1-3-1『”クエストを開始します”』
我道心牙の朝は早い。多くの場合、過去のトラウマに起因する悪夢に魘され、多くの場合、双子の寝相の悪さに文字通り叩き起こされ、多くの場合、冷や汗と共に夢の内容は記憶の彼方へ流されていき、多くの場合、それはそれは酷い目覚めとして朝5時には起床する。
今日はいつもよりすっきりした気分であったが、特に気に留めることは無かった。そして多くの場合、朝の登校の準備と共に昨日やり残した宿題を急いで片付ける。
そうして7時には双子を起こして三人でいつの間にか家主が準備していた朝食を食べ、三人で揃って歯磨きをし、やはりいつの間にか準備してあるお弁当を持って各自学校に向かうのが日課だった。
「「「行ってきます!」」」
三人で口を揃えて本来の家主がいるのかいないのか分からない家に向かって玄関から挨拶をする。返事はない、不在のようだ。
小中高エスカレーター式の学校だから、三人はいつも一緒に登校する。そして正門でそれぞれの校舎に別れていく。
今日も一日が始まるのだ。
基本的に我道心牙は真面目で寡黙でクラスでは目立たない存在だ。
スクールカーストの支配者であるとか、その支配者におべっかを使う面白い奴だとか、逆にイジリやイジメの対象になる下層ではない。目立たない中間層だった。
勉学はそこそこ。教師から良くも悪くも目をかけられていることもなく、
エスカレーター式の学校だから、三年前に転校してきた彼と特別に親しい友人もいない。
それでも、否、それ故に授業は真面目に受けて真面目に宿題をし、クラスメイトとは当たり障りの無い会話をする。平凡で平穏で平々凡々な学校生活。
「ったく、また負けた! 我道強くね?ランクマ上位狙えるっしょ」
「いや、お前が弱いだけだって」
唯一目立つ点といえば、携帯ゲーム機で発売されて大流行中のオンライン対戦アクションシューティングゲーム「熱闘!スマッシュスプラッシュ!」がそこそこ得意なことくらいだが、まさか小学生の妹たちに鍛えられたとは口が裂けても言えない。
そうして昼休みはクラスメイトと流行りのゲームで軽く盛り上がってリフレッシュし、午後の授業はまた集中して受ける。
しかし、全ての授業の終了を告げるチャイムが鳴り響けば話は別だ。
アルバイトを口実にクラスメイトの誘いを断り、心牙は足早に教室を後にする。
スマートフォンのコミュニケーションアプリを起動して妹たちからの連絡を確認、問題なしと判断したら心牙は学校の裏門からビル街へ向かう。
所定の路地裏に着いたら、周囲の人の気配を確認したあと、勇者ゲームのアプリを起動する。
そう、心牙は放課後限定で世界を守る勇者になるのだ。
勇者ゲームのアプリを起動すると同時、路地裏のビルの壁に淡く輝く扉が出現する。勇者ゲームにログインするための次元転移門で、ゲートを潜れば心牙は勇者となる。
ゲートを潜る前に一つ深呼吸。周囲を見回して誰かに見られていないかもう一度確認して、目を瞑りもう一つ深呼吸。いつものルーティン。そして一歩踏み出してゲートを潜る。いつも通り淡い光が心牙の身体を包み込み、神の国へと誘う。
「よくぞ来た、我が勇者よ!」
いつもと違ったのはログインした直後に昨日知った顔が目の前にあったことだ。
「げっ」
心牙は思わず顔を顰めて不満が口から漏れた。無理もない、昨日心牙を意識不明の重体にした張本
「おぉ、早速良き反応。ポイントを進呈」
心牙のスマホから、ピロロ〜ンとやや間抜けな通知音が鳴り響き、更に「サポーターより勇者ポイント+100贈呈」という男とも女ともとれぬシステムアナウンスが流れる。
「え、何だこれ」
「我は勇者のサポーターになった。これは気持ち、ささやかな。」
心牙のスマホから、再びピロロ〜ンとやや間抜けな通知音が鳴り響き、再び「サポーターより勇者ポイント+300贈呈」というシステムアナウンスが流れる。
「サポーターだと…?」
サポーター制度はかつての神話時代に神々が英雄を擁立していた歴史的事実を勇者ゲームに取り入れ、現代風にアレンジしたものだ。その名の通り、神々は気に入った勇者に保有するポイントを譲渡することで応援したり行動を誘導したりする。勇者が入手したポイントは現金への換金やゲーム内での
心牙には今までサポーターなど付かなかったから、制度のことなどすっぱり忘れていた。
「驚いた顔が可愛い。ポイント進呈」
心牙のスマホから、三度間抜けな通知音が鳴り響き、三度目の「サポーターより勇者ポイント+100贈呈」というシステムアナウンスが流れた。
