合言葉は『いっかくせんきん!』 4


「なんというべきか」


 キリエちゃんが部屋を去った後。


「嵐のような女だったな」

 

 カク先輩がこの場に居る全員の内心を代弁するかのようにそう言った。


「あー!」


 対して、あたしは頭を抱える。


「なんでこうなっちゃうかなぁ!」


 キリエちゃんがあんな風に帰っちゃったのは、きっとあたしの言ったことが原因なんだろうけど!

 なんでか、全然理由が分かんない!


「気にするな。するだけ無駄だ」


「しますよ!これ絶対、あたしのせいなんですから!」


「だとしてもだ。それで何も言わずに勝手に去っていくような奴を気に掛ける余裕があるか?」


「それは……」


「実際、俺も惜しいとは思う」


 カク先輩は、そんな意外なことを言った。


「惜しい?」


「ああ。魔術科の生徒で優秀だというのなら、一番難しいと考えていた優先事項、ここが解決したかもしれん」


「あ、そっか」


 カク先輩の言う最優先事項。

 それは事前に言われていた、ダンジョンアタックを目指すパーティーの必須項目。


 『『中級治癒魔術ヒール』以上の治癒術を扱える者』


 この条項のことだ。


「最初からここが一番の難題だと思ってはいた」


 学園の生徒で、『中級治癒魔術ヒール』を扱えるほどの治癒術師はあんまり多くないそうで。

 

「そういう奴は、魔術科の生徒でも魔導科の生徒でもどこも引っ張りだこだ。わざわざ、こんな小さなギルドに所属する意味がない。そうなると、ダンジョンアタックの際には雇いの回復役を連れていくことになるんだが……」


 ここで、一つの問題が生まれる。


「魔術師の雇いは大抵、魔石を報酬として欲しがる」


 そう。

 カク先輩と、目的が被ってるのだ。


「俺は譲る気がない。譲れば、俺がここに入った意味がなくなるからな。つまり」


 うちのギルドは最初から一個、とれる手段が消えてるということになる。


「魔術科で優秀な奴で、そこのピースが埋まるのなら諸手を上げて歓迎したんだが」


 候補があれではな、とカク先輩は肩をすくめた。


「まあ、縁がなかったということだ」


 カク先輩は、もうすでに諦めてるっぽい。


 パドちゃんも自分の作業に戻っていて、部屋の空気はさっきのこと、無かったことにしようとしてるみたいで。


「………………」


 けど、あたしは。


「ごめんなさい」


 がたりと、やたらと座り心地の悪い椅子から立ち上がって。


「あたし、やっぱり気になるので」


 ので。


「追いかけてきます」


「正気か?」


「どうせやることありませんし」


 それにあたしには。

 あの子は、他の候補の人たちとは違って。

 可能性があるっぽい、ように見えた。


「……なら好きにしろ。お前がギルドの主だ」


 カク先輩も、止めるつもりはないみたい。


「ふむ」


 くつろいでいたアニキ君達も、あたしに追従するみたいにすっと立ち上がって。


「我らも、行くのである」


 そう言ってくれる。


「うん、ありがと」


 さて、行くとしてもどこに……。


「……行くのなら西棟だ」


「え?」 


「……あのポスターを、貼り直しに行ってるはずだろう」


 なるほど、そっか。


「ライト君、流石」


 促されてあたしはさっそく、駆け足気味に西棟の方へと向かった。




「うーん」


 場所は変わって西棟の掲示板、辿り着いたはいいものの。

 唸る、困った。


「ポスター、奇麗に貼りなおされちゃってるね」


 そこにキリエちゃんの姿は無く、すでにポスターは元通り。


「手がかりが消えた」


 どうしよう。

 悩んでいると。


「……シズク」 


「ん?」


「……教会の方見てみろ」


 ライト君が、何かを発見したようで。


「あれ」


 視線の先には、見慣れないものが。


「梯子?」


 大きいから、結構目立つ。

 掲示板から教会の方へと歩いて進んで、その存在を確かめる。


「確かに梯子だ」


 教会の脇から、屋根に伸びるように掛けられた木製の梯子。

 はて、誰かいないかと視線に上に向けると。


「へ?」


 なんか、上から。


「あっぶな!」


 咄嗟に避ける。

 カランと、足元で乾いた音を立てた危険物なそれは。


「板?」


「ああ、悪ぃ!下に人がいるなんて……って」


 頭上を見上げれば。


「さっきの人」


 そこにはあたしを撲殺しかけた犯人が。

 もっと言えば、気まずそうな顔をしたキリエちゃんが。


「ちょっと、待っててー!」


 あたしは、足元に落ちた板を持って梯子に手をかける。


「すぐそっち行くからー!」


 うん。

 これは災い転じてって、やつだと思うことにしよう。

 

 屋根の上なら逃げ場はないぞ。





(うーん?)


