第46話 騎士団との商談


 時は通信機の伝達よりもいくばくか巻き戻る。


「………は、はは。……ワタシは何をやってるのでしょうネ」


 ワタシ……マルグレリンは、誰もいなくなった部屋で一人自嘲する。先ほどまで話していた二人はここにいない。重力が歪んだかと思えば、椅子からも弾き落とされて部屋に一人転がっていた。

 ここにいない二人は、別の場所に飛んだのだろうか?どうやら私だけが無理やり弾き出されたのだろう。が魔王イゼルマの名代だというのなら、それだけの力があるのは頷ける。奇妙な納得と共に、胸中に浮かんでいたのは焦燥だ。


 彼が本当に悪魔のカイナだとしたならば、まんまとワタシたちは利用されていたことになる。

 モーガル大臣はそれを知っていたのだろうか……否、既知か否かは関係ない。それを知った瞬間彼はコチラの尾を切るだろう。

 このまま放置して万一があれば、この商会もワタシ自身も破滅の一途を辿ることになる。



 それに、ここにはいないもう一人。空になっているカップの席を見た。自白効果のある薬を入れたお茶を難なく飲み干して微笑んでみせた青年。

 あれだけの胆力があるのならば易々とイゼルマの名代に呑まれる心配はなさそうだが……それでも、胸にはしこりが残る。商人として多大な瑕疵を与えてしまったことだけではない。


 ── 失敬ですがその指先の硬さと近くのものを見る時の癖、マルグレリン様も目利きに優れた方かと思いましたが。


 本人は何の気もなく口にしたのであろう言葉を思い出す。

 商人としての誇りよりも、商会の幹部としての利益を優先するようになったのはいつからだったか。気が付けば自分で目利きをすることもなくなり、部下の判断したものをより最適な価格で卸すことばかりを考えていた。


 白聖人の話を聞いて関心を抱いたのは、その卸値が適正ではなかったと聞いてからだ。自分の名前で取引をしていた製品の本質を瞬く間に店頭で見極めた存在。

 ……使えると思ったのも紛れもない事実だ。だが、本当は。


「……まったく、こうしてはいられませんネ」


 尻もちをついていた体勢から立ち上がる。

 必要なものを保管していた倉庫は何処にあったか。この後の予定を目まぐるしく勘定しながら、足は次第に駆け出していた。運動不足の体はいとも容易くもつれそうになりながらも、気ばかりが急く。


 本当はきっと、ヴァイスと話をしたかった。目利きの腕を何処で磨いたのかと聞いて、一瞬で目利きをしたコツを聞いて。そんななんて事のないやり取りをしたかったのだ。

 ずっと前に癖になっていた、目利きとしての特徴を指摘されていやに胸が弾んだのも、きっとそれが原因だった。



 ◇



「…………信じがたい。黒百合商会内に悪魔のカイナ、それも魔王の名代を名乗る幹部が潜り込んでいた?」


「それが本当だとしたら上のモーガル大臣も一枚噛んでておかしくねぇな、ぶっちゃけ……。おい、うちも内密に調査をはじめるべきじゃねえの?」


「そ、それよりも!ヴァイスさんがその魔王の名代に連れていかれたってどういうことですか……!?」


 騎士団へと駆け込み全てを告げれば、途端そこは嵐のようになる。悪魔のカイナはテロ組織として、騎士団は対応に長らく追われていた存在だ。それが国を支える三つの派閥の一つに深く食い込んでいたとすれば、動揺も仕方がない話ではある。


 だが、最もそれを伝えるべき、そして伝えるのが恐ろしかった存在はそこにはいなかった。通信機の向こう側、ただ沈黙だけが返ってくる。

 首にぐるりと縄がかけられた心地だ。騎士団は彼の城であり、彼が一つ指を揺らすだけでその縄はワタシの首を容易に締め上げるだろう。


 それでもこの、引くわけにはいかなかった。


「お話についてはお伝えした通りでス。我々の中には確かに悪魔のカイナが存在した。ええ、それを事実として認めましょう。必要とあらば、後日騎士団からの監査や調査も受け入れます……が、今は時間がありません」


 懐にしまっていた蒼い宝玉に術式を刻んだ金のリングがはめられた、手のひらサイズの魔鉱器具を取り出して机に置く。

 魔鉱産業の技術の髄を集めた商会の傑作だ。


「これはまだ試作品ではありますが、転送装置の一種です。こちらの発する魔力を通信機に読ませることで、通信機が発する魔力を通じて通信機から通信機へ飛べまス。自ら魔法を操ることのできるネグロ騎士団長さまなら、これを使うことでこちらへと戻ることも可能でハ?」


