君だけのパティスリー

「なーちゃん……どこか行くの?」


講義が終わり帰り支度を始めたななに、ふゆ樹は思い切って声をかけた。


「次の講義まで時間が空くから、どこかその辺で時間を潰す」


ふゆ樹の方を見ようともせず、言葉はそっけなく放たれる。

その様子に、ふゆ樹の胸は引き絞られるように痛んだ。


「じゃあね」


鞄と教科書を抱えて立ち去ろうとするななの腕を、ふゆ樹は咄嗟に掴む。


「待って……なーちゃん」


一人、また一人と講義室を去る中、二人だけまるで時間が止まったようにそこから動かない。


「離して」


冷たく放たれた言葉に、ふゆ樹は込み上げてきた涙を必死に飲み込んで、頑なにこちらを見ようとしないななの横顔を真っ直ぐに見つめる。


「なんでなーちゃんが怒っているのか、考えてみたけどわからなかった。でも、これだけはどうしても伝えたくて」


真摯なふゆ樹の言葉に、なながゆっくりと視線を動かす。久しぶりに、二人の視線がぶつかった。

それに勇気づけられるように、ふゆ樹はすっと一度息を吸ってから続ける。


「僕はね、お菓子を作るのはすごく好きだけど、プロになりたいと思ったことは一度もないよ」


いつものへらりと笑う能天気さはなりを潜め、真剣な顔のふゆ樹に真っ直ぐ見つめられると、その雰囲気の違いにななは少しだけドキっとした。


「僕は今までもこれからも、たった一人のためにしか作らないんだ。その人を喜ばせるために、僕はお菓子を作りたい」


そっと手を離したふゆ樹が、ぎこちなく笑ってみせる。


「……ずっとずっと前から、なーちゃんのことが大好きなんだ。だから僕は、これからも大好きななーちゃんのためだけに、お菓子を作りたい」


ふゆ樹の頬を涙が伝う。


「あれ、ごめん……!泣くつもりじゃなかったのに」


袖を使って必死で涙を拭う姿に、ななの口から小さくため息が漏れた。

慣れないことをするから、こんな情けない事になるのだと、言いはしないが心の中で思いながら、ななはそっと手を伸ばして優しくふゆ樹の頭を撫でる。


「相変わらず、泣き虫」


拭っても拭っても止まらないのか、ふゆ樹が顔を隠すようにして俯く。


「……お願いなーちゃん、僕のこと、嫌いにならないで」


小さく呟かれた言葉に、ななの口からはまた呆れたようなため息が零れ落ちた。

それをどう勘違いしたのか、ふゆ樹の肩がビクッと揺れる。


「何年一緒にいると思ってるの。これくらいじゃ嫌いになったりしない。それに……この前のことは、私が悪かったから」


ちゃんと謝らなければと頭ではわかっているのに、口を開くと素直になれなくて、最後の言葉は消え入るように小さくなる。


「そばにいるのが当たり前過ぎて今まで気づかなかったけど……私も多分、立河くんのこと好きだから……」


段々と顔に熱が集まってきて、赤くなっていくのがわかる。

恥ずかしさが限界に達してななが顔を背けようとした瞬間、反対に顔を上げたふゆ樹の頬が嬉しそうに持ち上がるのが見えた。


「これからもずっとそばにいてね、なーちゃん!」

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