ドッグRun!Run!!Run!!! 5
「錠は!」
「……もうとっくに」
「でかしたのである!」
最初から扉も檻もないかのようにボクたちは駆けだす。
決闘上のその中央に向かって。
「ふん」
立会人である会長さんは、檻から逃げ出たボクたち見ても慌てることも止めることもせず。
舞台に向かっていくボクたちの背に、ただ一言、こう言った。
「往け」
「言われ」
貴賓席の高さなんて、兄者にとっては幾分かの足かせにもならない。
「なくても!」
「……当然!!」
「なのである!!!」
ボクたち三頭は、勢いのまま飛び降りる。
「しつこいんだよ!」
あいつが、短剣に魔力を込め始める。
「……まずい!」
ライトが叫んだ。
「……これ以上はいくらなんでもシズクの身体が持たない!」
「レフト!!ライト!!」
中空で、兄者がボクたちに呼びかける。
「合わせよ!」
「え!?なにを!?」
「我らが魂は、今同じ方へと向いている!!で、あれば!」
着地。
「応じよ!それで、よいはずである!!」
「『
詠唱が始まる。
(……間に、合え!)
走る!
(間に合うのである!!)
走る!!
(間に、合えー!!!)
走る!!!
「『
詠唱が完成するその直前。
「あ」
ボクたちはシズクとアウルの間に、彼女の盾となるように、その身一つで割り込んだ。
「みんな」
シズクが手を伸ばして。
「あはは、来て、くれたんだ」
ボクの頭に触れる。
魂が、震える。
「シズク」
「え?」
「絶対に、守るから」
「君の、声、なの?」
「今である!!」
兄者の号令に。
「唱えよ!!」
ボクとライトが、応じる。
「……『我ら、三位一体の是』!」
ライトが示し。
「『我ら、二つの世界を司る者』!!」
ボクが継ぎ。
「『我らこそ、境界の三にして一なる護り手』!!!」
兄者が、その形を成す。
「「「『
そして最後、ボクたちは魂を束ね、一つの魔術が完成する。
それは、不可視にして形を持ち、決して砕けず崩れず、二つの世界、境界を分け隔つ。
全ては、後ろに控える
「なん、だよ」
紅い刃が、障壁によって砕かれる。
「なんだよ!それ!」
「ライト!レフト!畳みかけるのである!!」」
「……おう」
「うん!!」
息を、吸い込み。
「吠えよ!!」
吐き出す。
「「「『
三つの叫びと共に、束ねられたその声は衝撃波となってアウルへと放たれる。
「くそ!!」
アウルはその衝撃から体を庇うように手を前にかざして、魔術を目前に展開する。
『魔導障壁』だ。
それは、堅固にして精緻。
人族の作った、英知そのもの。
だが。
「無駄である」
兄者が、告げる。
「我ら分かつ世界、その狭間を任させれし門番たる
「こ、のお!!」
拮抗は、ほんの数秒。
展開された魔導障壁に、亀裂が入り、最後には粉々に砕け散って。
「ああああああああああああ!!」
『咆哮』が、魔術師の身体を叩き、吹き飛ばした。
砕け散った魔力の残滓と、『咆哮』の圧力によってもうもうと吹き上げられた砂埃が舞い、決闘場を一種の静寂が包み込む。
「……ふん」
「ざまみろ」
「なのである」
そして、全ての煙幕が晴れた後。
「……みんな」
ゆっくりと、シズクと向き合う。
「どう、して」
「ボクたちが」
「……シズクを助けたかった」
「それだけのことなのである!」
「あは」
シズクは力なく笑うと。
「あたしが、みんなのこと守ろうって、思ってたのに」
限界だったんだろう。
「これじゃ、立場逆じゃん」
そのまま、眠るように意識を失っていく。
「シズク」
「……お疲れ様」
「なのである」
これでもう大丈夫。
そう思った矢先だった。
「ふざ、けるなよ」
その声に、まさかと振り返れば。
「よもやあれを受けて立ち上がれるとは」
アウルが、憤怒の表情でボクたちを睨みつけていた。
「僕の物になるまでと思ってたけど」
『咆哮』の
だけど。
「その気なら、もう容赦しない」
戦意を、喪失してはいないようだった。
「兄者!」
「厄介、であるな」
「……こっちはもう、さっきので魔力切れだ」
ボクらは病み上がりの身で、身体はかなりガタガタだった。
「それでも、シズク殿は」
「……絶対に守る」
