初めてのダンジョン探索(仮) 1



「はい、それじゃあ生徒諸君!ちゅうもーく!」


 パンパン、と、二回手が叩かれて。

 あたしを含めたギルドのメンバーとアニキ君達、みんなで横一列に整列してその人に注視する。


「うんうん。素直でよろしい。酷い時はこの時点で斜に構えて反抗的だったりするからな。それじゃあ、分かってるとは思うけど、改めて、ここでもう一回自己紹介をさせて貰う」


 先生は頷いて、その端正で中性的な顔に不敵な笑みを浮かべた。

 

「オレはフェイ、『群青のフェイ』と、そう呼ばれた元冒険者だ。今は学園の戦闘技術科で教鞭をとらせて貰ってる。近接戦闘についても教えることもあるが、主な担当はダンジョンアタックについてだ」


 フェイ先生は順々にあたしたちの顔を見回した。


「今日の目的はお前たちパーティーのダンジョンへの適性試験だ。と言っても、それほど難しいもんじゃない。学園内にある、本物のダンジョンと同じ環境の練習用ダンジョンに入ってもらって五階層まで進んで帰って来るってのと、その途中で一回戦闘を行って貰う。たったそれだけ」


 簡単だろ?とそう付け加えて、からからと笑うフェイ先生。


 カク先輩の話によると本当に簡単な試験らしいけど、初心者のあたしにとっては不安も不安。

 

「この試験で見るのはダンジョンへの適応能力だ。ダンジョン内部の空気は人間の世界よりも、魔界なんかに近い。だから適性の無い奴はダンジョン内部に入っただけで気持ち悪くなったり、下手すれば倒れて動けなくなったりもする。そういう生徒を選別するための試験だ」


 最低限、これをクリアできなきゃ話にならない。

 そういう基準らしい。


「戦闘を一回挟むのも同じ理由だな。こっちは精神的なもんで、ダンジョン内でモンスターに出会ったらその場でパニックを起こして最悪仲間を撃ったりするようなやつをふるい落とすためだ。そういうのも残念ながら一定数はいる」


 どっちも、そう数は多くないらしいけど。

 どっちかだけでも該当したらその時点でアウト。

 改善が見込めるまでダンジョンに入るための資格は絶対に与えられない。


「オレも教官として監視につくし、今回の試験に限っては積極的にサポートもする。安心しろ。この試験で落ちる奴はいても、命まで落とす奴は出たことがない。冒険者として再起不能になった奴はごくごく少数存在するが……。そういう場合も、とっとと普通科方面に舵切った方がいいからな。そのための適性試験だ。分かったか?」


「「「はーい」」」


「分かったのである!」


 返事をしたのが、あたし、パドちゃん、キリエちゃんで、あとはアニキ君が一際大きな声で吠えるように答えた。


「うんうん。元気があってよろしい。あとカクガネ。お前、あとで補習な?地獄の模擬戦な?」


「……フェイ教諭。職権乱用はいかがなものかと」


「ならきちんと返事くらいしろ。このひねくれ者」


「……はい」

 

 よし、と一つ頷いて。


「それじゃあ、行こうか」


 フェイ先生の先導の元。

 あたしたちギルドの、初のダンジョン探索(仮)は始まろうとしていた。





 ことの起こりは数日前まで遡る。


「もうだめだー!」


 ギルドの内輪だけの結成式の場で。


「お終いだー!あたしの使い魔君たちは好事家に売られてあたしは会長に借金のカタに買われちゃうんだー!」


 あたしは頭を抱えて絶叫を上げに上げた。


「落ち着け」


「これが落ち着いていられますか!破綻ですよ!計画全部破綻!」


「落ち着けと言ってる。そこまで悲観するほど悪い状況でもない」


「何故ですか!」


 はーっと、カク先輩は深く、ふかーくため息を吐きながら教えてくれる。


 ちなみに、カク先輩に詰め寄るあたしのことを見てパドちゃんが若干引いてるのが目の端に映ったけどそれは見なかったことにする。


「最低限の人数である四人は集まった。この時点でギルドの申請は自体は可能だ。ここまではいいな?」


「はい!けど、人数が集まっても、ダンジョンに入れなきゃ意味ないじゃないですか!」


「それは正しい、が、間違いだ。正確に言えば、ギルドのメンバーだけではダンジョンに入れないだけで、どこかから『中級回復魔術ヒール』を使える回復役ヒーラーを借りてきてパーティーを組めばダンジョンアタック自体は可能だ」