 それから何故か。

 あたしは教会の雨漏りの修繕を手伝っていた。


「助かったよ」


 キリエちゃんは、ちょっと困ったように頭を掻いた。


「道具借りたのはいいんだけどさ。やり方、知らなくて。むしろあんた、なんでこんなこと知ってんの?」


「お母さんが超が付く不器用でね。あたしが家の屋根の修理、手伝う必要があったから。村の人に教わったの」


「ふーん」


「……シズク、そこ、ずれてる」


「あ、うん」


 ライト君が板を抑えてくれてるし、細かいところを修正してくれたりもしてる。

 ライト君は器用なのだ。

 キリエちゃんはそれも興味深そうに見てた。


「ねえキリエちゃんこそ、なんでこんなことしてるの?」


 そもそもだ。


「雨漏りの修理なんて、管理人のお仕事でしょ」


「ここが、ちゃんと管理されてるように見えんのか?」


「……見えないね」


「だろ」


 だからだよ。

 なんていいつつ、屋根板の痛んだ個所を丁寧に剥がしていく。


「ここの管理なんてされてないも同然でさ。どこ見たってボロボロだろ?」


「そうだね」


「……まあ、なんていうかさ。それが忍びなくて、時々奇麗にしたりとか、こうして出来るなら直したりしてんだよ」


「それじゃあ、お金が欲しいのって、もしかして……」


 ここの、修繕費のために……。


「は?変な勘違いすんじゃねえ」


「あ、違うんだ」


「そこまで殊勝じゃねえっての」


 トントンと、これまた器用に板を打ち付けながら。


「アタシさ」


 屋根の方に顔を向けながら。


 だから、表情を見せないままで。


「孤児なんだよ」


 そんなことを言った。


「魔獣災害に被災した村に住んでたらしくてさ。そんで、教会に助けられて、教会に育てられた、言ってみれば教会の子供」


 あたしは、何を言っていいのか分からなくて。

 手が止まった。


「アタシが、金を欲しいと思うのは」


 キリエちゃんは木槌を置いて。


「ここには、教会のある人が金を出して入れてくれたから」


 座りなおして、屋根の上から空を。


「自由になりたいんだよ」


 もっと言えば、遠く遠くを眺めた。


「卒業までにここに入るために使った金を、全部その人に返しておきたい。でないと」


 その向こう側に、想いを馳せるみたいに。


「アタシは、本当の意味で、自由に、なれない」


「教会の人って、冒険者と仲が悪いんじゃ?」


「ああ。仲悪い奴、多いよ。けど、そうじゃない人も少ないけどいるんだ」


 その人のことを語るとき。


「アタシに目をかけてくれた人が、そういう人だった。そんで、アタシの魔術の才能みて、学校、行って来いって言ってくれた」


 キリエちゃんは、ちょっとなんだか。

 嬉しそうだった。


「あー、くそ。こんなこと、言うつもりじゃなかったんだけどな」


 キリエちゃんは、なんでかなぁ、なんて言いつつ頭を掻く。


「ねえキリエちゃん」


 その話を聞いて。


「やっぱりギルド、入らない?」

 

 あたしは提案する。


「…………」


「目的が同じ方を向いてるのは、いいことだと思うんだ」


「いや、けど」


「あのね」


 あたしは、聞いたお話のお返しと、あるいは仕返しと思って。

 その金額を口にする。


「は?」


 一瞬ぽかんとするキリエちゃんに、あたしは笑顔を向ける。


「これがあたしの借金」


「……え?」


「笑っちゃうよね」


「いや」


 ポカンとしたまま、真顔。


「笑えねーよ」


「うん。あたしも、実際初めて聞いた時は全っ然笑えなかった」


 逆に、あたしは笑ってる。


「キリエちゃんが自由になるのに必要な金額って、もっと多い?」


「流石にそこまでじゃねえ」


「だよねー」


「……なんで、今日会ったばっか他人に、んな大層なこと言うんだよ」


「あたしもキリエちゃんの事情聞いちゃったから。これで、おあいこかなって」


「………あー」


「そんな暗い顔しないの。あたしは、ちゃんと納得してる」

 

 キリエちゃんの隣に座り込んで。

 あたしも、同じように空を眺めた。


「色んな人に色んな事情があるのは、分かってるつもり。だからそれ聞いて、解決も簡単じゃないなら、一緒に頑張るしかないなーって」


 そう、思うんだ。


「目的のためにみんなで力、合わせるの。初めて会った人たちがさ」


 言ってて、今更なんだけど、見えてきた。


 あたしの―――。


「あたしが作るギルドはそんな場所にする、だから」


「わーったよ」


 キリエちゃんが身体をこっちに向ける。

 あたしも同じようにして、改めてあたしたちは正面から向き合った。


「アタシも乗った。その話」


 ん、キリエちゃんが拳が突き出す。


 あたしも自分の手を握り込んで。

 コツンと、お互いの拳をぶつけ合う。


「改めて。一年魔術科、キリエだ。目的は、借りてる金を返して、本当の意味で自由になること」


「あたしはシズク。一年基礎科。目的は借金を返して、みんなと一緒に居ること」


 四人目の、ギルドの仲間を迎え入れる。


「それじゃあ」


「ああ、これからよろしくな!」


「うん。そんで、目指そう!」


 合言葉は!


「「いっかくせんきん!!」」


 あははー、と。二人して、何が面白いのか分かんないけど、笑いあう。

 全部が全部、今は夢物語みたいな話だけど。


 その夢物語のスタートラインに、こうしてあたしたちは立ったんだ。


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