三頭犬、食い扶持を稼ぐ 2
『冒険者ギルド水棲亭』
「ふむふむ」
ここは冒険者用のお仕事の斡旋所で、その中でも学園と提携してる低ランク向けの簡単なお仕事の紹介も多い、駆け出しにもとても優しい冒険者ギルド。
「なんだって」
って、地図の端っこの方のメモ書きには書いてある。
その上、最後には印付きの注釈で。
『店主は超が付くほどのお人好し』
そんな一文が添えてあった。
「いらっしゃい」
「あ、えと」
こういうとこ初めて入るから、勝手が分からずに入り口付近できょどきょどと周りを見回してしまう。
どうしよう、何をどうしていいのか全く分かんない。
「カウンターとかに行けばいいのかな……?」
ちょっとどっちに行けばいいのか迷っていると。
「お嬢さん」
黒髪美人のお姉さんが、そんなあたしの様子に気が付いて声をかけてくれる。
ギルド員さんだろうか。
「もしかして、学園生かな」
「あ、はい、そうです」
「見ない顔の子が戸惑ってるときは大抵がそうなんだ。歓迎するよ」
そこで、すっと涼やかにけれど優しくあたしに微笑む。
美人で大人な、あたしの中の働く女性像の理想のような人だった。
(か、カッコイイ)
「今日はギルドに冒険者登録かな?」
「あ、はい」
「では、こちらに。店主殿」
「はいよー」
カウンターの奥からひょっこりと一人の男性が顔を出す。
ギルドマスターっていう響きの、屈強なイメージからはちょっとだけ遠い、どっちかって言うと細身な感じの人で。
(この人が、例の)
メモ書きのお人好しさんだろうか?
言われなくてもそれっぽい。
「なに?なんかあったの?」
「ふむ、この子なんだが」
美人さんが軽く背を押してくれる。
「新しく冒険者登録をしたいらしいんだ」
「ああ、なるほど、分かった。手続きだね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ちょっと待ってね」
そう言うと、ごそごそとカウンター奥の棚から書類を一式を出してきてくれる。
「学園生?」
「そうです」
何やら手続きの準備をしながら、緊張をほぐそうとしてくれてるのか、少し軽い口調で話しかけてくれる。
「二年生かな?この時期ってのはちょっと珍しいね」
「あ、えっと。一年です。今年入学の基礎科で」
「ああ、それは失礼。えっと、じゃあこっちに学年と所属科を書いて貰って」
そう言いながら、手慣れた感じで丁寧に書類の記入の仕方を教えてくれる。
「……冒険者ギルドの店主って、もっとこう、不愛想なものかと思ってました」
「あはは。ウチ以外だとそうかもね。けど、ここは学園生がよく利用してくれるから愛想もよくなるってもんだよ。それから、えーっと……。そうだ、提出書類はもう書いてきてくれてる?」
「はい、ここに」
「準備がいいね。じゃあ、こっちにも……あれ?」
あたしの提出した書類を眺めて、店主さんの顔色が変わる。
「……これ、君の名前?」
「あ、はい」
「違ってたら、ごめん、けど、君もしかして」
そこで。
「冬華さんの、娘さん?」
予想外の名前を聞くことになった。
「お母さんのこと知ってるんですか!?」
「ああ、やっぱり、そっか」
あたしの名前、その文字を指でゆっくりとなぞっていく。
「……こっちじゃ珍しい名前だったからね」
「あの、母とは、どんな」
「恩人だよ。昔とてもお世話になった」
あたしは、思わぬ情報に思わず身を乗り出す。
「あの、母が今どこにいるか知りませんか?」
「え?あの人、今行方不明なの?娘さん一人残して?」
逆に聞き返される。
「…………」
そっか、知らない、か。
「アカツキ」
美人さんが、呆れたような、諫めるような口調で言った。
「そういう所です」
「あ」
言われて、店主さんの顔が何とも言えない感じになる。
やらかしたー、って考えてるのがバッチリ分かる感じ。
「いえ、あの、平気です」
「えっと、うん大丈夫!無事だって、絶対に死にそうにない人だし」
「いや、あたしもその辺は全く心配してないんですけど」
そのやり取りを見て、はー、と美人さんが顔に手を当てたあとに引き継ぐように言った。
「私たちもトウカさんに最後にあったのはもうずっと前のことなんだ。ここにも、数年以上顔を出してない。ごめんね」
「あ、いえ、それは」
「ここか、あるいは他の街の冒険者ギルドに顔を出した、って噂を聞いたら教えるよ。それだけでも、安心するだろうから」
「あ、ありがとうございます」
「いいや、当然のことだよ」
なんか、フォローが堂に入ってる感じだった。
手慣れてる。
そしてこの人、絶対苦労してる。
「あの、母が冒険者だったころの知り合い、なんですよね」
あたしはあらためて店主さんに向きなおる。
「うん、そうだね」
「母は、どんな冒険者だったんですか?」
「……………」
「あたし、知らなかったんです。お母さんが、冒険者だったこと」
「……そっか」
ちょっとだけ考えて、店主さんは呟くように言った。
「強い人だったよ」
実感の籠った声だった。
「俺が知る中で、一番強い冒険者だった。戦う力もだけど、なにより心が」
「お母さんが?」
「隠してたんなら、信じられないかもね」
穏やかに、思い出を語るように、苦笑を浮かべる。
「同時に、不器用で雑なところもある人だったから」
「それはよく知っています」
そっちはあたしのよく知ってるお母さんのイメージ通りだった。
「君は、お母さんみたいな冒険者になるために学園に……、いや、違うのか。冬華さんが冒険者だったって、知らなかったんだっけ」
「はい。なんか、旅に出ることになったからって、学園に無理矢理押し付けられた感じで」
「はは、あの人のやりそうなことだ。けど」
店主さんは思い出したように。
「結構やる気あるみたいじゃないか」
あたしの提出した書類にハンコを押していく。
「一年生の内から冒険者登録なんて、そうはいないよ」
「いえ、それが」
あたしはそっと、足元で大人しくしてくれてたみんなを持ち上げる。
「事情がありまして」
「……ワン」
「ワン!」
「ワン」
「この子を飼うにあたって、お金がいるんです」
「ほうこりゃ珍しい。頭が、三つ……」
「それで、とりあえず冒険者登録を、と」
「なるほどね」
店主さんがあたしに、一纏めにした書類を返してくれる。
これでとりあえずの手続きは、終わり、らしい。
「それじゃあ」
店主さんは、ちょっと考えて。
「やってみる?」
一枚の依頼書を取り出して、提案する。
「はい?」
あたしの疑問の声に。
「いわゆる、お使いクエストってやつ」
店主さんは、笑って答えた。
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