成り上がり令嬢はダンジョンマスターを理解らせたい

カフェ千世子

成り上がり令嬢はダンジョンマスターを理解らせたい

「さあさあお立ち合い、皆さんこの右手にご注目! こちらご覧入れますは、たった今こちらの世に誕生いたしましたる生まれたてホヤホヤダンジョンから産出されたポーションであります! 一匙塗れば表面の傷はたちどころに治り、グッと飲み干せば深い傷も、しくしくたる痛みもどこへやら!」

 その男は、道化師の格好をしていた。黒い道化服に、キラキラと星のように輝く飾りを身にまとい、宙に浮いて、口上を垂れ流す。


 その場にいる人間は皆、固唾を飲んで男を見る。

 先ほどまで建国を祝う祝賀会をしていたところへ、起きたのは大地震。そして、この男が現れたのだ。

 足元には大きな亀裂。そして、あるはずのない空間。

 それまで城の地下にあったはずの構造とは別の空間が広がっている。


 洞窟を思わせる岩肌に囲まれたガランとした空洞。そこへ向かえと言うように、地上から地下へと階段が伸びている。


 地震に巻き込まれたのは、この国の王子(仮)。足を傷めて、苦悶の声を漏らす。

 王子の上半身を助け起こしながら、宙に浮く男をにらむのは彼の婚約者候補だった公爵令嬢(仮)。


「さあさあ、お立ち合い、そちらの貴公子を助けたくば! このポーションをひとつ、お試しあれ!」

 その男、ダンジョンを出現させたと宣言した悪魔は、右手の液薬を見せつけてくる。



 メディナは森林に囲まれた辺境領の一領地だった。放っておけばすぐに森に埋もれてしまうような土地である。

 メディナの開拓を任された領主と領民達はがんばって森を切り崩し、住める土地を増やしていった。


 その頃、国の反対側では、隣国との関係が悪化して小競り合いが続いていた。

 国に報告するも、返事が来ないことが続く。上役である辺境伯に事情を通そうとするも、辺境伯自身も国への支援に忙しく、黙殺される日々が続く。


 国の一画でありながら、メディナは無視され続けていた。その間、メディナの人々は開拓をがんばり続けた。

 農地を増やし、牧草地を増やし、家畜を増やし、入植を呼び掛け続けて人を増やし……

 メディナは拡大をし続けて気づけば小国を名乗れるくらいの大きさと人口を持つ領地へと変貌していた。


 これだけ大きくなれば無視し続けるのもおかしな話である。メディナは報告をあげ続けていたが、あまりにも返事が来ないので一計を案じた。


 ハッタリとして、独立を宣言したのである。


 さすがに、これには国の中央も、辺境伯も黙ってはおれないだろう、と半ば博打のような宣言をしたのである。

 進軍されたら終わりなので、まずは話し合いを希望した。


 そして、ようやく待望の話し合いの結果。まさかの独立を認められてしまったのだった。


 メディナの人々にとっては、完全な誤算であった。なにせ独立のための準備などしていないのである。

 国の中央は、そんな馬鹿げた話を通してしまうくらい、隣国との小競り合いに忙しかったのだ。

 そうこうしている内に、国は隣国と本格的に戦争を始めてしまった。


 メディナは国の庇護を失ったのである。



 建国を認められてしまったからには、国としての体裁を整えねばならない。

 取り急ぎ、それまでの領主を国王とした。

 国の運営には、貴族の肩書きが必要だろう、と各村の長に爵位を与える。

 実務を執り行う文官を取りまとめる宰相役は領主を支えてきた執事に押し付けた。そして、彼を公爵にした。彼は元々国王の親戚である。

 領地の自治のために抱えていた私兵は国軍となった。私兵を鍛えるために雇っていた傭兵達は騎士爵を与えられた。


 元々ただの民である彼らには貴族らしい振る舞いなどできるはずもない。

 しかし、外交を放り出すわけにはいかない。なので、礼節のための講師を他国より呼び寄せて作法などを学んでいく。


 手探りで国作りが始まった。



「ドロシー!」

「ホリー、来てたのね!」

 今日は建国祝賀会である。ひとつの区切りとして、まずは国の成り立ちを祝おうということになったのだ。

「ドロシー、今日のドレスきれいね! 似合ってるわ」

「ありがとう! ホリーも素敵よ。かわいいわ」

 少女達は再会を喜び、手を取り合って会話をしている。騎士はそれを見て、かわいいなと思いながら料理を楽しんでいる。飯が旨い。

「どこから見ても立派な令嬢よ!」

「言い過ぎよ。私なんて、元はただの村娘よ」

「言いっこなしよ。それはお互い様でしょう」

 ドロシーの父は元執事の公爵で、ホリーの父は元村長の伯爵である。

「貴族って本来高貴な血筋が必要なんじゃないの。こんな勝手に作っちゃっていいのかしら」

 ホリーは自身の胸の内にある困惑を正直に明かす。

「そうねえ。でも、どこの国も建国時の功労者を取り立てて、貴族にしているんでしょう。それならば、私達の父が貴族になるのも、それほどおかしいことにはならないんじゃない」