 

 確かにカク先輩の言う通り。

 ダンジョンアタックを行うこと自体に問題はない。


「けど」


 それはそれで、他に問題が出てくる。


「そうだ。前に話した通り、魔石か或いは高額な報酬が必要となる。どちらもこのギルドの目的にとっては痛手。あまりとりたい手段とは言えない、言えないが」


 そこでカク先輩がキリエちゃんを見る。


「魔術科の人間が加入したのなら話は別だ」


「へ?アタシのこと?」


「そうだ。長期的に見れば雇いを入れるのは大きなマイナス要素だが、短期的ならばそれほど大きな問題ではない」


 つまり。


「将来的にキリエが『中級回復魔術ヒール』を覚えるまでと、そう割り切ればいい。現実的に、臨時の雇いを入れるのがそれまでの期間だけならば、リカバリーは十分きく」


「加入したばっかのアタシにそんな重要な役割振るのかよ!」


「期間で言えばここに居る奴らは皆ほぼ変わらん。それに、お前は金が必要なんだろう?いいから、やれ。重要なことだ」


 あたしもキリエちゃんの手を取ってお願いする。


「お願い!キリエちゃん!キリエちゃんだけが頼りなの!」


「……いや、まあ、ギルド長がそう言うんならやれるだけやってはみるけどさ」


「最初にここに来た時の威勢を思い出せ。優秀なんだろう?」


「あんた嫌味のこと言うね」


 さらっと言われて、キリエちゃんの顔が引きつる。

 あの最初のやり取り、キリエちゃんにとっては少し黒い歴史になってるっぽい。


「よし。では話を進めるぞ。メンバーが最低人数の四人集まった所で出来ることが幾つかある」


 結成式のはずが、いつの間にやらカク先輩に場を乗っ取られてしまうあたし。

 めげるな、あたし。


「とりあえず最優先でこなすべき科題が一つ。これをしなければ、なにをするにも話にならん」


 次の目標、科題。

 それが。


「ダンジョンに入るための適性試験だ」





 それで、この状況。

 色々分かってるカク先輩が居てくれたから、申請をしてから数日で試験までこぎつけることは自体は簡単に出来た。

 

「よーし、みんな、準備は出来たかー!装備の点検は済んでるかー!忘れ物ないだろうなー!」


「「「はーい」」」


「……はい」


 学園の南の区画に作られた、広い専用のスペース。

 人工的に作られたダンジョンの入り口。

 それっぽい意匠の彫られた門を目の前にして、やっぱりちょっとドキドキする。


「よし、そんじゃあ、さっそく突撃だ!気分が悪くなったら我慢したりせずにちゃんと言えよー!」


 フェイ先生が門に手をかけて、ゆっくりと開いていく。


 空気が変わる。


 

「ここが」


「ああ、そうだ」


 カク先輩は慣れてるんだろう。

 その肌で感じられる瘴気に、微動だにせず言う。


「ダンジョン」


「ま、偽物だけどな。ほら、入って来い」


 フェイ先生に促されて、その石造りの空間に足を踏み入れる。


「…………」

「…………」


 あたし以外の二人、パドちゃんもキリエちゃんもちょっと分かり易く緊張してる感じだった。

 ちょっと、意外。

 

