三頭犬、食い扶持を稼ぐ 終章


「先日の一件、本当に」


 どうしよう。


「申し訳ございませんでした」


 困った。


「いえ、あの、その」


「初心者の学生の冒険者さんを、それも冬華さんの娘さんをあんな危ない目に遭わせてしまうなんて」


 本物の土下座、初めて見た。

 いたたまれないって感情しか湧いてこないよ、これ。

 誰も得してないよ、これ。


「あの、顔、上げてください」


「いや、でも」


「あれは事故です。仕方のないことでしたし、それにすぐに助けを送ってくれたじゃないですか」


 あたしは必死で言葉を探す。


「おかげで色々得るものはありましたし、怒ってはいないんで、ね」


 だからそのポーズ辞めて下さい。お願いします。


「……君、本当に」


 店主さんは顔を上げて、一言。


「冬華さんの娘さん?常識的すぎない?」


「全方位に失礼なこといいますね」


 まあ、言いたいことは分かるんだけど。



 依頼料について、支払うって言って聞かない店主さんに丁寧に固辞して、代わりにあたしは。


「あの、そういうことだったら」


 カバンから用意しておいた物を取り出す。


「これを貼らせていただけませんか?」


「これは」


「はい!」


 あたしは丸めてあったそれをばっと、広げる。

 これが、あたしの始まりの一つ。


「ギルドメンバー募集の張り紙です!」


『救む!お金が必要な人!』


 そんな文字がデカデカと載った、ちょっと俗っぽい手作りのポスター。

 全体的にポップに描かれた(ライト君が描いた)イラストに、後は先輩と相談して必要なことを書いてて、最後に一言。


「合言葉は!」


 先輩曰く。

 これが、一番大事。


「『一攫千金!』」


 そのポスターは(コネの力で)学生向けボードの結構いいところに貼って貰えたそうな。





「これは」


 水棲亭でそのポスターを見つけた時。


「まさか」


 ボクは深く、運命というものを感じた。


「こんなことが」


 学生向けに展示された掲示板の一画。


「ずっと待ってた」


 この時を。


「スリーウェル工房の最新モデル」


 欲しかった時計の、予約販売。

 芸術的なフォルム。美しい。

 けど、それ以上に、拘り抜かれた機能美が、素晴らしい。

 それから、それから、お値段!


「…………」


 当然、高い。

 不可能じゃない、不可能じゃ、ないけど。


「お金が、足りない」


 今の手持ちじゃ勿論足りない。

 予約のための前金にもちょっとだけ足りない。

 前金の締め切りはまだ先だけど、仕事を、お金を。


「ん?」


 とりあえず、その横の。


「んー」


 割と俗物的な物言いのポスターが目に入った時。


「まあ、これでいっか」


 特に、運命とかは感じなかったそうな。

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