第11話 火竜はナマで食べられる




 周囲を見回す。

 幸いここらへんに民家などはなさそうだ。街外れに墜とせたことで被害を抑えられた。

 レイリィナが凄まじい勢いで駆けつけてくる。

 半分ほど砕けた竜の残骸を一瞥して、彼女は両手を腰にあてた。


「あんた結構やるじゃん。人間にしてはいい線いってる」

「おまえもな。正直驚いたよ。剣があればひとりでも墜とせたんだが、素手じゃ俺にはどうしようもなかった。――レイリィナがいてくれて助かったよ」


 レイリィナが少し目を見開いたあと、口角を上げて戯けたような表情で言った。


「それはこっちの台詞。逃がさずに済んで助かったわ。竜種は賢いから、恨みを忘れずに戻ってくるもの。フリッツがいてくれてよかったわ」


 ああ。嬉しいな。染みる言葉だ。

 一度は世界から不要と切り捨てられた人間だから。生きることを許されたみたいで。


「へへ」

「ふふ」


 互いに笑い合う。今度は愛想笑いじゃない。

 ちょっとだけ関係が砕けた気がした。しばらくはともに暮らすのだから、そのほうがいい。


 しかしレンガートの滅亡は防げたが、後始末は大変だ。街を振り返ればそこら中で火の手があがっているし、避難から戻ってきた街の人々は消火活動に走り回っている。

 街を守る防壁の一部は倒壊しているため、今後は野盗や魔物の襲来にも気を払わねばならなくなるだろう。


 それでも――。

 街の人々がひとり、またひとりと、火竜の墜落現場に顔を出し始めた。竜の死を確かめにきたのだろう。剣や弓だけではなく、農業用の鍬で武装しているヒトもいる。怪我人も少なくない。

 みるみるうちにその数は膨れ上がり、俺は焦り始めた。

 鍬を持ったおじさんが、恐る恐る俺たちに尋ねる。


「あ、あんたらが、この竜を……?」


 まずいな。俺は顔を隠すように背けながら片手で仮面を覆って背中を向けた。説明はレイリィナに任せて、とっとと退散しよう――と思っていたのに、向こう側からも人だかりがやってきていた。

 まずい、囲まれる……。

 見ればレイリィナもまた仮面を両手で押さえて、顔をうつむかせている。どうやら彼女の方も訳ありのようだ。

 おじさんはさらに距離を詰める。


「なんてやつらだ……。こんなふざけた格好をしているのに……」


 俺たちだって好き好んでこんな格好をしているわけじゃなぁ~い……。

 街の人々が次々と現れ、俺たちを取り囲んでいく。


「倒したの? 竜を? どうやって!?」

「すげえなオイ! 伝説の勇者や魔王みたいな力じゃねえか!」


 ひ……っ!?

 冷や汗がダラダラ流れる。

 魔族の子供らが俺の足下に纏わりついてきた。


「やった! やっつけたんだ!」

「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 今度は人間の子供がレイリィナの手を取って嬉しそうに振っている。

 突然肩を叩かれて、俺は振り返った。


「おかげで助かったぜ、あんちゃん。あとでお礼させてくれよ」


 もはや俺もレイリィナも揉みくちゃだ。仮面がずれそうで恐い。

 に、逃げなければ。


「今日いっぱい野菜の収穫があったんだ! 持っていくから居住地を教えてくれよ!」

「うちのオーク肉も食べて! 新鮮だよ! 熟成ミノタウロスが好みなら、そっちもあるからね! もう一頭分まるごとあげちゃう! ああそうだ! この火竜の肉も解体したら届けるよ!」


 俺は尋ねる。


火竜これって食べられるのか? どうやって……?」

「ナマだよ、ナマ! 火竜と言ったらナマ! 塩振ってナマが最高にうまいんだよ! 普段から体温が高いからナマでも安全なのさ!」


 ああ、なるほど。理にかなっている。

 ……というか腹が減った。


「それに鱗や革、骨は優れた武具になるし、目玉でさえも魔物除けに使える。こいつはとんでもない大金になるぞ」


 レイリィナもあわあわしている。


「へ、へえ~。あ、あ、じゃあ、お肉の残りは街の人に分けてあげて。ほら、家を失った人とか、色々と物入りだろうし? ――あんたもそれでいいよね?」

「お、おう。復興に役立ててくれれば、俺たちはそれで……」

「あんたら、聖人かい!?」

「あ、あはは……」


 弓矢を担いでいた青年に仮面を押さえていた手をつかまれ、強引に握手をさせられた。


「なあ、あんたら。レンガートの自警団に入ってくれないか。あんたらがいれば安心だ。入隊試験は免除で幹部級の給金を保証する。頼む!」


 おお。おおおお。

 これは願ってもないお誘いだ。ようやく人間らしい生活ができる。あまり目立つのは困るが、レンガートの街のみを守る自警団程度であれば問題ないだろう。

 そう思って口を開きかけた瞬間だった。


「――アオォォ~~~ン!」


 犬の雄々しき声が響いたのは。


「待ツガイイ、皆ノ衆ミナンチュ!!」


 俺とレイリィナを含めた全員が振り返り、人だかりがふたつに割れる。その中央を堂々と二足歩行の犬が胸を張って歩いてきた。

 茶色と白のちっちゃいフォルム。言うまでもなく雷神犬だ。

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