在りし日の門番のように、シズクの前に立って意志を示す。
ここから先には、一歩たりとも通さない。
「っは!魔獣風情が舐めるなよ!!」
魔術師の儀礼剣が、紅い光を帯びる。
「『刻め……』」
その一撃を、生身で受けてやるつもりで相対する。
「『
これまでの比にならな程の禍々しい魔力が、儀礼剣へと収束していく。
けど、ボクらは少しも怯まずアウルを睨む。
ボクたちの後ろには、守るべき人がいるんだ。
だから。
「ストップ、ですわ」
そこに声が割り込んだ。
「アウル・マギアス。その剣を納めなさい」
いや、声だけじゃない。
ふわりと、羽のような軽さでボクたちの間に誰かが着地する。
「なぜ!!」
妖しい微笑はなりを潜め、今は無表情。
それでもなお、妖艶。
「なんで止める!!」
この決闘の立会人たる彼女は、静かにこの地に舞い降りた。
「決闘の勝者は僕のはずだ!!なら、僕にはこいつらを躾ける権利がある!!そうだろ!!」
「黙りなさい」
感情の抑えつけられた声が、ボクらの耳朶を撃つ。
その抑えらつけられた声が、ただ立っているだけのその姿が、物語っていた。
この場の支配者が、誰か。
「……そもそも、その話自体がすでに無意味です」
この場の裁定者が、誰なのか。
「彼らの額を見てください」
言われて、アウルがボクらの額に目を向ける。
「……!!おい、これ!!」
そして、驚愕に目を見開く。
ボクらも、顔を見合わせる。
そうすると、確かに。
当然、自分のモノは見えないけれど。
兄者とライトの額にこれまでなかった印が刻まれていた。
「契約の紋、ですわ。この子達の頭それぞれに一つずつ。そして」
会長さんが、こっちに近づいてくる。
もっと正確に言えば、シズクに向かって。
咄嗟に唸って身構えるけど。
『大丈夫』
そう物語るような、それまでとは全く違う彼女の視線に。
「「「…………」」」
ボクたちは自然と道を譲った。
「ありがとう」
そう言って、会長さんは倒れていたシズクのことを抱き上げる。
それはまるで、とても大切な壊れものを扱うような丁寧で優しい手つきだった。
「この子の手に三つ。この意味、分かりますよね?」
「……なん、だよ、それ」
「すでに契約はなっています。この者たちは彼女のために。彼女は、この子達のために。……そこに、あなたの入る余地は、もうありません」
「……ふざけるな」
アウルが、怒りに手を震わせ声を大にして叫ぶ。
「ふざけるなよ!!なら、その契約を無理矢理に引き剥がしてでも……!!」
「この
ふっと、酷い悪寒に身を震わせる。
「それを許すとでも?」
これは、殺気だ。
ボクらに向けられていなくとも、背筋を凍らせるには十分の。
「――――!!」
けどアウルは、それを直接その身に受けてもなお、一瞬怯んだだけだった。
「なんだよそれ!!こんなの茶番じゃないか!!なら、この決闘自体が無意味ってことかよ!!それなら!僕はなんのために……!!」
「ええ、そうですわね」
そして、彼女は一度目を瞑り。
「これは、そこの魔獣を檻から逃がしてしまった、
この決闘の立会人としての責任もありますしね。ですので」
ふふ、と微笑を浮かべた。
「貸し、一つ」
「あ?」
「この意味が分からない貴方ではありませんよね?『マギアス』」
「っ!!それは……」
それが、決定打だった。
「……分かった。いえ、分かりました」
隠しきれない苛立ち交じりの声で、彼は不満を残しつつも。
「それで納得しますよ。ええ」
その瞬間に、決闘は確かに終わりを迎えた。
「では、
そう言うと、会長さんはシズクをいわゆるお姫様抱っこしたまま。
「これで失礼いたします」
アウルさんの横を通り過ぎようとする。
「全部」
苦し紛れのようなその言葉。
「掌の上って訳ですか」
「ふふ、なんのことでしょう」
二人のすれ違いざま。
「……あんたとは、もう関わり合いになりたくないね」
「あら、寂しいことをおっしゃいますね」
そんなボクたちを蚊帳の外に置いた、小さなやり取りを残して。
ボクたちとシズクの最初の物語は、幕を閉じた。
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