合言葉は『いっかくせんきん!』 3
それは数日前のこと。
「こんな所にも貼るのか」
「え、貼っちゃダメな感じですか?」
「そういう訳ではないが」
学園ギルドである以上、街に貼るのはごく一部。
本命は学園の掲示板にペタペタ貼って回ってるこっちのほうなんだけど。
「この辺りにはほとんど生徒が来ない」
「へー、そうなんですね」
カク先輩の言う通り。
確かに、この辺には来たことがないし、今も全然人を見かけない。
というか。
「教会に用事なんて、普通は無いですもんね」
「そう言う事だ」
学園西棟の外れのあたり。
ここには小さな教会が建てられてて。
その小さな教会の近くに建てられたこれまた小さな掲示板。
そこの掲示物は、なるほど、ほとんどが古かったり破損があったりする。
普段から、ここはあんまり使われてないっぽい。
「冒険者勢力と教会のお偉方は仲が悪いのが根本的な原因だな。敬虔な信徒は、基本的にはこの学園に来ない」
「はえー、だから、この教会、ちょっとぼろっちいんですね」
「この教会の存在自体、昔日の名残だ、などと言われる始末だ。管理も誰がやっているのやら」
「そんなんだから人が寄り付かない、と。けど」
あたしは一度カバンから出した張り紙をしまい直すことはしなかった。
「逆に穴場ってことですよ。もしかしたら、物好きな誰かが見るかもしれませんし」
「そう言うのなら止めはせんが。……押さえておいてやる。貼るのならさっさとしろ」
「はーい」
まあ、さっきも言った通り、それが数日前の出来事で。
「ふっふっふ」
教会近くの掲示板に貼られた、見慣れない張り紙が一枚。
腕を組んで、その内容をじっくりと吟味して。
「ふっふっふっふ」
アタシは不敵に笑う。
「これだぁ!」
手を伸ばして、思いっきり、ポスターを。
「これだよ、これ!こういうのを待ってたんだよ!」
引っぺがす。
「早速行こう!」
場所を確認する。
面接の日時は……、まあ融通利くだろ。
「待ってろよ!」
色んなとこ、見て回って。
どこもかしこもしっくりこなかったが、ここは気に入った。
上っ面だけの言葉は嫌いだし、飾っただけの物言いはもっと嫌いだ。
だが、このポスターにはそう言うのが一切ない。
ちょっと頭ユル目の奴が書いたんじゃないかと疑うようなシンプルさだ。
そして何よりも、この物言いが気に入った。
合言葉は、そう。
「一攫千金!」
これぞ、アタシの望みに合致する完璧なキーワード。
金、冒険、自由!
「よっしゃあー!」
今こそ!
アタシの夢が、叶う時!
「あー」
ぐでー。
「おい、シズク。だらけ過ぎだ」
「だって、だってですよー」
それもそのはず。
最初以降、メンバー希望者、無し。
「あー」
出来ることも無し。
このままじゃ、だめだって分かってるけど。
「最低でも、メンバーがあと一人必要なわけだが」
「誰も来ませんねー。カク先輩、誰か心当たりとかはいないんですか?」
「貸し出しや雇いならなんとかなるだろうが、ギルドに入るような奴に心当たりはない」
ですよねー、と、またぐでーっと机に突っ伏す。
「俺が特殊なんだ。その気がある高学年は、すでにどこかに所属している」
それか、問題があるか。
この前の面接でそれも分かってる。
「……(もくもく)」
「パドちゃんは知り合いとかいないのー?」
「んー」
部屋の隅のパドちゃんは手を止めないまま
「知り合いならいるけど、一年からギルド入りしたがるのは珍しいと思うよ?それにそう言う人はもうどっかに入っちゃってると思うし」
「だよねー」
ギルドルーム一角は、すでに彼女に占拠された。
なんなら、ずーっと何かを調合したり削ったりしてる。
「爆発とかさせないでねー」
「善処するー」
とは数日前のやり取り。
あたしのギルドはどこに向かっているんだろうか?
