合言葉は『いっかくせんきん!』 2


 パドさん?ちゃん?は背が低かった。

 あたしもそれほど高い方じゃないけど、それよりももっと低い。

 その短い黒髪も相まって、大人しそうな子って言うのが最初の印象。


「それで」


 そんな子にいつも通りの感じで接するもんだから。


「何故、うちのギルドに入りたいんだ?」


 カク先輩の威圧感が、半端なく感じる。


「えっと」


 あんまり慣れてないっぽいパドちゃんは、たどたどしく答える。


「スリーウェル工房が新作を出すんです」


「時計か」


「はい、そう、そうです。それで」


 ポンと、部屋にも貼ってあるギルド員募集のポスターを指さして言う。


「ここに、お金が必要な人募集って書いてあったんで」


「報酬目当て、と」


「駄目ですか?」


「いや、むしろ向いている方向が同じなのはいいことだ」


 ならもっと歓迎してる雰囲気出してよ、カク先輩。


「だが、なぜギルドに志願を?バイトをする、というのが普通の選択肢だろう」


「それは」


 また、例の、あのポスターを指さす。


「工房の予約募集の記事の横に貼ってあって、最初に目についたのがあれだったので」


「……なるほど」


「それだけでもなくてですね」


 パドちゃんが、すっと腰に手を回す。

 腰には結構目立つ、大きめの革製のホルスターがあって。


「バイトすると、この子を手入れをする時間が減ってしまうので。ギルド員なら、手入れしてても、怒られないかなって」


 そこから、すらっと一丁の拳銃を取り出した。


「それが得物か」


「あ、はい」


「見せて貰っても構わないか?」


「……えっと、それはちょっと」


「ふむ」


 カク先輩はちょっと考え込んでから、言い直す。


「では、銃には触らない。弾だけ見せてくれ」


「えっと、弾っていうのは」


「言った通りの意味だ」


「分かりました。それなら」


 そう言ってパドちゃんは拳銃を戻して、今度は背中側に着けたポーチから一発の銃弾を抜き出して丁寧にカク先輩に渡した。


「どうぞ」


「ほう」


 カク先輩は関心したような表情で、手渡された銃弾をじっくりと見分していく。

 ちなみにあたしは、そのやりとりの意味がさっぱり分からなかったので、腕組んでうんうんと頷いて、なんか分かったような雰囲気だけ出しておく。


「店売りの品じゃないな。調合は自分でやっているのか?」


「分かるんですか?」


「俺は戦闘支援科だ。一通りは教わる」


 先輩は何か理解したのか、いい感じに頷いて銃弾をパドちゃんに返した。

 あたしはやっぱりなんにも分かんなかったから、意味ありげに追随して頷いておいた。


「なるほど。大体は分かった」


「あ、どうも」


「それで」


 頷いておいて。


「ギルド長は、何か質問はないのか?」


「ふぇ!?」


 後方分かった面から一転、急に話振られた。

 本当はなんにも分かってないのに。


「えっと」


 困った。

 何を聞けばいいのか分かんない。

 でも話を振られたからには、何も聞かないのはまずい、気まずい。


「欲しい時計って、どんなのですか?」


 咄嗟に出た質問がこれだった。

 あたしの、バカ。


「あ、えっと」


 パドちゃんは、ちょっと困った風で。


「スリーウェル工房は知ってますか?」


 そう、あたしに質問を返す。


「あの、あたし今年に田舎から出てきたばっかりでその、街の有名な工房とか全然知らなくて」

「そうなんですね。まずスリーウェル工房っていうのは、この街で九十年近くの歴史のある工房から、十二年前に分派したところで」


「うん」


「そこは元の工房より、安価でいい品を出すことを目的としてて、いえ安価といっても一般の人が手軽に買えるような値段ではないんですけど、それでもやっぱり記念品や高価な贈り物としてならごく一般的な収入の人でも十分に購入が検討可能な値段に収まっていて」


「う、うん?」


「勿論クォリティは元となった工房よりは低いと言われていますけど、それはあくまで貴族向けという需要から庶民へのアプローチとしての側面を持たせた結果だから、素材や意匠にこそ差異はあっても技術的なものはむしろこの価格で手に入る品としては破格の一言で、まず魔石結晶を使用したクォーツの概念は引き継がれていて、そこに手掛けられた一つ一つが特注した部品からの『機能の芸術品』としての価値はむしろ高まっているとさえ思ってまして、そも他の工房とは何が違うかと言えば精密さよりも機構の連鎖的な動きの美しさで、それはもうずっと眺めていられる機能美がありましてですね」


「ちょ、ストップ、ストーップ!」


「……はい?」


 はいじゃないよ。


「えっと、分かった、分かったから、高価で凄い時計だってことは」


「話聞いてました?」


「聞いてたよ!うん、もう大丈夫!」


 内容はなんにも入ってこなかったけど!


「……そうですか」


「とりあえず!」


 まだ語り足りなさそうなので、無理矢理に話題を元に戻す。


「お金に困ってる人は歓迎だから!」


「それじゃあ……」


「今日はここまででいい」


 カク先輩が、話を打ち切るように言った。


「あ、はい」


「結果は後日連絡を入れる」


「分かりました」


 パドちゃんは立ち上がって、ぺこりと頭を下げて。


「それでは」


 合否にはあんまり関心がないかのように、ギルドルームからパドちゃんは退出していった。





「いいんじゃないか?」


 パドちゃんがギルドルームを出てから、開口一番。


「あれならほかの馬の骨よりは余程いい」


 カク先輩はそう言った。


「本当ですか!」


「ああ。不安要素が無いわけではないが」


 思い出すように、カク先輩は顎に手を当てた。


「少なくとも、魔弾の調合は俺の目から見ても感心する出来だった」


「『魔弾』?」


「銃弾を見せて貰っただろう?あれがそうだ。……シズク、お前は銃は専門外か」


「全く分かりません」


「そこで全く見栄を張らないのは美点だな」


 解説のしようもあると、カク先輩は話を始める。


「現代で冒険者が持つ銃は主に二つの種類が存在する。火薬を使った弾を用いる普通の『銃』か、あるいは魔力のこもった素材を使って生成した『魔弾』を用いる、『魔銃』か。あの一年が使うのは『魔銃』のほうだ」


