第12話 名前くらい覚えてくれよ




 犬がキリっとした表情で口吻を開いた。


「コノフタリ、スデニ、犬ノぎるめん。引キヌキ、ダメ、ゼッタイ。法リツ」


 自警団の青年が眉根を寄せる。


「この犬、確か雷神の祝福ライトニング・ブレスのペットだろ。あそこはもう倒産したんじゃあなかったのか?」


 犬が誇らしげに何かの紙を一枚取り出した。


「トーサン、チガウ。犬、マスターナタ。コレ免キョショ。ミナガ、永遠ノオサンポ、行ッタ日ノ朝、テーブルニ、置イテアッタッタ」


 俺の知らない人魔統一政府から発行された、正式ギルドの証明書のようだ。ちゃんと印まで刻まれている。しかも名義は「犬」だ。

 というかこの犬、正式名称から「犬」だったのか。ひどい飼い主もいたものだ。

 自警団の青年が顔をしかめた。


「おいおい。本物だぞ、これ」


 その場にいた全員の同情の視線が犬に注がれていた。

 青年が吐き捨てる。


「まじかよ。雷神のやつら、経営破綻して夜逃げしたかと思ったら、魔物か魔族かギリギリのラインにいるこんな犬コロに借金を押しつけて逃げやがったのかよ。なんてひでえやつらだ」


 レイリィナと俺が、同時に素っ頓狂な声をあげた。


「借金!? 聞いてないわよ!?」

「借金!? 聞いてねえぞ!?」


 よくわかっていなさそうな犬が首を傾げてつぶやく。


「ホア? 犬、魔ゾク。魔モノチャウ。シャベレレル。ユエニ、魔ゾク」


 フンスと鼻息を荒げているが、問題はそこではない。

 青年が哀れみの視線を犬へと向ける。


「バカおまえ。おまえが魔物だったら逃げた雷神の野郎どもの借金だが、魔族を主張した場合はおまえの借金になるんだぞ。それが法律だ」

「犬、ナンカ、モラエルノカ?」

「尻尾を振るな。だから借金なんだって」

「シャキン、モラウーッ! ワッホ! ウレッシ!」


 二足で小躍りだ。

 だめだこいつ……。知能が……。

 こんなことなら火竜の肉以外はちゃんと売り払えばよかった。復興資金だ。いまさら返してくれとは言えないぞ。

 うう。胃が痛い。変な汗出てきた。


「犬、ヨウワカラン。デモ、犬、魔ゾク。ソレ、犬ノ、ホコリ。ユズラーヌゥ」

「そう言われると、こっちももうなんも言えないんだが……」


 犬がいそいそと紙をたたんで、丁寧に毛皮のどこかへとねじ込んだ。

 そしてみなの注目を集める中、胸を張り、可愛らしい声で胸を張って宣言する。


「犬ハ、コノ、ユッサン、マオサント一緒ニ――」

「ちょっと待った。ユッさんって誰だよ。俺はそんな名前じゃないぞ。フリッツ・シュトルムだ」

「あたしもマオじゃないってば。レイリィナ・ルシュコバ」


 犬が不思議そうに俺たちを見上げたあと、何かに納得したかのようにうなずいた。そして俺とレイリィナを順番に指さして。


「プリケツ、レーナ?」

「やめてよね! あたしがプリケツみたいでしょ! あとレイリィナ!」

「俺なんてまんまプリケツじゃねえか!? フリッツだって!」

「……わぉん?」


 本当に知能がギリギリだ。茶白の頭を傾げている。

 かわいいけど、こんなのがうちの大家だとは。今後に不安しかない。

 けれど俺たちのそんな心配をよそに犬は肉球のお手々を固く握り締め、力強く青空へと突き上げながら言った。


「――コノフタリト、ヒィロォギルドノ、設立ヲ、ココニ宣言スルノダー!」


 ヒーローギルド……?

 え? 何それ? 何すんの? 俺もう自警団には入れてもらえないの?

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ひーろーず! ~勇者くんと魔王さんのセカンドライフ~ ぽんこつ三等兵 @ponkotu3

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