三頭犬、食い扶持を稼ぐ 1


「うーん」


 貰った地図と町の景色を見比べる。


「むー」


 実はあたし、地図はちょっと苦手。


「これ、合ってるのかな?」


「……見せてくれ」


「ほら、ここ」


「……こっちじゃないな、あっちだ」


「え、そうなの?」


「……目印の建物と方角さえ分かれば、後はそう難しくない。それと、地図は頻繁にひっくり返さない方がいい」


「おー」


 ライト君に諭されてしまう。

 犬の方が賢い。


「……うちの子が賢いのは喜ばしいことだ。うん」


 そう言って自分を無理矢理納得させる。

 優秀な使い魔を持って幸せだね、あたし。


「それにしても」


 迷っては肩に乗ったライト君にナビゲートをして貰いながら、見慣れない街の中を進んでいく。


「まさか、こんな形で町に下りることになるなんて」

 

 どうしてこんなことになったのか。

 時間は、会長さんと話したあの日に遡る。





「えええええーーーーー!!」


 会長はどういう訳か、絶叫するあたしを見てご満悦なご様子で。

 その表情はもう、太陽みたいにニッコニコだった。


「無理無理無理!というか、無茶ですよ!こんな金額。そもそも」


 対してあたしは顔面蒼白。

 だって、だって。


「なんで、三倍なんですか!!おかしい!!断固抗議します!!」


「うふふ」


「その微笑ほほえみでもごまかされませんよ!!」


 あたしは必死だった。必死に声を張り上げた。

 みっともないかもしれないけど、仕方ない。ここで粘らないのは死活問題なのだ。


「この子たちは一匹!!そう、一匹のただの犬です!!右と左のあれはただの飾りです!!」


「シズクさん、あなたそれでいいんですか?」


「いえ、今そんな小さなことにこだわってる場合じゃないんで!」


「「「…………」」」


 みんながあたしのことをコイツマジかみたいな目で見て来るけど、無視。

 辛いけど無視。

 空気を読んで。

 お願いだから。


「なぜ三頭分なのか、その答えはその手に刻まれていますわ」


「手?」


 あたしは左手を掲げる。

 そこには、あの日に刻まれた、契約の印。

 その数は。


「ええ。それらが合計して三つ。つまりそこの魔獣は、三つの魂を持つという訳です」


「いや、でも身体は一個で」


「関係ありませんわ。これは、わたくしの、ひいては学園の決定です」


「あ、あ、あ」


「まあ、ご安心ください」


 ふわりと、会長さんが優しさ全開、聖母のような笑顔を浮かべて。

 あたしの手を取る。


「会長さん、助けてくれるんですか!」


「ええ、他ならぬ、可愛いシズクさんがお困りなのですもの」


 流石は会長。

 そう、この話はきっと、救済の前振り。

 これらの真っ赤っかな数字は、きっと会長の手で奇麗さっぱり。


「これらの請求、全て」


「うん、うん」


わたくしが一時的に肩代わりして差し上げますわ」


「うん。……うん?」


 先送りにされた!


「ふふ」


「えっと、つまり」


「はい」



「借金です☆」



「嫌だぁぁぁ!!」


「あら、なにがご不満なんですの?」


「いや、学生の身で、こんな額の借金なんて、嫌に決まってるじゃないですか!」


 返せるあてもないのに、こんな借金、身売りの未来手形と一緒だ。


「ふふふ、ご心配なさらず。きちんと考えてありますわ」


 会長さんの手が離れて、そのまま人差し指をピンと立てた。


「まず、一つ。期限は来年の進級前まで。そこまでは待って差し上げます。それも、無利子で」


「それは、まあ、助かりますけど」


 けど、それじゃあ根本的な解決にはなってない。

 返せる当てがないのだから、返済を待って貰ってもあんまり意味はない。


「あの、その期限までに借金を返せなかったら?」


「勿論、その辺りのこともきちんと考えてありますわ」


「ああ、流石、お優しい会ちょ……」


わたくし知り合いに珍獣の好事家がおりまして」


 あたしの友達、売られちゃうんです?


「それと、それでも足りない分はちゃんとシズクさんに返して貰いますからね」


「ぐ、具体的にはどのように……?」


「勿論、身体で。そうですわね。一か月ほど、わたくしのお相手を務めていただければ、それで」


 あたし、買われちゃうんです!?


「うふふ」


 あ、これだめだ、ダメなやつだ。

 欲望って書いてある顔だ。

 笑顔なのに邪悪。

 本気で怖い。


「けど、こんなの」


 返せっこない。

 自由な時間、全部バイトに費やしたって、多分足りない。


「ふふ、では仕方ありませんね」


 そう言うと、会長さんは机の中から二枚の紙を取り出す。

 それだけ、他の書類とはわざわざ別にしてたそれら。


「シズクさん」


 おそらくそれが、ここに呼び出された本題。


「ここがなんのための学園なのか、お忘れではないですよね?」


 悪魔の契約書の如く提示されたのは。

 町の地図と、冒険者ギルドの登録証だった。

 



「すまぬのだ、シズク殿。我らが足を引っ張ったばかりに」


 町を一緒に歩きながら、アニキ君が申し訳なさそうに言う。

 けど。


「ううん、いいんだよ」


 あたしは、へこたれないぞ。


「最初から分かってたことだし」


 決闘前に、アウルさんも言ってた。

 魔獣の維持費は安くないって。


 当然の責任の一つなんだ、これは。


「まあ、あんなにバカ高いことになるとは思わなかったけど」


 故に。


「ここの出番になるわけだ」


 地図が示した場所が、ここ。


『冒険者ギルド 水棲亭』


 学生冒険者の強い味方。

 そう、なにはともあれ。


 あたしの冒険者としての一歩が、今始まるんだ!

 借金返済のために! 


 ……なーんか、イメージと違うなぁ。


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