君だけのパティスリー

「クッキー作って夜ふかしする暇があったら、さっさと寝ればいいのに。そんなんだから、朝一の抗議に遅刻するんだよ」


振り返ったふゆ樹が、照れくさそうに笑う。

吐く息は白く、マフラーも手袋も身につけていないむき出しの肌は、手や鼻の頭が赤く色づいている。


「先生に説明するのが面倒だったから、寝坊って言ったけど、本当はすっごく早起きしたんだよ。でも、思ったより時間がかかっちゃって」


その言葉に、僅かに眉間に皺が寄った。


「まさかとは思うけど、朝一の講義に遅れた理由って……これを、作ってたから?」


“これ”と言って袋をそっと掲げてみせると、ふゆ樹はなんの屈託もなく笑顔で頷いた。

抑えるまもなく、呆れを含んだため息が零れる。


「講義に出るよりお菓子を作る方が好きなら、大学選び間違えたんじゃない」


何気ない呟きのつもりで放った言葉に、自分でも意図せず刺が混じった。

それを感じ取ったのか、笑顔を引っ込めたふゆ樹が不思議そうに首を傾げる。


「だって違う学校選んだら、なーちゃんと別々になっちゃうから。それに、僕が違う学校に行くとしたら専門学校になるでしょ。二年と四年だと卒業する時期も違うし、僕の方が先に社会に出るから、そうしたらなーちゃんと一緒にいる時間が減っちゃうと思って」


それが嫌だったと語るふゆ樹に、呆れと怒りでななは短く息を吐いた。

八つ当たりに他ならないことはわかっている。それでも開いた口から溢れる言葉を止められなかった。


「そんな理由で大学選んだの?自分の将来の為とか、やりたいことがあったからじゃなくて、そんな理由で?」


言葉の中に含まれた怒気を感じ取ったのか、ふゆ樹が困惑した顔で恐る恐る頷く。

また溢れそうになった言葉をぐっと押し込めるように口を閉じると、ななは無言で鞄を抱えて立ち上がった。


「なーちゃん……?」


困ったような顔で問いかけるふゆ樹を、見ないようにしてぼそりと呟く。


「やりたいことがあって、才能だってあるのに……見損なった」


理由のわからない怒りに、あわあわと慌て出すふゆ樹を無視して、段々と近づいてくるバスを睨みつけるようにして見つめる。


「なーちゃん、怒ってる?ほんとに、ごめんね」


何とかして機嫌を直してもらおうと、しゅんっと眉を下げて謝る姿が横目に見えるが、ななは振り返らないままで冷たく言い放つ。


「何が悪いかもわかってないのに、適当に謝らないで」


ビクッと肩をすくませてふゆ樹が押し黙ると、バスが二人の前で止まった。

完全な八つ当たりであることはわかっているが、それでも荒ぶる気持ちは抑えようがない。

ななは開いた扉からさっさとバスに乗り込むと、一人用の椅子に座ってマフラーを口元まで上げ、手にしたままだった文庫本を広げて視線を落とした。

やや遅れて乗ってきたふゆ樹は、どこか悲しそうな顔でななの後ろ、二人用の座席に腰を下ろす。


「……ねえ、なーちゃん」


思い切った様子で前の席に声をかけるふゆ樹だが、ななのページをめくる手は止まらない。


「ねえなーちゃん、なんで怒ってるの?」


聞こえているはずなのに振り返りもしない背中に、ふゆ樹は悲しげにシュンっと眉を下げると、諦めて窓の外に視線を移した。


「……言ってくれなきゃわかんないよ、なーちゃん」


後ろが静かになったところで、ななは読むともなしに開いていた文庫本を閉じて膝に乗せると、ずっと握りしめていたクッキーの袋を、音を立てないようにそっと開いた。


「ほんと……バカ」

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