第3話 死を選んだ理由




 近衛騎士らが力なくうなだれた俺を取り囲んだ。数多の魔族を斬ってきた聖剣を奪い取られ、縄で両腕を固く縛られる。

 ああ。ああ。ならば俺たちのしてきたことは、一体何だったのだろう。

 アルフェリクト王がつぶやく。


「フランシス。我らを許せとは言わぬ。恨んでくれて構わぬ」


 その言葉に、俺は呻くように返した。


「飢えを凌ぐために虫や雑草を食べた……」

「苦労をかけたな」


 アルフェリクト王はにべもなくそう言った。感情など欠片も籠もらぬ表情と口調でだ。

 俺の言葉は止まらなかった。


「未知の病に罹り、何週間も洞窟で震えていたこともあった。強力な魔物から逃走し、命をかけて何度も挑んで、打ち破ってきた」

「大義である」


 感情の抑えが効かなくなった俺は、声を荒げる。


「冬の山脈では身を寄せ合って寒さを凌いだ! 怪我をしては魔術や薬草でむりやり回復し、傷を塞ぐ間もなく戦い続けた!」

「……そうか」


 パーティの魔術師アリサちゃんに結婚を前提にと告白して「普通にムリです」と苦笑いでふられてからは、正直ちょっと気まずかった……。でもこれは黙っておこう。


「魔王を打倒するまで、あと一歩のところまで迫っていたッ!! それでもあなたは俺に戦うことなく、ただ死ねと言うのかッ!?」

「そうだ。ひとつの命はひとり分の命にすぎぬ。百万のそれには代えられぬ」


 全身の体毛が逆立った。皮膚が粟立ち、アルフェリクトに対する殺意と人類への失意が溢れ出し、心がどす黒く濁っていくのを感じた。いますぐ両腕の縄を引き千切り、この場にいる者を皆殺しにすることくらい、いまの俺ならば剣がなくとも簡単だ。

 そんなことを考えた瞬間、抑えようもないほどの殺気が自身の肉体から溢れ出たのを感じた。


「う……」

「こ、これは……」


 途端にアルフェリクトを護衛する近衛騎士らが、息を呑んで抜剣しながら半歩後退する。強大な力を持つ宮廷魔術師オーゲンでさえも顔色を変えた。

 だが、戦う力など持たないはずのアルフェリクトだけは。この王だけは俺の殺気に一歩も退かなかった。厳格な瞳をこちらに向けるばかりで。


「……」


 いつでも殺せる。三秒もいらない。

 わかっている。アルフェリクト王を殺せば人魔戦争は終わらないことくらいは。

 でも、もういいだろう。これまで命を削るようにして人類のために戦ってきたのだから。残りの人生を自分のために生きるくらいのことは許されるはずだ。他人が何百万人亡くなろうとも。

 そうだ。そうだとも。こんな世界なら、こんな人類なら滅んでしまえばいい。

 ……殺そう。王を。


「~~ッ」


 でも、俺は。

 結局俺は、自分が考えていたよりもずっと〝勇者〟だったらしい。

 できなかった。これから死にいく民を見捨てられなかった。世界を見捨てられなかった。人類を愛しているからだ。


 長い、長い時間が経過した。王座の間は沈黙し、時間ばかりが流れていく。

 けれども、やがて。

 やがて俺は膝を折り、うつむいて、静かに告げる。


「……残る三名の仲間が無事に帰還したら、その身の安全だけは保証してください……」

「彼らの命は講和の条件にはない。パドラシュカ国王アルフェリクトの名にかけて、その後の人生を約束しよう」


 やがて近衛騎士によって立ち上がらされ、縄が引かれる。


「歩け」


 こうして俺は極刑に処されることとなった。

 狭く暗い、窓すらない地下室に連れて行かれ、宮廷魔術師オーゲンによって魔法をかけられる。次の瞬間には急激に眠気が訪れ、急速に眠りへと落ちていく。


 眠らせてから執行するのは、せめてもの情けか。

 最期の思考が巡る。


 あぁ、疲れた……。

 ただ勇者の血筋にあっただけでこんな目に遭わされるとは。次に生まれ変わることができたら、俺はもう剣なんて握らない。


 平和な世界で、ただのんびり生きて、アリサちゃんのようにステキな女性と結婚し、授かった子を育てながら、ゆっくりと流れるように、年を……取り……た…………い………………。

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