 そんな中で。


「待て」


 フェイ先生が小さく、けれど鋭く制止の声を上げた。


「……おかしいなこんな時期に」


 フェイ先生の視線の先を追えば、そこには先客が一人。

 それを見て、フェイ先生が手で合図を出す。


 事前に学習してたハンドサインによれば。

 あれは確か『待機』のサイン。


「おーい」


 フェイ先生はあたしたちを待たせたまま、その人に声をかけに行く。


「何してんだ?」


「フェイ教諭」


 向こうは、フェイ先生のことを知ってるっぽい。

 あたしたちは、黙ってその二人のやり取りを見ていることにした。


「あー、確か支援科の」


「クライムです」


「そうそう、そんな名前だったな。確か『ミラスタ』の副官」


「……あまりそのように略さないで頂きたいのですが」


「あんな長ったらしい上にくそダサいギルド名つける方が悪い」


「…………」


「それで、こんなとこで何してんだ?」


 フェイ先生の質問に、クライムさんは答える。


「本日はうちのギルドも、ダンジョン内で入団試験を行うんですよ」


「ほーん?あいつが、こんな時期に?」


「ええ、特別に」


「ほーん」


 ……なんか、予定とは違うっぽい感じだけど。

 あたしたちには、あんまり関係無いことの、はず。


「……まさか」


 そんな中で。


「カク先輩」

「……偶然か?」


 カク先輩は、一人なにか考え込んでいるようで。


「いや、流石に考えすぎか」


「えっと」


 会話してる二人の邪魔にならないように、こそこそっと耳打ちする。


「あの人、お知り合いなんですか?」


「ああ。何度か顔を合わせたことはある。現在の学内トップギルドの副官を務める男だ」


「へー」


 なんかよく分かんないけど凄い人っぽい。


「まあ、こっちはこっちでやらせて貰うよ」


 話は済んだのか、フェイ先生が戻ってくる。


「ああ、済まんね。なんか、予定被りが起こってたらしい。まあ、こんな時期にしては珍しいけど無い話じゃないしな。こっちの変更は無しだ。ただ」


 フェイ先生がカク先輩を見る。


「警戒は十分するように。特にカクガネ」


「はい」


「後輩の面倒はきっちり見ろよ」


「そのつもりです」


「ん。分かってるならいい」


 なんだろ、今の。

 さっきまでとはなにかが違う。

 ちょっと、不穏な感じ。





「待たせて悪いね」


「いえ」


 試験の準備のためにすべきことがあると、そう言って入口に行っていたクライム先輩が戻ってくる。

 僕はその間に装備の点検をしておくようにと言われていた。

 

「装備の方は?」


「問題ありません」


 メイン武装の儀礼剣や、いざという時のためのポーション、深度計などの各種アイテム。

 全て確認済みだ。

 

「よし。なら、始めよう。試験は簡単に、十階層まで。出来るね」


「はい」


「ああ、それと」

 

 すいっと、視線が入口の方へと向かう。


「さっき、入口で戦技科の教諭と会ったよ。どうやら他のギルドの試験の日程と被ってしまってるようだね」


「そんなことが?」


「まあ、急な日程組みだったから仕方ないね。けどまあ、よく留意しておくように」


「……?はい」


 まあ、そういうこともあるだろう。

 それで中止にする理由もない。


 けど、こんな風に言及するような理由も思い当たらない。


「……こんな遅い時期にどんなギルドが?」


「まだ入り口にいるよ。少し覗いてみるといい」


「………」


 別にそこまで気になった訳じゃないけど、こう促されてるのに断るのも何だと思ってこっそりと扉の隙間から入口の様子を伺う。

 

 そこで。


「っげ」


 思わず、声が漏れてしまった。


「どうしたんだい?」


「あ、いえ、なんでもありません」


(なんであいつが)


 そこには、僕をこんな状況に追い込んだあの女生徒が。


(……日が悪いな)


 僕の大切な日にあんなのが関わってくるなんて。

 本当、縁起でもない。


 

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