ドッグRun!Run!!Run!!! 4


 いつだったか、お母さんは言っていた。


『どちらかだよ、シズク』


(体、痛いな)


『本当に許せないことがあるのなら』


(足、動かない)


『諦めるか』


(悩んで、覚悟して、でも挙句には魔術一つでこのありさまなんて、考え、甘かったかな)


『或いは』


 ああ、けど。


『立ち向かうしか、ないんだ』


 どんなに痛くても辛くても、このまま倒れてるのは、やっぱり。


(いや、かな)

 




「……ふん」


 彼女、シズクって言ったっけ。

 結構吠えた割には呆気なかったね。

 実力も、結末も。


(ま、こんなもんか)


 彼女は、もう倒れたまま動かない。

 僕としてはまあ、無駄ではなかったかな、って感じ。


(十分とは言えないけど)


 魔術師としての能力は、さっきの障壁と血壊魔術で示せたはずだ。

 ちょっと相手に不足はあったけど、これでも評価する奴はいる。

 僕は両手を広げて、貴賓席を見上げた。


「さあ、会長。立会人として、もう一つの義務を」


 これで、この馬鹿げた騒動も終わり。

 決闘場にいる誰もが、そう思っていたはずだ。


「まだ、ですね」


 けど、たった一人。

 生徒会長だけはそう思っていなかった。


「はぁ?」


 僕は眉根を寄せる。


「なぜです。もう、相手は」


「この決闘の勝利条件、お忘れではありませんよね」


「相手を降参させるか、気絶させるか、或いは立会人が勝者と認める、でしたね」


「ええ、そして」


 会長は口元に手を当てて。


「まだ、貴方はそのどの条件も満たしてはおりませんよ?」


 くすくすと、笑った。


(何を、馬鹿な)


 そう思って、決闘相手に視線を戻した僕が目にしたのは。


「……冗談だろ」


 彼女が、よろよろと、力なく立ち上がって。


「…………」


 顔も上げられないまま、それでも、震える手で短刀を構える所だった。

 もう、まともに立ってもいられない。

 そもそも、ダメージが入ってないはずがない。

 そんなに甘い魔術じゃない。

 魔力回路を直接灼かれる痛みは想像を絶する。


(手加減が過ぎたか)


 気絶くらいで済む程度には加減した。

 その加減を少々、見誤ったらしい。


「……はぁ」


 これ以上なんて、冗談じゃない。


「おい立会人。ならあんたの権限でこの決闘、終わりにしてくれよ」


 これ以上やったら。


「あいつ、下手したら再起不能になるぞ」


 魔力回路へのダメージは、洒落にならないことに繋がる。

 この程度の決闘で相手に後遺症を残すような真似は、……僕を見に来てくれてる、観客への心証が悪い。

 だっていうのに。


「それは、出来かねますわ」


「はぁ!?どうして!!」


「貴方のお相手は、まだ戦意を失っていませんもの」


 僕の手が、儀礼剣を握りこむ。

 強く、強く。


「ふざけるなよ」


「お相手が心配なのでしたら、貴方が折れればよいのでは?」


「冗談」


 こっちだって、賭けてるものがあるんだ。


「そこまでしてやる義理はない」


 こんなところで失態なんて、割に合わないんだよ。

 儀礼剣を真っ直ぐに構える。


「なら、気絶させればいいんだろ」


 魔力を充填。


「『刻め』」


 術式を切り替え、威力を調整。


「『パラライズ・イデア』」


 麻痺の術式を展開。

 これで……。


「魔導……」


 けれど、彼女は手を伸ばして、印を切った。


「……障壁」


「っく!」


 威力を弱めた麻痺の魔術は、魔導障壁に阻まれて消し飛ぶ。

 魔力回路を損傷してるはずなのに、思ってたよりも頑丈だ。


(どうする?もう一回麻痺の術式でいくか?)


