初めてのダンジョン探索(仮) 序章
「なるほどなるほど」
そう言うと、豪奢な椅子に座るその大男は特徴的な長髪をかきあげて大仰な仕草で足を組み替え。
「つまり君は我がギルドへの入団を希望すると、そう言う訳だね?」
「はい」
「ふむ」
僕の返事を聞いて、大男は尊大な態度を少しも崩さないまま彼の副官が用意した紅茶を口にした。
「マギアス家の御家事情も、大変だねえ」
君もどうだね?、とそう促されて。
頂きます、と僕も紅茶を口にする。
「…………」
落ち着けと、自分に言い聞かせる。
一応は客人扱いはされているのだ。
これまで、値踏みなんていくらでもされてきた。
そしてそのたびに僕は、自分の優秀さを示すことでその全てを乗り切ってきた。
今回だって、僕は……。
「生憎だが」
紅茶を味わっているのか、目を閉じて、口元には笑みさえ浮かべながら。
「君をうちで使う気はないよ」
はっきりと、そう言われた。
「……なぜですか」
「ああ、勘違いしないで欲しい。君の能力に疑問がある、という訳ではなくてね」
ティーカップを置いて、片目だけを開いて僕を見る。
「私は、今年の新入生を誰一人としてギルドに入れるつもりはないのだよ」
あくまで、興味のなさそうな瞳だ。
「我がギルド『ミラクルダイヤモンドスターズ』は今年、学園のダンジョンの到達階層記録を塗り替えるつもりだ。それだけの装備、規模、人員の確保はすでに出来ている」
「それなら……!」
「つまり」
僕の言葉を遮って。
「必要な人員であれば去年の時点で確保しているし、これ以上は過剰だと、そう言っているのだよ。それに」
現在、学園で最高峰のギルドを束ねる男は。
「この、偉大なる私と!たったの一年未満の!そんな短い期間しか一緒に居られないという不幸!それを後輩に押し付けるなんて所業、私にはとてもとても!」
そう言った。
そのふざけた態度に、内心で歯噛みする。
何が『とてもとても』、だ。
体のいい断り文句じゃないか。
そんな感情を押さえつける。
「……僕なら、即戦力になれます」
「見解の相違だね。どれだけ実力が高かろうが、高度にシステマチックな我がギルドにおいて、即戦力にはなりえない。それが、私の主張であり主義だ」
そもそも、とそう前置きをして。
くく、と好奇の瞳と共に笑みを浮かべる。
「こんな編成時期のギリギリになってギルドに入りたいだなんて、君のような優秀な人間らしくないね。つまり君は本当は、どこか別のギルドに所属が決まっていたのではないかね?」
「…………」
「そして、そこを追い出されたという訳だ。そして、その原因は」
「……………」
「あの決闘か」
言われて、隠しきれず、拳を握りこんでしまう。
顔も強張っていることだろう。
「図星か」
「……ええ」
「良かったじゃないか」
良かった……?
ふざけんな、と、思わず立ち上がって叫びそうになる。
けれど、それをさせなかったのは、これまでの僕の生き方そのもの。
貴族の、プライドそのものだ。
「……何故、良かったと、と」
それでも精々、取り繕ってそう絞り出すかのように言うのが精いっぱいだった。
惨めだ。
今の僕は。
「何、簡単な話だよ。あの決闘を見て君の評価を落とすようなギルドに身を置かなくて済んだからさ。ロクなところではないよ。付け加えて言うのなら」
びしりと、指を突き付けられる。
「私は君のことを、個人としては評価しているのだよ、アウル・マギアス君。魔導科での成績などは当てにならないが、あの決闘は悪くなかった。高度な『血壊魔術』に、あの会場を揺らすほどの『咆哮』に耐える程の強固な『魔導障壁』!勝敗になど関係なく、君は実に優秀だった。だ、が」
手が降ろされて、空気が変わる。
僕に向けられていた熱が、霧散していくのが分かる。
「時期が悪かった。君がもしも去年に入学していたのなら、私自らがスカウトに行っただろうに。本当に残念だ」
「それなら!」
「悪いが、さっきも理由は述べただろう?一年も共に居られない者と、私の学園最後の偉業を共に歩ませる気はないよ」
「……それでも」
もう、何を言っても無駄だろう。
「そこを曲げて、お願いします。僕なら、僕なら足を引っ張るようなことは」
それでも、最後の悪あがきとばかりに言葉を重ねて。
「……ハァ、全く」
困ったものだ、と、そう態度に表しながら。
「分かった、いいだろう。君が即戦力を謳うというのなら」
この学園で最も力を持つギルドの主は、面白くもなさそうな顔で言うのだった。
「光栄に思いたまえ。この私が主義を曲げて、試験をしてあげようというのだ。そこで存分に、自分の優秀さを示したまえ」
「くそ!」
ギルドハウスを出て。
誰に聞かれるか分からないと、そう理解したうえで悪態をつかずにはいられなかった。
「まるで呪いかなにかだ」
あの決闘に負けてからからずっと、それに付随してロクでもない事ばかりが起こる。
入る予定だったギルドに拒否されたのもそう、どこに行っても門前払いにされるのもそう、もっと言えば。
「……なにが、冒険者貴族だ」
家の事情も、そう。
なにが悲しくて、ギルドなんて物好きの集団に入って、ダンジョン探索なんて前時代的なことをしなければならないのか。
僕には理解できない。
「……くそ」
それでも家督を継ぐためには。
一人前と認められるには必要なことだった。
なんであれ、こんな面倒ごとはさっさと終わらてしまいたい。
僕は。
「……冒険者なんて、バカみたいだ」
この学園の、こういう所が大嫌いだった。
「よいのですか?」
マギアス君が出て行ったあと。
一応ずっと後ろに控えさせていた副官にそう言われる。
「今年は、誰も……」
「いいも悪いもないのさ」
私は懐から、印の付けられた一枚の手紙を取り出す。
「これは」
その印を一目見ただけで我が優秀な副官殿は、これが何かを理解してくれたようだ。
「生徒会の!」
「あの女狐が何を考えているかは分からないが」
なるほど、内容はそれなりに手が込んでいた。
それでいて、狙いは読めない。
「なに、この辺りであの女狐に貸しを作っておくのは、悪くない」
ここ最近の、あの女の動きは不可解な部分が多い。
何かが私の知らないところで動いているような。
そんな予感がある。
「さあて、この私を動かすのだから、楽しませ欲しいものだがね」
少なくとも。
このごく短い、凪のような時間の。
いい退屈しのぎにはなりそうだ。
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