「えっ、そんなものが存在するんですか!?」


 大きな声をあげたのは聖女アカリだ。異世界から訪れた彼女には驚くべきことなのだろうが、それは他の騎士団の面々も同じだ。


「……本当にんな効果あるのか?信じられるわけねぇだろ」


「う、うーん。わざわざここまで来るってことはマユツバじゃないと思いたいけど……技術的にそんなこと出来るのか?」


「眉唾であろうとなかろうと、持ってきたものが期待通りの作用をするとは限りません。そのようなものを我が団長に使用して、万一のことがあったらどうなさるおつもりで?」


「……え、ええと。それを使う代わりに私たちが向かってまずは調査をしてみるとか」


 ポール、イェシル、ユーリス、アカネから四者四様の反応が返ってくる。拒絶、困惑、懸念、提案。いずれにしても今すぐにその道具を使うことに対する懸念を滲ませていた。


 本音を言えば、マルグレリンとてそれは同じだ。この魔鉱器具を開発する際にあの魔王の名代と名乗る男の手が介在されていない保証はない。

 だが、これは提案や相談ではない。商談だ。故に商人であるマルグレリンは胸を張って、逆に彼らに問いかけた。


「皆様がたの不安は理解できまス。安全策については無論取っておりますが、それを全て説明したとて、信用はしきれないでしょう。

 ですが逆に問いまス。伝説に存在するかの魔王、その名代を名乗る男に対して、皇国騎士団騎士団長であられるネグロ殿以外の者が向かい、太刀打ちできると思いますカ?」


 問いかけには沈黙が返ってくる。唯一聖女だけが口を開きかけるが、そこから発されたのは不明瞭で小さな呻き。──本来ならば聖女である彼女こそが相対すべきだと、理解はきっとしているのでしょう。だが、現実問題まだ聖女として活動をはじめた一人の娘に対峙できるものではない。


 今魔王と相対して勝機があるのは、この国でもただ一人だ。


「ですが、逆に言えばこれはあなた方からすれば好機でしょウ。皇国の三派閥、その力関係は今やこう着状態となっている。……風穴を開けるための勲功として、その剣と盾を振るうつもりはありませんカ?」




「…………なぁるほどな。ぶっちゃけ、テメェらに対処できねぇ問題を肩代わりしてもらう代わりに派閥問題に風穴をあける選択肢をやりますよってことか」


 それまで口を挟まずに話を聞いていた、ツィルハネ師団長が頭をかきながら核心をつく。


「派閥だなんだと言っても結局一番上に立ってるのが皇帝陛下なのは変わりない。貴族どもは皇帝さまと大臣さま優先だしな。

 だからうちの騎士団がこれ以上の拡張を望もうと、今のままじゃ理由がない……が、悪魔のカイナの幹部クラスをひっ捕らえれば、話は別だ」


 赤い髪をした少女が「はわ……」と小さな声をあげる。

 それを気に留めることなく、師団長は言葉を続ける。


「だが、いいのか?これはつまりあんたの上……モーガル大臣の立場を揺らがせる。あんたの商会だってただじゃ済まないぞ」


「承知しておりまス。ですがこのまま放置していた方がただでは済まない。……ワタシは商人、何よりも優先すべきは商会。

 不祥事が起きた以上、発覚は商会の責任を問われ、沈黙は大臣に弱みを握られる。ならば負担の少ない最善を選びたいと思っているのでス」


 ガラスの奥の瞳を細めてむければ、腕を組んだツィルハネ師団長がこちらを睨みつけてくる。

 正義の味方は大変ですネと胸中で呟いた。助けを求めてしまった以上、公明正大な対応をこの騎士団はせざるを得ない。彼らを支持するものはそれを望む者たちなのだから。


「…………はぁ。ぶっちゃけシャクだが、聞かされた以上丸で無視するのは出来ないか」


「本当にいやらしい手段です。わざわざ方法をこちらに提示して選択させてくるのですから」


 騎士団の上層部二人がこちらの意図を理解して心底鬱陶しそうな顔をする。


「ええ、もちろん選ぶのは貴方がたでス。ワタシは選ぶ権利がありません……が、あなた方にも労苦に見合った利益があると思いますし、無論ワタシめもそれに協力させていただきます」


「はぁ……とはいえ、あなたのその提案を飲むか飲まないか。最終的な決断をするのは我々ではありません」


 いかがしますか? 団長。


 その場の全員の視線が、一つの通信機へと注がれた。

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