君だけのパティスリー
「はい、なーちゃん!今日のおやつは、型抜きクッキーだよ」
すっと顔の横に差し出された袋に、木並 ななは手にしていた文庫本を下ろして顔を上げる。
「相変わらず、趣味が女の子」
ななと、その隣に腰を下ろす立河 ふゆ樹以外は誰もいない、のどかなバスの停留所。
大学生の二人は、普段は自転車を使って登校しているのだが、チラチラと雪が舞い始めたこの頃では、揃ってバスでの通学に切り替えていた。
「今日はね、型抜きにしてみたんだ!やっぱり、型抜きは見た目が可愛くていいよね」
差し出された袋を覗き込むと、ハートに花に星と何とも可愛らしい形のクッキーがぎっしりと詰まっている。
ふんわりと鼻腔をくすぐるシナモンの香りに誘われ、ななは色よく焼けたクッキーを一つ摘み出す。
「最近のなーちゃんは、大人な味が好みだっておばさんに聞いたから、今回はそんな感じを目指してみたんだ!」
家が近所で親同士も仲がよく、物心着く前からずっと一緒にいた二人は、大学生になった今でも同じ学校に通う幼馴染み。
お母さんはいつも余計なことを……などと心の中で不満を呟きながら、ななは口元まで覆うようにして巻いていたマフラーを少し下げて、指で摘んだクッキーを一口齧る。
歯を立てた瞬間サクッとクッキーが割れる感触がして、シナモンの香りとほのかな甘さ、それにぴりっとした刺激が口の中に広がった。
「……美味しい」
ぽつりと吐息のように漏らした言葉に、横で聞いていたふゆ樹の頬が嬉しそうに緩む。
「良かった。今回はね、“大人の味”っていうのをすごく意識して作ったんだけど、これがまた難しくて。でもなーちゃん、いつだったかテレビでやってたバレンタイン特集見てて、“スパイスを効かせた大人が好むチョコレート”っていうのにすごく反応してたから。それをヒントに、“スパイスを効かせたなーちゃんが好むクッキー”ってのを目標に作ってみたんだ」
そんな事言ったかな……と過去の記憶を大雑把に掘り起こしながら、ななは袋からもう一つクッキーを摘み出す。
口にした本人が忘れているような些細な事も、ずっと前に一度口にしただけのなんてことない言葉も、ふゆ樹は昔からよく覚えていた。
記憶力がいいのかといえば、テストの点数を見る限りそれはまた別のようで、単に興味があることには脳がフル稼働で働くだけらしいというのを、ななは長い付き合いの中で知った。
何がそんなに嬉しいのか、えへへと笑いながら、ふゆ樹も袋に手を入れて摘んだクッキーを口に放り込む。
サクッサクッと音がして、しばらく笑顔で噛み続けていたふゆ樹の顔が、突然ふにゃりと歪んだ。
「……大人な味がする。僕にはまだ早い味」
その情けない顔にたまらずクスリと笑ってから、ななはまた一つ袋からクッキーを摘み出して一口齧る。
「この舌にピリッとくる感じが、私は好き。立河くんは、舌がお子様だからこの美味しさはわからないかもね」
わざと意地悪くそう言って、残りのクッキーを口に入れて噛み締めていると、情けない顔で口の中のクッキーを飲み込んだふゆ樹が、また嬉しそうに笑った。
「確かに、僕にはまだ早いかも。お菓子はやっぱり、甘いほうが好きだし。でも、なーちゃんが好きだって言ってくれるなら、それでいい!」
はい、と残りのクッキーが入った袋を差し出されて思わず受け取ると、ふゆ樹は立ち上がって腕と体を大きく伸ばしながらあくびをする。
昔からそう、どんなに意地悪な事や突き放すような事を言っても、ふゆ樹は全く動じない。
そうだねと笑って受け止められてしまうから、それが何だかうまくやり込められたみたいで悔しい。
だからだろうか、ななのふゆ樹に対する態度は、昔から頑なになりがちだった。
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