する千と八十の柱の神々の内、十数柱も集まれば善き成果と言える。

「う〜ん、やっぱり子供の柔らかい肉が食べたいよ。嘆く親の前でさ、生きたまま焼いて食うのが一番だよぉ」

 ブロンズ牛頭のモレクが死刑囚の焦げた指をしゃぶりながら言う。子供の血が染みてるから、モレクは手の指ばかり焼いてしゃぶっていたのか。どうでもよき。

「貴方たちも、退屈だとは思いませんこと?」

 モリなんとかが髑髏顔のゲーデーと目と脚だけ見えているメジエドに訪ねている。この二柱はそれぞれ均等に分割した心臓を生で齧りながら一心不乱に我が勇者を勇姿を観戦しているから、邪魔はしないで欲しい。……最も、二柱は死霊の神だから、悪霊のほうが気になるだけかもしれないケド。

「モーリガン、今退屈なのは貴方の存在よ。謹んでちょうだい。勇者の勇気はすべからく闇夜を照らす光なのよ」

 揺らめく影、原初の暗黒そのものたる暗黒神界エレバスがモリなんとかを窘める。流石は我が友、話が分かる。善き善き。我は勇者の活躍にスパチャ連投ポイント付与に忙しいのだ。あぁ、一度に付与できる上限があるのと、「付与に正当な理由がいる」のが悩まし。「息をしている」で十分ではないのか?

 だが、モなんとかは別の神にちょっかいを出そうと動き出した。

 流石に看過は出来ぬ。ここは我の神域テリトリー、すなわち我がルール摂理だ。モなんとかには速やかに退出して貰おう。

 我の願いは即座に叶えられ、モーリガンはこの空間から退場した。出口の設定は……えぇーと、「涙の泉」ショロトゥルのテリトリーか。戦争と戦乱とは無縁の場所だ。善き。

 あぁ、そうこうしている内に我が勇者が追い詰められている! ずっと走れば人間は疲労が溜まるのだ! なんたることか!

 それにしても我が勇者……弱い!!!

 悪霊の程度は並大抵の勇者なれば苦戦すらしない。故にレベル1でも受けられる、初心者向けのクエストの筈。

 もしやすればこのクエストで完全に死亡ロストしてしまうのかもしれない。勇者はその心が折れた時、死亡ロストしてしまうのだ。

 死亡ロストしてしまうのなら、あの時握手をしておけば善きに。後悔にして遅し、我は「時の神」ではなき故に過去に飛ぶこと能わず。我としたことが恥ずかしがってしまった。

 それにしても我に傷を、それも我が角、最も強度のある部位を斬り飛ばしたのが不可思議である。

 偶然はない。奇跡もない。我が我が神域テリトリーにそれを許可しない。クエスト空間でもそれは変わらない。「ランダム性無しの当たれば確定即死攻撃ばっか繰り出してたら、そら理不尽難易度のクソゲー謂れますなー」とジャジャミラ・バステットピラミッド猫には言われた。当然である。我は理不尽の権現、ファリファー・ファラフナズ・ファロゥマディン也。

「コロ……シテ……ロシテ……」

「貴様ッ! そう泣き叫ぶ子供をッ!何人殺したァーーーッ!!!」

 死刑囚の男の声に死と審判の星神・北斗星君が叫び出す。うるさし。

 我が神域テリトリーは今、死を許可していない。供物の条件として「なるべく苦しめてくれ」と言われたので、四肢を引き裂かれようと臓物を食われようと首をもがれようと我が脳を啜ろうと我が許可しない限り死は訪れない。

 苦痛と絶望、後悔で味付けされた脳をまた一口啜る。苦し!

 人間の感情脳内物質の味わいは神によって異なるが、これを甘いとか辛いとか感じる神のことが理解不可。

 やはり我は、勇気と希望の味のほうが……。

 あぁ、我が勇者よ! 我の確定即死に耐え、我に一撃を与えたもうた、あの輝きを魅せておくれ!