「でも、それって大昔の話であって、現代の話ではないんでしょう」

「それはそうだけど」

 互いに困った顔をしたあと、二人は笑い飛ばした。


「とりあえず、他国のお客様をおもてなしするときに粗相がなければいいのよ。それから先のことは、時間が解決するわ」

「そうね。礼儀作法さえどうにかできれば」

「教養も馬鹿にできないわ。適切な受け答えができないと会話にならないもの」

 やること覚えることの多さに、ホリーはついため息が出る。

「真面目に考えるば考えるほど、とんでもないことになったと思うわ……」

「気の持ちようよ。楽しいことも考えましょ」

 ホリーを慰めるように、ドロシーは言う。

「今度、音楽の先生をお呼びして習うことにしたのよ。ホリーも一緒にやらない?」

「やりたい!」

 ドロシーの誘いに、ホリーはパッと顔をほころばせた。

「私、あれをやってみたいわ!ハープ!」

「いいわね。私はフルートが気になるわ」

「わぁ、それも素敵……」

 ホリーは共に楽器を演奏する様を想像して、頬を赤らめる。

「その先生が何ができるか次第でしょうけど、楽譜が読めるようになれば自習もできるわね」

「今まで音楽と言えば、素朴な太鼓と木笛と木琴と合唱だったけど」

「あれはあれで楽しいけどね」

「そうね。お祭りは今まで通りやりたいわ」



「お前のことが気に入らない」

 唐突に割って入った大声に、ドロシーとホリーははっと口をつぐむ。何事か、と見れば顔を赤く怒りに染めた青年がこちらをにらんでいた。

 それは、王の息子のユリシーズであった。彼の瞳が射抜くのはドロシーである。


「さっきから聞いていればなんだ。偉そうに」

 その責める口調、声の大きさに、何事かと周囲の視線を集めてしまっていた。

「ホリーの言うことに否定ばかりして。お前が何を知っているというんだ。元はただの村娘が。一丁前に貴族になったつもりか」

 自分の名前を持ち出して、友人のドロシーを非難する言い方に、ホリーは眉を寄せる。

 ユリシーズはホリーが作った表情を見ることもなく、ホリーを背にかばうようにしてドロシーの前に立った。


「大体、お前は昔から言い方が上から目線だった。この俺に対してもだ」

 確かに、ドロシーは昔からユリシーズに対して諭すような場面が多かった。それは彼のためを思っての、些細な注意がほとんどだったのだが。


「お前のような上から目線の人に優しくできない女と結婚なんかできるか!」

 ああ、それはこんなところで言っちゃダメですよ。とドロシーは内心で思う。

 周りの目が非常に冷たい。ホリーはユリシーズに対して見損なったという表情をしているし、他の人も呆れた目をしている。

 ドロシーからはユリシーズの背後がよく見えた。その範囲にいる人すべてがユリシーズに対して厳しい目を向けている。


 今、この場でユリシーズに同情しているのは、彼が非難しているドロシーだけだった。



 場を収めねばとドロシーは思う。

「ユリシーズ様、いささかお酒をお過ごしになりましたか。あちらでお休みしましょう」

「俺は素面だ!」

 素面でこれならば尚のこと質が悪い。

 ユリシーズがここのところ、些細なことでイライラしがちなことはわかっていたのだ。だから、刺激してはならないと今日は側に行くことを控えていた。

 それが、こんな裏目に出てしまったのだから、ドロシーは頭が痛い。


