第7話 男のプライド譲れぬ一線




 どうこたえるべきか迷っていると、外側から勢いよく開かれたスイングドアに背中を強く押された俺は、前のめりに転んだ。


「んがッ!?」


 痛え……。もう、なにぃ……?


「犬、まだいる!?」


 振り返ると、少女が立っていた。

 肩で荒い息をしている。ふと目が合うなり、彼女が俺に尋ねてきた。


「あら? どちらさま? あなたこのギルドの関係者?」

「他人の詮索をする前に言うことはないのかよ」


 俺は立ち上がってため息をつく。

 年齢は俺より年下、十代後半といったところだろうか。金色の直毛は背中まで流れ、瞳の色はまるでエメラルドのようだ。化粧気はなく、首許と腕だけにレースをあしらった黒色のドレスを着用している。コルセットで絞られた腰が滑らかなラインを主張しているあたり、名家の令嬢といったところだ。

 察するに、どこかの有力貴族の娘か。


「あ、そうね。ごめんなさい。大丈夫?」


 少女は俺を一瞥すると、わずかだけ首を傾げた。そのまま手を伸ばしてくる。

 つかめ、ということか。

 俺がつかむと、細腕にもかかわらずヒョイと軽く引き起こされた。それだけでわかる。この娘、人狼のアーデン以上に膂力がある。

 よく見れば何か――いや、その程度ではないな。力を感じるが。

 なんだ、これ。全身がざわついている。

 少女は怪訝な表情を俺に向けたあと、遠慮がちに尋ねてきた。


「ねえ。もしかしてあなたが、この犬の飼い主?」

「だから俺はギルド関係者じゃないって。あ。……ということは、おまえさんも飼い主じゃないということか」

「ええ」


 なんてこった。寄る辺なき気の毒な犬が一匹救われたかと思ったのに。というか家すらない分、犬などより俺の方がよっぽど寄る辺ないけど。

 まあ、口には出しては言わないけどな。プライドってものが俺にもあるからだ。この廃墟ギルドに住む犬以下の暮らしを、半壊した墓地の中でしているだなどと、どうしてこのような美少女の前で言えようか。男には決して譲れない一線というものがある。

 それがプライドというものだ。


「……」


 野良犬以下の俺は顔を伏せ、心の中でひっそりと静かに泣いた。

 しかし、対照的に犬は顔面を持ちあげる。お目々をキラキラ輝かせ、尻尾を千切れんばかりに左右に揺らしながら。


「わふ!? マオサァ~ン戻テキタ!?」

「だからマオじゃないってば。レイリィナよ。レイリィナ・ルシュコバ。――そんなことより、やっぱりここで住ませてちょうだい。ギルドのお手伝いはするから」

「わぉん!? ココ住ム!? ココ!? ココガエエノンカ!?」


 なんか言い方がイヤだ。

 レイリィナと名乗った少女が、恥ずかしそうな表情で後頭部を掻く。


「あたし、腕っ節しか特技がないのに、この街じゃもうどこへいっても衛兵も護衛も用心棒も足りてるって言われちゃって……結構探したんだけど」


 ええ、勘弁してくれ。その話が本当なら、俺まで無職確定じゃないか。

 しかしだからといっていまさらアーデンの家に世話になるわけにもいかない。せめて雨風しのげる場所を探さなければ。もちろん墓地以外で。

 少女は恥ずかしそうに両手をコルセットの腹あたりにあてて、ぺこりと犬に頭を下げる。


「えへへ、さっき断っといてアレだけど、犬さえよかったら住み込みでここにいさせてもらってもいいかしら? 傭兵のお仕事がなければ、外で何かお仕事を探して稼いでくるから。とりあえず雨風をしのげる屋根と壁がほしいの。お願いっ!」

「雨風をしのげる屋根と壁……? 切実だな……」


 そうつぶやくと、レイリィナがエメラルドの激しく目を泳がせた。


「う……っ。えへ、えへへ、その~、色々とのっぴきならない事情がありまして?」


 ものすごく動揺をしている。

 どうやら貴族のご令嬢にも見えるこの少女もまた、俺とそう変わらない立場にいたようだ。気の毒に。野良犬にすら頭を下げねばならない犬以下仲間だな。仲良くなれそうだ。

 よし。住居確保のためだけにでも、ここは俺も便乗しておくか。

 俺は犬に遅れて頭を下げた。


「左に同じ! よろっしゃ~す!」


 プライド? 譲れない男の一線?

 クソの役にも立たないそいつらなら、たったいま絞め落としたよ。

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