「お前が、俺の!? いや、なんで?」
「我は汝を気に入った。汝が
ファロゥマディンが自身の頭の角を指差す。昨日心牙によってへし折られた角は、既に再生していた。代わりに猫が引っ掻いたような小さな傷が、ファロゥマディンの頭のドラゴンの頭骨にいくつかついている。
「ファロゥマディンは
ファロゥマディンの後ろからひょっこり現れたのは頭がピラミッドのメイド服猫ことジャジャミラ・バステットだ。砂漠色のピラミッドには引っかいた跡のような傷痕が見える。
「それで? 万年レベル1の俺のサポーターになって何がしたい?何か目的があるのか?」
「態度が反抗的で善き。ポイント進呈」
スマホから、やっぱり何度聞いても間抜けな通知音が鳴り響き、四度目となる「サポーターより勇者ポイント+」というアナウンスが流れる前に、心牙は通知をオフにした。はっきり言ってうるさかったからだ。
「目的は、汝らの流行り言葉でいえば、オッカケーである」
「いや、オッカケーではなく、今風に言えば『
「それ」
この逆天竜魔王というやつはマゾヒストなのか?という疑問が心牙の頭を横切るが、口には出さないでおいた。口に出せば話がややこしくなるという確信が心牙にはあった。
「まぁいいさ。サポーターになってくれるなら嬉しいよ」
心牙は握手を求めて右手を差し出す。
しかし、変わらぬ微笑みを浮かべたまま、ファロゥマディンは何のリアクションもしなかった。若干顔が紅潮しているような気がしないでもない。
仕方無しに心牙はこれもスルー。
「オレはこれからクエストを受けるんだけど、サポーターから何かリクエストとかあるのか?」
「汝、好きにすればよき」
「というか、サポーターのクエスト介入は原則禁止ですなー。助言程度ならダイジョブですけどなー」
横槍を入れられたからか、ファロゥマディンがジャジャミラを睨む。ジャジャミラはファロゥマディンの監視役も兼ねているのだ。
「じゃ、普通にクエストを受けるぞ」
心牙はいつも通り、スマホの勇者ゲームアプリのUIを操作する。クエスト掲示版から条件検索でレベル1でも受けられるものと、比較的短時間で済むものを絞って一覧表示させた。
基本的にレベル1でも受けられるクエストは少ない。レベルフリーなクエストもあるが、その多くは高難易度かつ多人数で受けるものばかりだ。レベル1かつソロな心牙では到底難しい。
今日、条件に見合ったクエストは「ペット捜索」「悪霊討伐」「実験補助」の3つだった。
心牙は少し迷ったものの、「悪霊討伐」を受けることにした。
「好きにすればいい」とはいわれたものの、自分を仮にも
「じゃ、これにしようかな」
クエスト受領のボタンをタップして、スマホをマイルームの空間に掲げる。
心牙が着ていた服が量子分解され、各勇者の好みと「魂の在り方」に連動した
心牙のアバターアーマーは極めてシンプルだ。その全体の印象はファンタジーの勇者というよりも近未来SFの兵士が近い。
あまり目立たないメタリックグレーの装甲は物理・神秘・霊的に高い防御性能を誇る。神の加護を受けた勇者でありながら、無神論者であることから生まれたパワードスーツとしての機能はトップアスリートを軽く凌駕する身体機能を与える。トラウマの一つである額のバツ字の焼印を隠し守り、「第三の目」としての機能を果たす目元まで覆うバイザー付きのメット。
「レイガルダイン、セット!」
心牙が自ら設定したキーワードに応じて、彼が契約し彼の中枢神経と
「第三の鍵、スルトルブランダー!」
神器レイガルダインの分割された
アバターアーマー「第二の鍵ゼイギアル」と神剣「第三の鍵スルトルブランダー」を装着した我道心牙は、まさしく勇者であった。
「おぉ…」
ファロゥマデンが感嘆の声をあげ、小さく拍手をした。
「行ってくる」
「ところで我が勇者よ」
ファロゥマデンが思い出したかのように心牙を呼び止めた。
「昨日は善き夢見心地であったか?」
言われて思い返してみた心牙は、そういえばと夢でファロゥマデンを見た気がした。が、正直に答えるのも何だか嫌だったので、右手の親指をグッと立ててそれを返事変わりにした。
勇者・心牙は颯爽と四角い転移用ゲートに飛び込む。同時、男とも女ともつかぬシステム音声が「クエストを開始します」と、開始の合図を告げた。
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