 ユリシーズは建国騒動以来、精神が不安定になっている。次期領主になるために、とどうにかがんばっていたところへ、まさかの独立宣言である。

 次期領主だったはずが、次期国王を目指さなくてはならなくなった。

 かかる重圧にユリシーズの心は悲鳴をあげた。

 ドロシーは側でそれを見ていたので、彼の焦燥と疲労が手に取るようにわかった。


 ユリシーズには、休養が必要だ。

 それをユリシーズの父である国王に進言する機会をドロシーは待っていたのだ。ドロシーの父を介しての進言では、聞き入れてもらえなかった。

 今日、この祝賀会で和やかな雰囲気の中ならば、どうかとドロシーは狙っていたのだが。


 その機会を待つ前に、ユリシーズが自爆してしまった。



 ベラベラとドロシーを悪し様に言うユリシーズの後ろで、人々が動いている。

 ドロシーはユリシーズの言葉を聞き流しながら、そちらから目が離せない。

 国王が上座から人を側へと呼んでいる。呼ばれて跪くのはユリシーズの従弟達だ。どうやら、この場でユリシーズが国王の後継から外されることとなったらしい。

 国王は、ユリシーズが心を病んでいることそのものにも否定的であった。それを待って欲しいと懇願したのはドロシーである。

 誰だって、心を病んでしまう可能性はあるのだ。それを責めるのは、酷だとドロシーは思う。心の平穏を取り戻して、そこから再び前に進めばいいと思うのだ。



「聞いているのか! ドロシー!」

 ユリシーズが一際大きく声を出した、そのとき。



 ユリシーズの足元にピシリと亀裂が走り、床が崩落した。


 床の崩落からユリシーズを助け出したときには、ユリシーズは重い傷を負っていた。

 とにかく応急処置を、とドロシーは手近にあったテーブルクロスで止血する。

「イッツ ア ショーゥ ターイム!」

 場にそぐわない、陽気な声が響き渡った。

「淑女並びに紳士の皆さん! この度は誠におめでとうございまーす!」

 その声は返答を待たずに好きなように言葉を繋げていく。

「私、魔界より参りました迷宮の支配人アロケルと申しまーす。私、こちらに新たな国が誕生したとお聞きし、祝いの品としてダンジョンを設けさせていただきましたー!」

 陽気な声は中空より聞こえた。その声のする方を見上げる。


 そこには、黒い道化服を纏った男がくるくると舞っていた。彼の動きに会合わせて、道化服の飾りがキラキラと輝く。

 そして、男の頭には牡山羊のような立派な角が生えていた。


 宙を舞っていた男は、返事がないことにわずかに眉間に皺を寄せた。

「あの、もしもし? 私の言ってること通じてますか?」

 道化服の男がぐぐっと近寄ってくる。それを受けて、祝賀会にいた人々は悲鳴のような声を出した。

 ドロシーは止血をしながら、ぐっと睨み付ける。


「先程の地震を起こしたのは、そなたか」

 国王が敢然と男に立ち向かう。

「はい! 先程ダンジョンを作りましたので、その影響でしょう!」

 国王はちらりとユリシーズを見る。

「その地震の影響で我が国民が傷ついた。それが祝いの品とはどう言うことか」


「はい! ダンジョンといいますのは、古今東西危険と引き換えに多くの富と名声を授けるものなのです! 伝説の宝剣!栄華を約束する宝石! 万病を癒す秘薬! どれをとっても自慢の逸品です!」