「第六の鍵!ヴォルヴァンガンド!」

 我が祈り、通じたり。

 我が勇者の一喝と同時、その右手に銃とかいう人間が発明した兵器が現れる。

「シュートッ!」

 その銃とやらを悪霊に向けて、再び叫びと共に光が放たれ、悪霊が呆気なく霧散した。

「もう、出てきても、いいぞ」

 息を切らしながら、我が勇者が何かに呼び掛ける。すると、ぞろぞろぞろと悪霊でも善霊でもない、ただの亡者たちが現れた。

「悪霊は消えたんだ、あとは好きにしなよ」

 我が勇者の呼び掛けに、亡者どもが各々好き勝手な方角へ飛んでいく。

 まさか、悪霊に殺され自死をさせられながらも悪霊に取り込まれなかった魂か? まさか……我が勇者は亡者を救うために、自らを囮に悪霊を誘導した?

 合点! 我に一撃を加えた時も、人間がいた! 彼らを守ろうとして我が勇者は勇気を発揮したのだ!

 善き!善き!!善き!!!善き善き善き善き善き善き善き善き善き善き!

 我は今久方ぶりの感激をしている!!!

 抱えていた死刑囚の頭から思わず脳を一気飲みしてしまったが、苦みよりも感激が上回った!

 手が濡れている。落涙にて濡れている。我が友エレバスが我が落涙を見て驚いている顔が見える。滂沱、滂沱したのだ。

 我が常々勇者ゲームに抱えていた不満が、一気に解消される! 勇者ゲームは、現代遊戯ソシャゲを模したことで確かに勇者を大幅に増やすことに成功した。だが、ポイント制度によって再起可能になったことで緊張感とモラルが低下したのだ。

 挙句の果てに不条理バグを正すという大義を掲げながら「ゲームがサ終する終わると困る」という理由で運営ゲームマスター不条理バグを生み出す悪循環。

 確かに不条理バグを正すという理念は素晴らしい。が、そのために勇者が勇気を忘れている!

 その点、我が勇者は……誰かのために命を賭せる者だ。忘れた勇気を持つ者だ。

「我が勇者よ!汝こそ、真の勇者である!」

 我は立ち上がり、人間たちの流儀に従って拍手せり。死刑囚の空っぽの頭が喝采と共に粉砕、大爆発。

 感極まった我は保有するポイントを兎に角連投した。連投しようとした。……ポイントが尽きている、だと?

「コロ…死テ…下、さい…」

 死刑囚の男が何度目かの懇願をした。いいだろう、我は気分が善き。死を、許可せり。

「これでやっと、シねる……」

 死刑囚の魂が肉体から分離した。本来であればこのまま成仏霧散するが常。だが、成仏霧散までは我は許可していない。

「この魂ッ!処遇は如何にッ!?」

 北斗星君がその魂を囚えて我に問う。

「お好きに」

「地獄行きーーーッ!!!」

「「「いやっほぉぅぅうううううう!」」」

 即断即決、流石は死と審判の神。皆が歓喜の声を挙げる。魂が即座に均等に分割され、我らに分配された。神は皆、人食いであろうとなかろうと、人間の魂が大好物だ。そしてここに居るものは多くが地獄側の神だ。

「い、いやだあああああああ!!!」

 今日一番の悲鳴をあげて、死刑囚の魂が各々の神々の神域へと引き込まれていく。魂の味わい方は神々による。生きながら喰われるのと、どちらが苦痛だろうか。神にとって他の神に食われることは無上なる恥辱屈辱。人間は……如何に。

 我は死刑囚の魂など要らないのであとでショロトゥルにでも献上するものなり。

 何故ならば我には、如何なる宝石も敵わぬ、素晴らしき勇気の輝きがあるから。

 あぁ、我が勇者よ。我が愛しき勇気よ。我は必ずやその魂を……。



 クエストを終えた心牙がいつものようにポイントを確認すると、莫大な数千万単位のポイントが付与されていた。

 あまりのことに驚き過ぎて気絶しかけたがどうにか深呼吸して持ち直し、取り敢えず可能な限り現金化した。

 そして愛する妹のためにケーキを買って帰ったのだった。

「…で、何で雛凪が二人いるんだよ」

「「なんと……なく?」」

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