「臍と背中がぺったんこ」
鬱蒼と生い茂る森の中を、一人の少女が駆けていく。
――否、一人ではなく二人だ。
一人の少女が、もう一人を負ぶっている。
一糸乱れぬ走行フォルムと千里馬のようなスピードでは、まるで一体のように重なって見えるのも無理はなかった。
「残り少し」
「了解! 任せて」
息が上がって弾む声。
さらに、ぐんとスピードが上がる。
「10時方向」
「うん!」
指示通りに、少女は方向転換する。
「右、倒れて」
先程まで少女がいた空間を、銃弾の嵐が埋めつくす。
そうして、二人は男のところへ接近してくる。
戦地に残してきた娘姉妹のことを思い出す。
目があう。
上の少女が指を拳銃の引き金にかけていることに気づく。
強い意志のこもった感情。
何が彼女に銃を握らせたのか、他人事のように考えていた。
一部始終をみていた兵士の男は、呆気なく撃たれた。
マコロの上に跨がって男へ発砲した溌歌は、自らの頬をマコロの耳へぐっと押し込んでいた。
鼓膜が破れることがないように。
溌歌の言葉が聞こえるように。
マコロは目隠しを頭に被っていた。
残酷な光景を夢にみることがないように。
溌歌の姿を見ていられるように。
とおくとおく、返り血の飛ばないところへと、少女たちは駆け抜けていく。
「終わったよ」
いいながら、溌歌は両の瞳に掛けられた目隠しのバンダナをずらしてやる。
「う、ううん」
視界が開けたマコロは両腕で抱えた溌歌の腿を抱きなおし、周囲をきょろきょろと見渡す。
「ここは――」
「そう、ここが」
「そうなんだ」
「全部全部、お終いでいいんだよ」
上から溌歌が撫でてくる。
だが溌歌を背中で抱えているこの姿勢では反撃できない。
そのことに、マコロは少々不満気だった。
木へもたれかからせるように溌歌をすとんと地に降ろして、マコロは溌歌の足のあいだにもたれかかる。
空を見上げる。
新緑と、どこかの硝煙と、溌歌の汗。
木漏れ日と、どこかの茸雲と、視界の端にちらつく溌歌の髪。
背中いっぱいに溌歌を感じている。
頭はまだ溌歌に撫でられている。
ふと、気にかかる。
自分の脚の外側、溌歌の脚。
義足。
二人を眠れなくする、その脚。
気づいている。
切れかけの携帯食。
うっすら近づく銃撃音。
義足の誤作動、痛覚で顔をしかめるきみ。
へとへとになる私。
人へむかって銃をうつきみ。
守られる私。
兵隊のように森を突きすすむ私。
私には何もできないことが分かっていて、どうしたらきみが安心するんだろうって考えてる。
「痛くない、大丈夫?」
「うん、きっと」
――溌歌side――
日に日に強まる痛み。
終わっちゃうんじゃないか。
廃人になるんじゃないか。
理性的な思考を、単純な愛を、単純な恐怖が占めていく。
あなたの声が聞こえなくなるのが怖い。
あなたの言葉を抱いていられなくなるのが怖い。
脚の痛みが歯を刺しても、そうやって牙が折られても、口から血をだらだら垂れ流したって、あなたの盾になりたい。
でも私をあなたは見なくていい。
銃声で耳を痛めるのも、殺人の咎を背負うのも、私だけでいい。
いいんだ、私の痛みはどうでも。
幸せがいい。
笑っていてほしい。
きっとずっと。
もっとずっと。
ずうっとずっと、ずっと。
あなたと2人でいつまでも一緒に生きよう。
そうだったのならこんな世界、好きにだって嫌いにだってなれるから。
あなたは泣かなくていい。
苦しまなくていい。
ぜんぶ私のわがまま。
願うだけ。
星に祈るだけ。
どうしようもならないんだってときどき絶望して、あなたの顔をみて安心するだけ。
2人の夜が、どうかこの手から離れていきませんように。
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