合言葉は『いっかくせんきん!』 1
我慢、我慢、がまん、ガマン。
「つまり、この僕を採用することにはごくごく重要な意味があるということです」
笑顔、笑顔、えがお、エガオ。
「確かに戦闘は得意ではありません、ですが、戦闘支援も、ダンジョン探索においては立派な役目であるという訳です。あるいは、直接的に戦うばかりの脳みそごと筋肉で出来ている、戦闘技術科の人間よりもよほど」
引き攣りそうになる顔を、必死取り繕って。
「お分かりいただけましたか?」
がんばれ、声出せ、あたし。
「ソウデスネー」
「では」
ずいっと、濃いめの顔が前方に。
「ギルド員としての採用をお考えいただけるのですね?」
「……えーっと」
あたしは今度こそ我慢が出来なくなって完璧に顔を引き攣らせる。
「あのー、なんと言いますか、それはー」
「合格、不合格は後日正式に通達する」
困っているあたしの様子を見てか、カク先輩がピシャリと言い放った。
「パーティーに入る希望を出したやつ、全員に、一律にだ。今ここで合否を伝えることはしない」
「っち」
カク先輩が口出ししてきたことに、露骨に嫌そうに舌打ち一つかまして。
「面接は以上とする。帰っていいぞ」
「分かったよ、分かりました」
カク先輩にだけは敵意むき出しだったけど、あたしには最後にちょっといい笑顔見せて。
「それじゃあ、よろしく」
なんて言い残して、二年生の先輩はギルドルームから去っていった。
「あのー、カク先輩」
あたしはげんなりしながらも、一応、本当に一応。
聞くだけ、本当に聞くだけ聞く。
「今のは?」
「辞めておけ。あいつは口だけだ」
「ですよねー」
あたしは棚の上で寝そべってるみんなにも、一応声をかける。
「みんなはどう思う?」
「あれはない」
「……しゃべり方が、気にくわない」
「なんかもう理由もなしに嫌である」
「酷いこと言うね」
ばっさりだー。
まー、あたしも『無し』だから満場一致でほっとはしたけど。
けどこれで四人、面接の希望者は全員、空振りだった。
「うへー」
ギルドの結成を決めて、今日で三日目。
なんだかんだ言って、希望者は多かった。
各所に貼らせてもらったポスターの影響か、はたまたあの決闘のおかげか。
カク先輩がいうには、こんな贅沢なギルドルームを運よく用意して貰えたことも一因だというけど。
けど、だけど。
「まあ、当然だな」
カク先輩は訳知り顔で頷く。
「こんな時期までギルド入りをしていない面子だ。必然、何かしらの問題を抱えた奴ばかりになる」
「なるほど」
「さっきの奴は前のギルドで問題を起こして追放されたパターンだな。その上支援科の中でも、お世辞にも成績が優秀とは言えん奴だ。つまり、論外だ」
「知ってたんですか?」
「ああ」
「なら最初から弾けば良かったじゃないですか」
「会って見なければ、分からないこともある。噂ばかりが先行して、実際は本人には問題が無かったり、あるいは改心して使えるようになってたり、ということがな。今回は全て空振りだったが」
酷い話だなー、と思う。
そう、結構数が居た候補者の内まともと言えたのは、なんとゼロ。
誰も彼も、素行に問題ありかダンジョンアタックじゃ役立たずのどっちか。
「それでも」
あたしは、一応とっておいた四人の提出書類を見比べる。
「パーティー組むなら、この中から選ばなきゃいけないんですよね」
学内ギルドを結成するなら。
もっと言えば、ダンジョンアタックを目指すなら。
最低でもクリアするべき項目が、三つ存在する。
「人数は、最低でも四人。その中に、斥候技能持ちと中級回復術以上を習得してるヒーラーが必須」
それがパーティーの結成条件だ。ギルドを作るだけならもっと緩いけど、ダンジョンアタックを目的にするならその要綱を満たさないと学園から許可が下りない。
「言っておくが」
頭を悩ませるあたしに、カク先輩は釘を刺すように言った。
「あの中の誰か一人でも採用するようなら」
「……ようなら?」
「俺は抜ける」
「うぇ!」
「当たり前だ。命を賭す場所に行くんだぞ。数合わせの、それもあんなのが居れば役立たずどころか害悪ですらある。そんなのはどうあっても認められん」
「じゃあなし!絶対なし!」
あたしは書類を危険物みたいにダストボックスにシュート。
「ふう」
危険は去ったとばかりに額の汗を拭う。
拭う、けど。
「結局」
テンションに身を任せたはいいけれど。
現状は、三日前から進展無し。
「だーれも入らないんじゃどちらにせよ、ですよね」
「そうだな」
「ハァー」
あたしはグデーっと机に突っ伏す。
机に乗ったギルド長って書かれた三角が、今となってはひたすらに虚しい。
期限までそう時間があるわけでもないのに。
「これはあくまで俺の持論だが」
カク先輩が、ちょっとむっとした口調で言った。
「ダンジョンアタックとは偉業なんだ」
「偉業?」
「ああ、それが例えどんなに小さくともな。故に、当然全てを分かち合える者でなければ、ギルドやパーティーなど組むべきではないと考えている」
その持論はちょっと格好良かった。
「苦労も、栄光もな」
良かった、けど。
「でも先輩、確か色んなギルドを雇われで渡り歩いてたんですよね」
「……そこはそれ、これはこれだ」
「…………」
「なんだ、その目は。自分の立ち上げるギルドだ。妥協する気はないぞ」
「まあ、先輩がそこまで言うんなら正しいんでしょうけど」
つまりは、あたしとは偉業を分かち合えそうだと思ってくれたわけで。
「あのー」
コンコン、と、控えめなノックの音がギルド室内に響いた。
「あ、はーい」
はて?
もう面接の予定はなかったし、知り合いの声っぽくもない。
まあ、ここに居る以外であと学内での知り合いって言えば会長さんくらいなんだけど。
あたしがとりあえず扉を開くと。
「新しく発足するギルドの面接ってここであってます?」
そこには一人の女の子が。
「水棲亭でポスター見てきたんですけど」
「あ、それは」
「別に、飛び入りでも問題はない。どうせ、人手不足で困っているんだ」
カク先輩はぶっきらぼうかつ明け透けに言って。
「お前、名前と所属科は?」
「えっと、ボクは」
困ったように灰色の目をぱちくりさせながら。
「一年、基礎科所属、パドです。パド・スゥ」
彼女は、ちょっと躊躇いがちにそう言った。
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