「もくもくハンモック」

『夏とレモンとオーバーレイ』を木陰で読んでいたら目の前を金色がよぎった。

つかの間、ハンモックはぐわぐわ揺れて、乗っかっていた私も紛れこんだ彼女もぐわぐわ揺れる。

 猫かと思ったけど、違った。

同じ学校の制服を着ていた、ブロンドヘアの彼女は人間だった。

 ただし、私たちの間に会話なぞいっとうないのだから、人間でも猫でも変わらないのかもしれない。

それでいい。

わざとらしい会話のないお陰で、ハンモック上での私の平穏は保たれたのだった。

ここは気持ちいい。

木漏れ日も爽やかな風も、私の心強い味方だ。

 だから教室の様子に思いをはせる余裕が生まれる。

同じクラスである彼女のことは、たしかに目立っていたから、現実の人間に興味のない私でも覚えている。

たしか太平洋だったか大西洋だったかを渡ったさきにある大陸からきた人だ。

ああ、会話通じないよねと思う。

別の意味で私も通じていない。

ニホンゴとか、ジョーシキとかシャカイツーネンとかアトモスフェアとか、ほんと疲れる。

このまま一生椅子に縛り付けられて監獄に閉じ込められるままなのだとしたら、授業を放棄して私はハンモックで寝ていたい。

 とはいっても彼女のことを追い払わないのは同情とかじゃなくて、ただ彼女が猫だからだ。

校庭の隅、誰も近づかない壊れかけの倉庫裏の林。

どうやってこの寝床を見つけたのやら。

神出鬼没な彼女はまったく猫らしい。

 犬より猫派だ、手間がかからないし私に興味がなさそうだから。

なのに突然飛び込んできたりするのも、猫らしい。

視線を向けなければ慌てて逃げることもない、のんきな猫。

 今日も今日とて、木にハンモックを掛けて寝そべっていたところに、黄金色の猫が押し入ってきた。

これ、そんなに大きくないから、汗ばむ日にはちょっと暑苦しい。

「ん?」

 今日は温度が違った。

ぴったりと背中あわせになっているのに、髪の毛がちくちくしたり、体格のちがいから私が潰れそうになったりはいつも通りなのに、直にふれた足がいやにひんやりして、重なるセーラー服からはこごえた湿り気を感じた。

 気になって身をよじると、マリンブルー色の瞳にすいこまれる。

 私のほうからは決して目を合わせなかったから、このとき初めて視線を交わしたのだろう。

私は彼女の瞳の色でさえ知らなかった。

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