「ふむ。危険と引き換えといったか」

「ええ。なんでも、タダというわけにはいきません! 悪魔というのは、人の魂が欲しいものなんですよ! でも、皆さん死にたくないでしょう! 魂と引き換えに契約なんて、なかなかしてくれないんですよう!」

「なるほど。そこへ宝物をエサに罠にはめようと」

 王の言葉に、道化師アロケルはゆっくりと首を振る。

「いいええ。確かに罠はありますが、これは騙しなんかじゃありません。正当な勝負の場、なのです。人の叡知、運、体力を試す場、なのです。そして、攻略の引き換えに報酬を得られるのです」

 王はふむ……と思案する風に一旦横を向いた。だが、すぐにアロケルに向き直った。


「断ると言ったら」

「ええ! もう、持ってきてるんですよ! もう! ここに! ある! んです!」

 アロケルは、ビシビシと下を指差す。

「……事後承諾を狙うのは止せ」

 表情をここまで崩さなかった王が、渋面を作った。


「ダンジョン産の宝物の素晴らしさを是非、ご体験下さいませんか? 私、ちょうどいいものをひとつ、持ってきているのです。こちらの品は特別にダンジョンに挑む前に、差し上げましょう」

 アロケルは、ダンジョンの売り込みのため、液体の入った瓶を取り出した。

「さあさあお立ち会い!」

 そして、始まったのは奇跡の秘薬の大仰な紹介である。



 浅い傷ならば一匙でたちどころに消え、グッと飲み干せば深い傷も治る。


 今、正にユリシーズに必要なものである。

 仕組まれたのか。意図的にユリシーズを傷つけたのか。

 ドロシーはアロケルをにらみながら、心の正義心に火をつける。

 それが欲しいと願えば、ダンジョンへと挑まざるを得なくなる。あの男の掌の上で踊らされるのがわかっていて、あれに手を伸ばさなければいけないのだ。

 ドロシーはかっかっと向かっ腹を立てていた。


「陛下、どうかお許しください」

「ドロシー、あれに乗るのか」

 ドロシーと王の会話に、アロケルはニタリとした笑顔で間近にポーションを差し出してくる。

 ドロシーは、それを受け取った。


「ユリシーズ様、どうかこちらをお飲みください」

「い、嫌だ。嫌だ」

 ユリシーズは、得体の知れない液を飲むことを拒絶した。

 ドロシーはふっと一息吐くと、転がっていたナイフで己の腕を裂いた。

 白い肌を流れる赤い血に、ユリシーズはひっと小さな悲鳴をあげた。自身の足からはもっと大量の血が流れていたが。


 ドロシーは、その作った傷に液を垂らす。

 液の浸透を待ってから布で傷を拭えば、あるはずの傷は消えていた。

 液薬の効果は保証された。


 ドロシーはひとつうなずく。

「失礼」

 一言断ると、ぐっとその液薬を口に含む。そして、呆けているユリシーズの口に流し込んだ。

 ユリシーズがごくん、と飲んだのを確認すると、ドロシーはもう一度うなずいた。



「そこな悪魔! せいぜい今の内に、勝ち誇っているがいい! 私たちは、必ずここなダンジョンを攻略し、ここを平らげてみせる!」

 ここに一人の令嬢が悪魔に向かって宣戦布告した。

 悪魔の哄笑を聞きながら、人々はこれからの行く末を思案するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

成り上がり令嬢はダンジョンマスターを理解らせたい カフェ千世子 @chocolantan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