一年目 シズクの章

第一章 序章


「あり?」


 気が付けば、闇。


「いや、なんか前にもこんなことがあったような」


 あれはそう、この体に転生する前あたり。

 あの本気で殺意が沸くような女神を名乗る邪神と話してた、あの空間に近いような。


「おーい、ライトー、兄者ー」


 ちょっと叫んでみても、声は暗闇に吸い込まれて、答えはなし。

 そんな状況に不安を抱えつつも、とりあえずとことこ周囲を歩いてみて。


「ん?」


 この状況のおかしさに気が付く。


「足が、動く?」


 というか、身体は犬の物だけど、いつものじゃないというか。

 なんか、頭が一つで、動けて、普通の子犬っぽい?


「なんだ、これ?」


 夢かしら。

 どうだろう。


「身体、身体かぁ」


 思わず、自分の尻尾を追いかけまわすようにぐるぐるとその場を回ってしまう。

 後回しにしてしまったけど、そう、人間界に来た本来の目的はそこだったんだっけ。

 いや、それだって諦めたわけじゃないんだけどさ。


「うーん、それにしても」


 色々と考えながらも、暗闇の中をあてどもなく歩いていく。


「ここはどこなんだ?」


 進めど進めど暗闇ばかり。

 自分の身体だけは見えるのが不思議ではある。


「ん?」


 そう思っていると、ふと視界の向こう側に、光が見えた。


「んー?」


 それも、なんていうか凄い明るい感じじゃなくて。


「月の、光?」


 満月を想わせるよう、淡い銀の光。

 ボクはそっと歩いて、その光へと近づいていく。



「おや?」


 その人は、その光の中にいた。


「こんにちは」


 辺りはいつの間にか暗闇じゃなくて草原になっていて。

 満月の光が降り注ぎ、ところどころに咲いた白い花が小さな光を発しながら揺れる。

 そんな幻想的な風景。


「え、あの」


 思ってもみなかった展開に、ボクは目を丸くして。


「こ、こんにちは?」


 疑問形で、そう返すしかなかった。


(奇麗な人だな)

 

 月の光を織って作ったような銀色の髪に、これ以上なく澄んだ紅玉カーバンクルの瞳。

 現実味のない幻想的な光景の中で、その中にあってなお浮き上がるような麗人。


「いい夜ですね」


「あ、はい」


 この人は誰で、ここはどこなんだろうか。


「あの、ボクいつの間にかここに迷い込んでてて」


 草の感触を踏みしめながら、その人の元に歩いていく。


「だから、えっと状況がよく分かってなくて」


「ああ、そうなのですね」


 ふっとその人は笑みを浮かべた。

 なんだろう、その印象は、なんだか。


 夜に浮いた幻想のように、儚い。


「こんな所にまで迷い込んできてしまうなんて、困った子ですね」


「え、あの」


 そっと、その人がボクを抱き上げる。


「ここは、そうですね。私の思い出の場所です。そして、私は」


 なんだろう、不思議だ。

 その心地のいい抱き方が、ボクのよく知ってる人に似ている気がした。


「誰でもない、もう名前すら失ってしまった、そんな存在」

 

 そして、彼女に触れた時。


(え、あ、あう)


 色んな感情が、流れ込んできた。


 寂しい、悲しい、苦しい、それから、愛おしい。


「全く、門番さんは何をやっているのやら。……それとも」


 いーっと、頬を引っ張られる。

 

「君が、それだけ凄いということですかね?」


「あ、う。それって、どういう」


「いいですか、子犬君」


 その人はボクを抱きしめる腕に、そっと力を込めて、それから。


「あの子と、仲良くしてあげてください。それと」


 なんでかボクを右手に持ち直して。


「え?」


 夜空に向かって、球児の如く大きく振りかぶって。


「またお喋りしましょう」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 空に浮かんだ満月に向けて、ぶん投げたのだった。




「…………わん」


「むう、レフト、おはようなのである」


「…………兄者?」


「どうしたのであるか?ひどい間抜け面なのである」


「……変な夢見た」


「はっはっは!夢見の話であるか!全く、お前という奴は!」


 兄者は平常運転だ。

 ボクの方は、まあ、ちょっとあれかな。

 変な気分。


「なんだったんだ、あれ」


「夢に理由を問うても仕方のないのである。夢とはすなわちそう言うものであるからして」


「まあ、そんなもんか」


「……しっかりしてくれよ」


「うむ、ライトの言うとおりである!!今日は我らの新たな門出の日、すなわち!!」


 今日も兄者は元気いっぱい平常運転。 

 三頭犬の日々、遂行中である。


「シズク殿の使い魔として、冒険者デビューする日なのである!!」


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