 けど、あんなのに二度も防がれるのは正直心証が悪い。

 かと言って、あの障壁を壊すくらいに威力を上げるとなると調整が難しくなる。


「……あーあ、全く」


 仕方ない。

 覚悟を決める。


「諦め悪いなぁ」


「…………」


「さっきの、もう一回行くよ」


 ピクリと、その体が慄いたように見える。

 そりゃそうだ。

 あんなもん、何度も受けたいとは思わないだろう。


「降参は?」


 それでも。


「…………」


 彼女は、はっきりと首を横に振った。


「舐めてたね、本当」


 まあ、意地だけでやれることなんて、ありはしないけどさ。


「『刻め』」


 さっきよりも入念に威力を調整する。


「『月よ我が血にブラッド・D』」


 紅き刃を滾らせ、その斬撃を刻み込むように。


「『堕ちよフォールドムーン』!!」


 僕は、もう一度血壊魔術を撃ち放つ。


「魔導、障壁」


 シズクは、効果がないと理解しつつも障壁を展開する。

 だが、当然。


「――――――!!」


 さっきと同じで、障壁は意味をなさない。

 聞くに堪えない悲鳴が上がり、彼女は膝から崩れ落ちていく。

 これで、終わりに。


「……最悪だ」


 二度も魔力路を灼かれてなお。

 身体を震えさせ、息も絶え絶えで、もう、立てるはずなんてないのに。

 それでもなお、彼女は立ち上がろうとしていた。


「おい!もういいだろ!!」


 僕は、思わず叫ぶ。


「もう分かっただろ!僕には勝てないって!これ以上やったら、傷にせよ、魔力回路にせよ、後に残る!それでもいいのかよ!」


 痛い目見せて、それで終わりなんて、どれほど傲慢だったことか。


「…………」


 彼女は、やっぱり首を横に振った。


「ふざ……!この決闘に、なんで、そんな」


「楽し、かった」


「はぁ!?」


 まるでうわごとのようだった。

 声は掻き消える寸前の弱々しいもののはずなのに。

 何故か、はっきりとよく聞こえた。


「楽し、かったんだ」


「お前なに、言って――――!」


「ようやく!!」


 なんだよ、これ。


「独りぼっちじゃ、なくなったんだ!」


 相手はもう満身創痍で、


「変わったんだ!辛かっただけの毎日が!あの子達と出会って!」


 意識を保ってるのも奇跡みたいなもの


「ようやく、ここに居たいって、思えたんだ!」


 崩れる寸前で、涙まで流してる。

 そのはずなのに。


「本当に助けられたのは、あたしなんだ!!」


 魂が、震えている。


「だから、絶対に、認めない!諦めない!!」


「あ、っぐ!」


 なんで、僕のほうが呻き声なんて上げているんだ。


「しつこいんだよ!」


 僕は再び儀礼剣に魔力の火を通し、刻み付ける。


「『刻め!月よ、我がブラッド・D


 詠唱が終わる直前に。

 彼女が、顔を上げる。

 決して折れない、彼女のその姿。

 圧力に押されて、思わず。


「『我が血、に堕ちよフォールド・ムーン!』」


 威力の調整を、明らかに間違えた。


(やばい!!)


 けれど、魔術は止まらない。

 加減の狂った血壊魔術が、僕の手を離れ。

 そして。




『だから、絶対に』


 その言葉を、ボクたちは檻の中で聞いていた。


『諦めない』


 ボロボロになった彼女が、なんであんなに頑張るのか。

 その理由を、聞いたんだ。


「ねえ、兄者」


「………………」


「あれを聞いても、意志は変わらない?」


「……それは」


 兄者は何かに迷ってる。

 ずっとずっと、ボクには言えない何かが、兄者の中でわだかまってる。


「だが、我らは」


「……もう、いいだろう」


「ライト」


「……兄者、俺は、もういい。決めた」


「ライト!」


「……俺たちの心は、本当はもう決まってる。そうだろ?」


「だが!だが!!」


「……いいんだよ」




「……『その魂の趣くままに』、さ」




「―――っは!」


 兄者の声が、変わる。


「よもや!ここでも!このような所でもなおそのお言葉を聞こうとは!!」


「……バカみたいだろ?」


 いつもみたいな、迷いのない大声に。


「しかり、である!」


「なに、なんの話なんだよ、二人とも!」


「レフトよ、よいのだ!我の迷いも、今、晴れた!」


「それじゃあ!」


「うむ!」



「行こうぞ兄弟!!シズク殿を助けに!!」


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