ちなみに、今はアニキ君達の定位置も棚の上からそっちに移って、特にライト君が興味深そうにパドちゃんの手元を覗いていたりもする。
「ああ、もう」
ほんと、だめだ。
ボケッとしてるのも、性に合わない。
「こうなったら、もう一回ビラ配りでも、なんならスカウトでも……」
「頼もう!!」
バァン、と、ものすごい勢いでギルドルームの扉が開かれる。
「パーティーメンバーの募集をしてるってのはここか!」
目立つ金の長髪をなびかせて。
堂々と端の欠けたポスターを掲げて。
「このアタシがギルドに入ってやる!有難く思え!」
呆気にとられるあたしと思わず手を止めたパドちゃん。
「帰れ」
そして開口一番、にべもなく言い放つカク先輩。
「なんでだ!」
「なんでも何もない。常識を身に着けてから出直して来い」
「んだと!アタシのどこが非常識だってんだ!」
「面接に応募をした訳でもない癖に勝手にギルドルームに入ってきて、その上でギルドに入ってやるとは言語道断だ。それにそのポスターは掲示用。どこから剥がしてきた」
「教会のとこにある板」
「あそこか」
「いいだろ別に、あんなとこに貼っても誰もみねえよ」
「それは事実だが違反行為を許容する理由にはならん」
「む、それもそうだ。分かった。こいつは後で貼りなおしておく」
バツが悪そうにポスターをクルクルと器用に丸めなおす。
うーん。
「悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだ」
最初の勢いはどこへやら。
「なあ、頼むよ」
ちょっとしゅんとして、頭を下げる。
「カク先輩」
その態度を見て、あたしはこしょこしょとカク先輩の耳元で囁く。
「どうせ人足りませんし、面接はしてあげましょうよ」
「……まあ、ギルド長がそう言うのならいいだろう」
とりあえず、仕切りなおし。
「まず、名前と所属は?」
「キリエだ。所属は、一年、魔術科」
「……キリエ?」
パドちゃんが手を止めて、こっちを見る。
「知り合いか?」
「えっと、そうじゃなくて。今年入った魔術科の一年生の中で、成績トップがそんな名前だったような」
「そういう訳だ」
キリエちゃんが胸を張る。
「アタシを入れりゃあ戦力アップは間違いなしだぜ!」
そしてびしっと親指を上げて自分を指さす。
「下らん」
カク先輩は一蹴。
ピシリとキリエちゃんは固まる。
「入学時の個人成績などほぼ当てにならん。最初は優秀であっても、冒険者適性が無い奴も、成長しない奴も山ほどいる。そもそも、あの考査には魔導科の連中が入っていないのだから、それを手放しで喜ぶような奴は……」
「ちょ、ちょっとカク先輩」
「む?」
あたしはくいっとカク先輩の袖を引く。
「言い過ぎ、言い過ぎですってば!」
言われ放題のキリエちゃんはさっきのポーズを取ったまま固まって、恥ずかしそうにプルプル震えだしている。
「……いや、その、すまん」
「カク先輩って結構……」
あたし寄り?いや、あたしより酷くない?何がとは言わないけど。
「あの、えっと、キリエちゃん?」
「……はい」
顔赤くして、プルプルしながら下向いてる。
この子はこの子で感情の起伏激しいなぁ。
「あのポスター見てくれたんだよね!あれね、あたしが貼ったんだよ!誰か見てくれるかもって!それで」
話題、なんか、空気が変わりそうな、話題。
「これ見たってことは、お金が必要ってことでいいの?」
「……ああ」
キリエちゃんが、深く頷く。
「金が要るんだ」
「理由とか、聞いていいかな?」
「理由……?金が必要なことに理由がいんのかよ」
「うーん、えーっと」
あたしはちょっと頭を捻る。
捻って、うん。
「うん、ごめん。理由、いる」
そう結論を出す。
「お金は物事の本質じゃないから」
あたしの場合は、みんなと一緒に居るため。
パドちゃんは、欲しいものがあるから。
「だからここに来た本当の理由を、あたしは知りたいんだけど」
「……じゃあ、いいや」
「え?」
カク先輩に何を言われても帰ることはしなかったのに。
「邪魔したな。……ポスターは戻しとく」
それだけ言って、あっさりと部屋から出ていった。
その様子を、あたしはポカーンと眺めて。
「あたし」
ジトっとした非難がましい視線が、隣から。
「なんかやっちゃった?」
少なくとも。
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