「じゃあ、魔銃のほうがいいんですか?」


「一概には言えん。普遍の銃を使って強い奴もいれば、魔銃を使ってポンコツな奴もいる。ただ、どちらにも共通して言えるのは、銃手で適当な奴は大成はしないということだ」


「そうなんですか?」


「経験則だがな。銃身や弾の手入れを病理的に行う奴の方が向いている。そして、俺があの一年を最も評価した点は、あの魔弾が買ったものでは無くハンドクラフトであった点だ」


「へー、あれパドちゃんが造ってるんですね」


「それが普通だ、などと思うなよ」


 カク先輩が指を一本立てる。


「魔銃を扱う奴は、三種類に分かれる。まず、魔弾は買う奴。これが一番が多い。だから駄目、ということもないが、俺は好まん」


 二本目。


「次に、魔弾を自分で造れる奴。自分の好みで調整できるから、そういう奴もまま多い。そして最後が」


 三本目。


「魔弾を造るのが好きな奴だ」


「はい?」


 なにそれ?


「二番目と三番目って」


 実質、同じじゃ?


「全然違うぞ。必要だから造る奴と、それ自体が趣味な奴。まず金と時間の掛け方が全く違う。はっきりいって魔弾造りに執心するような奴は、俺の目から見ても変態だ」


「変態……」


「あの一年は変態だろう」


「変態なんだ」


「そも、工房の時計狂いなんぞ、大抵がその類だ」


 この人偏見えぐいなぁ。


「まあ、先程も言ったが、あのタイプには一定数問題のある奴も出てくるのが不安要素なんだが」


「その問題って何ですか?」


「自分で造った魔弾がもったいなくて撃てない奴がいる」


「それ致命的じゃありません?」


「そこまでではない。戦闘支援科ではそういう奴専用の矯正カリキュラムがある」


「科を上げて対処する大問題とも受け取れません?」


「割合はそう多くはない。そうでないことを祈れ」


「はー」


 あたしは頭を抱える。

 全部が全部、上手くはいかないか。


「俺が評価した点はそんなものだ、が」


 カク先輩は、どこか遠くを見ながら言った。


「最後に決めるのはお前だ、ギルド長」


「えっと」


「お前のギルドだ。俺は口は出すが、最後の判断はギルド長に委ねる」


「……みんなはどう思う?」


 あたしの声掛けに。


「……オレは」


 珍しく、口火を切ったのはライト君だった。


「……あの子は、とても成長すると思う」

「へー」


 ライト君が、こんな風に評するなんて。


「そんなに?」


「……ああ、オレには、分かる。小さく見えていても、存在を隠し切れていない、あの胸……」


「おっと手が滑ったのである!」


「…ヘブシ」


 ライト君の鼻先に前足が突き刺さる。


「え、なに」


「いや、シズク殿は気にしないでいいのである」


「兎に角だ」


 カク先輩が肩をすくめて、呆れたように言った。


「どうするんだ?」


「……うん、分かりました」


 あたしは、自分の直感を信じることにした。


「ごめんカク先輩。ちょっとルール違反します」


「別に構わん。どうせさっきのは体よく断るための方便だ」


 椅子を引き倒す勢いで立ち上がったあたし。

 カク先輩は何を言いたいのか分かってるみたいで。


「行って来い」


「はい!」


 背中を押してくれた、ので。


「行ってきます!」


 行儀悪く机を飛び越して、廊下に出る。


 まだ、追いつけるはず。




「うーん」


 ボクは、ちょっと

 手ごたえは、うん。


「分かんないや」


 こういうこと自体初めてだし。

 合格してるやらどうやら、はっきり言って見当もつかなかった。


「ま、考えても仕方ないか」


 合格してたらその時に考えればいいし、ダメなら別のバイトでも探そう。

 そんな風に考えていたんだけど。


「おーい!」


「あれ?」


 さっきのギルドルームで、腕組んで座ってた。


「……影の薄かったギルド長」


 結構な勢いでボクを追いかけてきていた。

 はて、何やら忘れ物でもしたかなと思っていたら。


「は?」


「パドちゃーん!」


 両手を上げて、そのまま、勢いに任せて。

 ダイブ。


「嘘でしょ」


 ボクは、それを眺めていることしか出来ず。

 がっちりと、捕まえられてしまう。


「え、ギルド長さん」


 これ、何の。


「合格!」


「はい?」


「だから、合格!」


「えっと」


 ボクの肩に両手を置く、ギルド長さんは、頬を蒸気させながら。


「これから、よろしくね!」


 そんなことを宣った。


「………………」


 色々、疑問ならあった。

 結果は後日じゃないの?


 とか。


 ボクの事情は?


 とか。


 あとはそう、君、人と適切な距離とか取るの苦手でしょ?


 とか。


 とにかく色んな疑問が降っては湧いた、けど。

 けど、ボクの口から最初に出たのは。


「よ」


 勢いに押されてか。


「よろしく」


 そんな、肯定の言葉で。


「うん!こちらこそ!」



 ま、いっかと。

 その時ボクは、ギルド長さんの笑みを見て思うのだった。




 それから次の日にはギルドルームの一角がなんだか勝手に占拠されて。

 そこが彼女専用のスペースとなるのは、また別の話。

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